ダイバーズウォッチの開発の歴史と機能
ところで、ここまで見てきた20世紀前半の防水腕時計の肝心の防水レベルは一体どれほどだったのだろうか。現在のような「3気圧防水」とか「200m防水」といった具体的なスペックが不明なので、はっきりしたことは言えないが、実際に水中で使われたロレックス「オイスター」や、パネライ「ラジオミール」と「ルミノール」といった潜水用時計は、ある程度防水性が高かったと推察されるが、オメガ「マリーン」のスタンダードモデルやティソ「アクアスポーツ」などは、日常生活防水のレベルとみてよいだろう。
現在のほとんどの腕時計はケースが防水仕様になっており、その大多数が日常生活防水だ。ここで言う日常生活防水とは、JIS(日本工業規格)およびISO(国際標準化機構)における「Water Resistant」の中の一つのカテゴリーを指す。そして日常的な防水性能は気圧(bar)で、潜水用はメートル(m)で表示することになっているのだが、こうした表記ルールがあらゆる防水時計において厳密に守られているかというと、必ずしもそうではない。
「日常生活防水時計(1種防水時計)」の場合は、2〜3気圧に耐える防水性能を指し、このレベルでは、「日常生活での汗や洗顔のときの水滴、雨などに耐えられるが、水仕事、水上スポーツ、素潜り(スキンダイビング)、潜水、水圧の変化が激しい条件での使用はできない」という。
そしてややこしいことに、この1種にも「1種防水時計」の他に、空気潜水時計の「1種潜水時計」もある。後者はダイバーズウォッチの規格である。さらに2種もある。2種には1種と同様に日常生活強化防水時計の「2種防水時計」と飽和潜水時計の「2種潜水時計」がある。こちらも後者はダイバーズウォッチの規格なのである。
つまりは、「防水」と「潜水」とを明確に区別し、用途を規定しているわけだが、実際の製品では、先の気圧とメートル表記と同様に、意外にこれが漠然と使われていることが多い。とくに「ダイバーズ」と称されるスポーツウォッチには、JISやISOの厳密な規格を満たす本物のダイバーズウォッチもあれば、そうでないものも多数ある。次はダイバーズウォッチの開発の歴史と機能、そしてこうした規定についてさらに話を進めてゆく。
ダイバーズウォッチ
フランス海軍の要請によって1953年に製作され、約91.5mの防水性、蛍光塗料を用いた視認性の高いダイアルと回転ベゼル、ダブルOリング(二重防水パッキン)システムのリュウズ、軟鉄製インナーケースを装備した耐磁構造など、現代のダイバーズウォッチの元祖として数々の特徴を備えていた。写真はそのファーストモデル。自動巻き。
一般的に「ダイバーズウォッチ」と総称される腕時計が誕生したのは1950年代に入ってからだ。前回で取り上げた防水腕時計の延長というのではなく、文字通りダイバーが潜水の際に着けて使うために特別に設計されたものである。歴史に残る初期のダイバーズウォッチのなかで、知名度の点で群を抜くのはロレックス「サブマリーナー」だ。事実、同社も1953年に誕生した「サブマリーナー」をもってダイバーズウォッチの“原型”と明言しているが、現在目にするようなダイバーズウォッチの機能やデザインのレファレンスモデルなのは間違いない。
初代「サブマリーナー」の主要な特徴は、オイスターケースの防水性能を従来より格段に高めた100mであること、潜水中に経過時間を簡単に計測できる回転ベゼルや、視認性の高いブラックダイアルを備えている点だ。
これと双璧を成すもう一つの“原型”がブランパンの「フィフティファゾムス」である。誕生年は、偶然の一致なのか、ブランド公式資料によれば「サブマリーナー」と同じ1953年。フランス海軍の要請を受けていたブランパンが潜水戦闘部隊のために開発し、名称は防水性能の50ファゾムス(50尋=約91.5メートル)に由来する。これも約100mの防水性能に加え、回転ベゼルと視認性の高いブラックダイアル、自動巻きムーブメントを装備している点はまったく同じで、外観も似ており、どちらに「初」の軍配を上げるかは困難だ。
1957年に登場した「シーマスター 300」は、オメガとしては初の本格ダイバーズウォッチ。自動巻き、防水性は200mだが、名称に「300」とあるのは、当初100m(300フィート)防水で開発が進められていたため。また、初代モデルのベゼルは両方向回転式で、60分目盛りの数字配置がカウントダウン式になっていた。写真はオリジナルを完全復刻した2017年の限定モデル。
オメガ「シーマスター 300」と同じ1957年発表されたブライトリング初の本格ダイバーズウォッチ。自動巻き。200m防水。特徴的なのは幅の広い回転ベゼルに数字を記さず、シンプルなバーインデックスのみを採用している点だ。これは2010年に復活した現代版の「スーパーオーシャン ヘリテージ」のデザインにも受け継がれている。
もともと軍用ダイバーズウォッチとして作られた「フィフティファゾムス」だが、広く一般に知られるきっかけになった有名なエピソードがある。フランスの海洋学者で水中呼吸器のスクーバ(アクアラング)の発明者の一人、ジャック=イヴ・クストーが深海ドキュメンタリー映画『沈黙の世界』(1956年)の中でこの腕時計を実際に使用し、作品がカンヌ映画祭で最高のパルムドールを受賞したことだ。
一方「サブマリーナー」も映画と無縁ではなく、スパイアクション映画『007』シリーズで初代ジェームズ・ボンド役のショーン・コネリーが「サブマリーナー」の初期モデルを着用したことが有名だ。当時としては、腕時計の中でも特殊な部類に属するダイバーズウォッチの認知度を高め、「かっこいい男の時計」というイメージを広めるのに、広告キャンペーンではなく、しかも意図したわけでもなく、こうした映画のヒーローが一役買ったのはなんともおもしろい。