現在のような腕時計の原型は、一般的に20世紀初頭に誕生し、その進化の過程で備わった重要な機能の一つに「防水」がある。本連載は、時計の仕組みを知るために「機構論」と題しているが、動的な機構についてはひとまず置いておいて、夏のテーマとしてこの腕時計の防水の始まりから、高機能なダイバーズウォッチに焦点を当ててみる。
Text by Shigeru Sugawara
防水ケースのはじまり
腕時計は文字通り「腕に着ける時計」であり、英語でもまったく同様に「リストウォッチ」という。この種の時計は、衣服のポケットに収めて使う懐中時計とは違い、つねに外的な環境のもとで使うので、水分、空気中の湿気、ほこり、あるいは肌に生じる汗などが時計のケース内部に入り込むリスクが高い。それらが精密な機械機構であるムーブメントに多少なりともダメージを与えるのは、容易に想像がつくだろう。そこで、外部からの影響を遮断する気密性の高い腕時計用のケースは、早くから時計メーカーの課題になっていた。
防水ケースの先駆者、ロレックス オイスター
防水ケースの先駆者として、歴史に名を刻むのはロレックスである。同社の説明には「ロレックスが1926年に発明したオイスターは、ベゼルと裏蓋、リュウズがミドルケースにねじ込まれた特許取得のシステムを備えた世界初の腕時計用の防水ケース」とある。特許のポイントは、ねじ込み式である。つまり、ねじ切りを施した各部を締め付けて隙間なく一体化することによって防水性と同時に堅牢性を実現する非常にクレバーな仕方である。とくに画期的なのはねじ込み式のリュウズだった。
このオイスターケースをめぐっては、金属ブロックをくり抜いてつなぎ目のないケースを開発したのはもともとイギリスのオイスター社であり、同社を買収して傘下に収めたロレックスが“オイスター”の名で防水ケースの特許を取得したことなど、興味深い逸話に事欠かないが、ここでは現ロレックスの公式見解を簡単に紹介するにとどめておこう。
オイスターの一体型ケースは、基本的にラウンド型の構造だからこそ実現できた。1920年代当時の主流だった角型腕時計では、その構造からしてねじ込み固定式にするのはもとより不可能だった。しかし、角型腕時計で防水構造に挑戦した例がないわけではない。はめ込み式の特殊な二重ケースで防水性を確保したオメガの「マリーン」(1932年)はその代表だ。オメガはラウンド型の防水腕時計が特許取得済みだったため、角型腕時計で試みたという説もある。
二重ケースを使わない新世代のスダンダードタイプ
オメガ「マリーン」は、その後二重ケースを使わない新世代のスダンダードタイプも1939年に発売する。そしてこれと酷似したモデルがティソの「アクアスポーツ」(1940年)だ。オメガとティソは1930年にSSIH(スイス時計産業協会)を設立しており、そうした両社の関係を背景として、「アクアスポーツ」は、いわばオメガのケースにティソのムーブメントを収めたような格好の角型防水腕時計だった。
「アクアスポーツ」は、裏蓋をクリップで固定し、接合部にパッキンを装着して防水性を確保し、しかも耐磁性と耐衝撃性も併せ持つ腕時計だった。今の感覚からすると「マリーン」や「アクアスポーツ」という名称は、これらの腕時計のアールデコ・スタイルのエレガントなデザインとはいまひとつマッチしない気がしなくもないが、当時としては斬新な“スポーツウォッチ”の響きがあったのだろう。
ちなみにティソ「アクアスポーツ」は、1942年の広告にはさまざまなデザインのラウンド型モデルが紹介されており、時代の流れはケースの防水性をより高めるのに効果的なラウンド型へと変わっていったことをうかがわせる。一方のオメガは、「マリーン」の防水技術を第二次大戦時にイギリス軍向けに供給した腕時計に生かし、やがてそこから1948年に初代「シーマスター」が誕生することになる。
防水技術を生かした伝説のミリタリーウォッチとしては、イタリアのパネライがロレックスに協力を仰いで開発した海軍特殊潜水部隊向けの腕時計も有名だ。