Nomos Lux
ぜい肉を削ぎ落としたデザインのリーズナブルなマニュファクチュールウォッチ。そのイメージを飛び越えて、ノモスがホワイトゴールドモデルでアッパークラスブランドに勝負を仕掛けてきた。単純に金額だけでは測れない、高級感とは一体何なのだろうか。
ニック・シェルツェルおよびノモス: 写真 Photographs by Nik Schölzel and Nomos
市川章子: 翻訳 Translation by Akiko Ichikawa
+point
・ケースの仕上げが極上
・ノモスらしさの表れた独自性のあるデザイン
・グラスヒュッテの伝統に則した自社キャリバーを搭載
-point
・価格が高額
・装飾研磨が完璧とまでは言えない
時計技法とバウハウス
タンジェントやオリオンなど、全体の出来と価格の釣り合いのよさにかけては他社がなかなか打破できないことに定評があるのがノモスだ。手巻きモデルをメインに展開してきたが、このところ、作り込みの手の掛け具合とともに種類もますます増加してきている。その多様さは、日付表示付き、自動巻き、パワーリザーブ表示付きだけにとどまらず、今やワールドタイム機構をベースキャリバーに組み込んだものもあるほどだ。それに伴い、扱う価格にも変化が表れている。シンプルな手巻きのタンジェントは24万円(直径38㎜、日付表示なし)という、まだ穏やかともいえる値段だが、自動巻きのタンゴマットは34万円(直径38・3㎜、日付表示なし)、チューリッヒシリーズのワールドタイムに至っては63万円(直径39・7㎜)。つまり、ノモスは価格に見合ったモデルを製作するだけでなく、より上の価格帯にもシリーズを拡張してきていることになる。そうなると、次のステップとして無理がないのは、やはり細やかな装飾研磨を施したムーブメントを搭載したゴールドモデルを加えることだろう。かくして昨秋ふたつのゴールドモデルが登場した。パワーリザーブ表示付きラウンド型のラムダと、今回のテストに取り上げたトノー型のリュクスだ。
今回のモデルは、ノモスにしてはかなり思い切ったデザインと言わざるを得ない。なにしろケースの素材はホワイトゴールド、形はトノー。基幹ムーブメントを使用していて、文字盤のサークル外側部分は冴え冴えとしたライトブルーだ。ノモスのプレスリリースには、昔のとあるキッチン用小型クロックを思わせるバージョンと書かれている。これはおそらくバウハウスの伝統的デザインを踏襲したマックス・ビルが、1957年にユンハンス用に考案した卵をさかさまにしたような形状のライトブルーのキッチンタイマー付きクロックを指しているのだろう。
採用されたライトブルーは、極細のバーで幾何学的に構成されたインデックスと針を引き立て、このモデルによく合っている。リュクスはノモスの時計だとひと目で分かるような仕上がりなのだ。文字盤の構成と針は同ブランドのオリオンを思わせ、ケースも生真面目に固まることはなく、少々遊び心が感じられる。極めてコンパクトにまとめつつ、エッジと角の丸みはまさしく手作業ならでは。風防も緩やかに膨らみを持たせている。スリムなワイヤー風ラグも実はバネ棒付きで、ストラップ裏側の小さなレバーを動かすと、工具なしでストラップの交換が可能だ。
手作業のなめしによる高級レザーを使用
ストラップに関して言えば、まったく特異なものというわけではない。色はよくある黒とダークブラウンの2種類、革の素材は馬革だ。しかし、高級靴に使われるほどの耐久性を持つこの革は、シカゴの老舗皮革メーカー、ホーウィンのものが採用されている。毛穴の跡のない、ほどよく脂の乗った馬の臀部の革をなめす作業は多くが手仕事によるものだ。6カ月に及ぶ作業を経て出来上がったなめし革は、独特の匂いも心地よい。シェルコードバンと呼ばれるこの馬革は、ノモスのほかのモデルのストラップにも採用されているが、リュクスでは中に挟むクッションがより多く、他モデルのようにフラットではなく、ふっくらした仕上がりにして高級感を持たせているのだ。
ホワイトゴールド製の尾錠も、リュクス用に新しいものが作られた。尾錠はストラップの端にとどまらずストラップ本体側に向かってせり出し、ツク棒の通ったバーが尾錠の中間にあるスタイル。実用的なディテールは、ワイヤー風ラグともビジュアル的によく合って、とても美しい。ケース同様にごく丁寧に研磨されており、キズ見を通して裏側を見ないと作業の痕跡が分からないほどだ。ケースはサファイアクリスタルのはめられたスナップ式裏蓋を開ける時のために設けられたわずかなスリットで、フライスされたことが分かるという具合。ベゼルとケースの詰まり方からも同じ印象を受ける。仕上げ加工のよさは、これらのことで納得がいくというものだ。