チューダー
チューダーという名称は1926年という早い時期に商標登録されていたが、モントル チューダー S.A.が設立され、正式にスタートしたのはそれから20年後のことである。デザインや手触りはロレックスを彷彿とさせるが、価格は大幅に抑えられていた。現在、チューダーは傘下のケニッシ製ムーブメントを主に、ブライトリングのキャリバー01をベースとしたクロノグラフムーブメントや汎用ムーブメントを採用している。
チューダー/ペラゴス 39
偉大な名機のように
チューダーのプロフェッショナル仕様のダイバーズウォッチに、やや小ぶりのエレガントなモデル「ペラゴス 39」が加わった。偉大な名機に比肩しうるか否か?
チューダー:写真 Photographs by Tudor
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Kouki Doi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]
プラスポイント、マイナスポイント
+point
・高精度で堅牢なマニュファクチュールムーブメントを搭載
・秀逸な視認性
・美しいデザイン
-point
・トランスパレントバックではない
プロフェッショナル仕様のパイロットウォッチやダイバーズウォッチは、数年前まではとにかく大きいことが条件だった。そこに十分な根拠はあるのだろうか? 水深2000mを超えるダイビングでは、当然のことながらケースも大きくならざるを得なかったが、日常的な用途であれば今回のテスト機のように200mの防水性を備えていれば十分ではないだろうか? 深さ100mを超える場所まで到達するダイバーはほとんどいないし、水中で腕時計を動かしたとしても、200mの防水性を備えていれば動圧に対する備えも十分である。大型であることはもちろん、視認性の上で有利ではある。だが、サイズそのものよりも、良質な蓄光塗料が十分塗布されていることの方が視認性においては重要だろう。テスト機はケース径が39mmと控えめなサイズだが、回転ベゼルとリュウズが扱いやすく、快適に操作することができる。
戦闘水泳隊員のためのデザイン
アイコニックなスノーフレーク針とスクエア型インデックスを持つデザインは、チューダーがフランス海軍「マリーン・ナシオナル」の戦闘ダイバー部隊に供給していたダイバーズウォッチに由来する。初期のモデルはロレックス「オイスター パーペチュアル サブマリーナー」の様式を踏襲していたが、1974年以降になるとチューダー独自のデザインが採用されるようになる。この腕時計は1980年代まで、戦闘ダイバー部隊員が所属するフランス海軍特殊部隊「コマンドー・ユベール」に納入されていた。
2021年、チューダーはこの伝統を「ペラゴス FXD」で復活させた。今回の「ペラゴス 39」ではケースが小径化され、文字盤とベゼルインサートは新たにサンレイサテン仕上げになり、日付表示が廃され、プロフェッショナル仕様のダイバーズウォッチのラインにエレガントさが加えられた。
ここで機能性は犠牲になったのだろうか? 操作性については少なくともそうではないようだ。細かい刻み目の付いた回転ベゼルは、ケースからせり出していることから回転を快適に行うことができる。ベゼルの噛み合いも、兄弟ブランド、ロレックスの大型モデルとほとんど差のない重厚さだ。リュウズも扱いやすく、ねじ込むと巻き上げ機構から切り離され、ケースの気密性を保つ。秒針停止機能を備え、日付表示が廃されたことに伴ってリュウズの第1ポジションがなくなったため、時刻合わせも容易である。
ペラゴス FXDにも言えるが、日付表示がないのは、フランス海軍の戦闘ダイバー部隊に日付よりも時刻の読みやすさが重視されたという理由ではない。日付を廃したデザインの方がスマートであり、またこの方が1970年代のフランス海軍向けモデルを彷彿とさせるという理由による。腕時計に日付表示が必要かどうかについては、好みの問題と言えるだろう。
日付表示とは異なり、良好な視認性はミリタリーウォッチにおいて必須の要素である。この点、チューダーの文字盤はまさしく〝優等生〞である。明確なコントラストに加え、暗所でも非常に明るい。これは、アプライドインデックスの構造がモノブロックであることによる。このインデックスはセラミックスと蓄光塗料の混合物で出来ており、蓄光塗料が塗布されただけのインデックスに比べ、使われる蓄光塗料の量が格段に多いことから、発光力が強いのが特徴である。回転ベゼルのインデックスと数字も、蓄光塗料の恩恵により明るく発光する。腕時計全体に使用された高品質のスーパールミノバX1は、暗所で明るく美しいブルーカラーを放つ。
残念なのはトランスパレントバックではないことである。チューダーでよく採用される引き通しのファブリックストラップで裏蓋が隠れていないだけに、なおさら残念である。もともと装備されているチタン製ブレスレットに加え、ラバー製ストラップも同梱されている。ただ、クイックチェンジシステムがないことから、ストラップの交換には工具が必要だ。
チタン製ブレスレットは軽くてフィット感も心地よく、手首の毛が挟まれることもない。クラスプにはアジャスト機能が内蔵されており、ブレスレットの長さを5段階で調整し、最長で8mm延長することができるため、夏場などは便利である。また、薄手のウェットスーツの上からも着用できるように、2.5cmの折りたたみ式エクステンションも装備されている。冬場にドライスーツを着てダイビングをする場合は、付属のラバー製ストラップに交換すれば伸長プリーツの付いた11cmのエクステンションピースを使用でき、さまざまな厚さのドライスーツにも対応できるようになっている。
高精度のムーブメント
ねじ込み式裏蓋を開けると、自動巻きのマニュファクチュールムーブメント、Cal.MT5400が姿を現す。これはチューダーが投資家グループと共同設立したムーブメントメーカー、ケニッシ社製である。シャネルやブライトリング、フォルティスなどのブランドにも供給されているこのムーブメントは、その堅牢さと精度の高さが評価されている。5mmという堂々たる厚さは、製造上の公差が若干あっても誤作動を起こさない堅牢性を実現する。さらに、テンプは両持ちのテンプ受けによって支えられ、堅牢かつ安定した精度も約束される。ヒゲゼンマイはシリコン製で、衝撃が加わっても偏心や変形によって精度が落ちることも少なく、高い耐磁性にも貢献する。
約70時間という十分なパワーリザーブや、テンワに取り付けた4本の錘で歩度の微調整を行うフリースプラングテンプも、このムーブメントが備える魅力である。ETA製の汎用ムーブメントのように、ヒゲゼンマイの有効長を規制することで歩度の微調整を行う、緩急針を用いるものとは異なる。ムーブメントの装飾は控えめだ。オープンワークとサンブラッシュ仕上げを施したローターには、チューダーのブランドロゴが刻まれている。
また本作は、スイス公式クロノメーター検定機関(C.O.S.C.)によってその高い精度が保証されている。例えば、オリスは全個体に対してC.O.S.C.の検査を課しており、平均日差がマイナス4秒/日からプラス6秒/日以内であることを約束している。チューダーはこれよりさらに厳しい検査を社内で独自に実施しており、搭載されたムーブメントはケーシングされた状態でマイナス2秒/日からプラス4秒/日という精度を証明しなければならない。電子歩度測定器によるテストでは、この高精度が実証された。最大姿勢差は8秒とやや大きかったものの、平均日差はプラス0.2秒/日とほぼ完璧だった。着用時の平均日差はわずかプラス1秒/日だった。
コストパフォーマンス
最近、チューダーの価格が上がっているが、59万1800円のペラゴス39のコストパフォーマンスは依然、良好と言えるだろう。チューダーにおいても、需要が供給を上回るという傾向が見られるようになったのは残念である。
ペラゴス 39は全体的に仕上がりの素晴らしい腕時計である。ペラゴス独自のデザインを受け継ぎつつ、よりスマートになり、機能面においては何ひとつ譲歩することがない。名機に比肩しうる見事なダイバーズウォッチが誕生したのである。