良質な時計の選び方/時計を買う際、何を見ればいいのか? その1

2020.03.08
時計店で現物を手にする時は、トレイの上に置いて行いたい。できれば、数は1本から2本。指輪などの装身具を外して触れるのが好ましい。最低限のマナーさえ守れば、お店側も買い手側も気持ちよく商談ができるだろう。
広田雅将(クロノス日本版):文 Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan) アワーグラス銀座店:撮影協力 Special thanks to The Hour Glass

はじめに

 何をもって良い時計とみなすのか。その条件は人によってさまざまだ。貴金属製のケースを良しとする人、機械式ムーブメントを良しとする人、 またはコストパフォーマンスが高いと感じた時計を良しとする人。時計の良し悪しを自動車やスマートフォンのような物差しで語れないのは、時計の機能が、自動車やスマートフォンよりはるかに少ないためである。そのため判断基準には、趣味性や好みが入らざるをえない。また語れる機能が少ないため、時計を見ようとする人は、自分なりのポイントを見い出していくしかない。ある人が貴金属のケースに魅力を感じ、ある人が機械式ムーブメントに魅せられる理由だ。結論を言うと、時計の良し悪しの判断は、あくまで主観によるしかないのである。めいめいが自信を持って買った時計は、それぞれの基準において完全に正しく、第三者が口を挟むようなたぐいのものではない。

 しかし時計の良し悪しを語る基準は、明確ではないにせよ存在する。そのうち3つは機能で、ひとつは見た目だ。具体的には以下の通りである。

・見やすさ、視認性  ・着け心地、装着感  ・正確さ、精度  ・美しさ、仕上げ

 本連載では、主にこの4つのポイントを値段に対して妥当かどうか、で見ていきたい。簡単に言うと、その機能や仕上げは良いか悪いか、そしてコストパフォーマンスが高いか低いか、である。連載はまず、一般的な解説から始めて、やがて機械式時計の理論や、1本数千万円もする機械式時計の説明に至るだろう。

 しかしあらかじめ述べておくと、時計の世界におけるコストパフォーマンスは、自動車やスマートフォンのそれとはまったく異なる。自動機械を使って年に100万本生産する時計と、手作業で年に5本しか作れない時計では、自ずとコストパフォーマンスは変わるだろう。また人件費の安い国、高い国で作るかによっても大きく変わってくる。今後本連載のなかで、コストパフォーマンスに言及する機会は少なくないはずだ。その際、その時計が年に何本作られているのかを考えてお読みいただければ、いっそう理解が深まるだろう。はっきりしない時計の判断基準を、しかも価格という観点で見ていく。正直成功するかは分からないが、この野心的、または無謀な試みに対する、読者のみなさまのご支援、叱咤を期待すること切である。

セイコー プロスペックス マリーンマスター プロフェッショナル メカニカルハイビート36000 「重厚なスポーツウォッチ」の好例が、セイコー創業135周年記念として昨年リリースされたこのモデルだ。ブルーの文字盤と呼応するブルー硬質コーティングのベゼルがハイスペックのダイバーズらしさを醸し出している。自動巻き(Cal.8L55)。37石。3万6000振動/時。約55時間のパワーリザーブ。Ti(直径48.2mm、厚さ19.7mm)。1000m防水。65万円(税別)。Contact info:セイコーウオッチ お客様相談室 Tel.0120-061-012
ショパール L.U.C カリテ フルリエ 「薄くて装着感に優れる」ドレスウォッチの代表例。厚さがわずか3.3mmのマイクロローター自動巻きの搭載によって実現した薄型3針時計だ。自動巻き(Cal. L.U.C 96.09-L)。29石。2万8800振動/時。約65時間のパワーリザーブ。18KRG(直径39mm、厚さ8.92mm)。30m防水。210万円(税別)。Contact info:ショパール ジャパン プレス Tel.03-5524-8922

最初に考えるべきは、何を買うかではなくどこで使うか

 時計を買う際にまず考えるべきは、何を買うかではなく、どこで使うかである。例えば、大きくて重いスポーツウォッチを買うとしよう。大きくて重い時計は、ケースが丈夫と考えられている。激しく使っても時計が壊れる心配は少ないが、デスクワークの邪魔になるかもしれない。一方薄くて軽い時計はシャツの袖にも無理なく収まるし、パソコンで仕事をしても妨げない。しかし、薄くて軽い時計は、強いショックなどを与えると壊れやすい。スポーツシーンには向かないだろう。気に入った時計を見つけたら、まずそれをどこで使うかを考えてみること。

 また、時計を買う際は自分が何本時計を持っているかも重要になる。見た目が好みな時計でも、着け心地が悪ければ、やがて箱の中に仕舞われっぱなしになるだろう。もしあなたが、時計を何十本も持っているコレクターならば、着け心地の悪い、しかし見た目の良い時計に魅力を感じるかもしれない。着け心地が悪くても、毎日付けなければ、さほどの苦痛は感じないだろう。しかしあなたがその時計を毎日使いたいならば、着け心地の悪さは大きな欠点となる。せっかくお金を出して時計を買っても、使わなければ無駄である。

時計を長く使いたいなら、装着感と視認性を考えること

 気に入った時計を買っても、使わなくなる理由は主に4つある。装着感(着け心地)が悪いこと、時間が読みづらいこと(視認性が悪いこと)、他の時計に魅力を感じてしまうこと、壊れてしまうことである。後者ふたつは、買った時点では決して分からない。しかし装着感と視認性は、予備知識さえあれば、買う時点で判断できる。このふたつをある程度分かった上で時計を選べば、せっかく買った時計が、高価なオブジェに化ける可能性は減るはずだ。時計店に出かけたら、まず時計を腕に置き、着け心地と見やすさをチェックすること。