ジン
ドイツのフランクフルトを拠点とするジンは、プロフェッショナル向けの機能的な腕時計を専門に製造している。その中には「GSG9」のような特殊部隊向けの腕時計や、海軍特殊部隊(フロッグマン)や消防士のための腕時計も含まれる。ジンは独立機関と協力し、DIN規格内において、パイロットウォッチのための8330と呼ばれる規格を立ち上げた。独自の表面硬化処理など、多数の技術も開発している。また、「フランクフルト・ファイナンシャル・ウォッチ」のようなエレガントなモデルもラインナップする
ジン/356フリーガー・クラシックAS.E
節目である25周年に結実した機能美
ジンの「356」は2023年、誕生から25周年を迎えた。この記念すべきコレクションには、特に美しいバリエーションが存在する。文字盤の繊細なカラーグラデーションが特徴的な、バイコンパックスレイアウトのパイロットクロノグラフだ。
ジン:写真 Photographs by Sinn
Edited by Yousuke Ohashi
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]
プラスポイント、マイナスポイント
+point
・巧みなデザイン
・美しい仕上げ
・高い視認性
-point
・スムーズに動かないスタートボタン
・クロノグラフの作動時の精度はベストとは言えない
「356」モデルは1998年以来、ジンのレギュラーラインナップに加えられている。このクラシカルなパイロットクロノグラフは、38.5mmの直径という控えめなサイズでありながら、後に続くモデルのスタイルを確立した。ドイツのフランクフルトを拠点とするジンは、356がレギュラー化された25周年である2023年に、左右対称のバイコンパックス配置の文字盤を採用し、日付表示を省いた3本の腕時計を発表した。今回テストしたモデルに加え、ホワイトの文字盤にブラックのインダイアルを備えた〝パンダ〞モデル、そしてアンスラサイトカラーの文字盤に、銀色のインダイアルを備えた限定版も存在する。
日付表示を持たないシンメトリーな文字盤レイアウトは、356モデルをより魅力的にしている。多くのジンのクロノグラフは、6時位置、9時位置、12時位置にインダイアルを、3時位置に日付と曜日の表示窓が配された縦3つ目のレイアウトを採用している。
筆者はセミマット調で、黒い溝付きインダイアルを備えた、ブラックからアンスラサイトカラーへのグラデーション文字盤のテストウォッチを気に入っている。この腕時計は新しく発表されたモデルの中で一番のお気に入りだ。ベージュカラーの蓄光塗料が針とアラビア数字インデックスのレトロな外観を引き立てている。バージョン名にある「AS.E」はアンスラサイト・ブラックと蓄光塗料を意味する。
ケースと同様に、針にもビーズブラスト仕上げが施されている。そのため、パイロットクロノグラフとしての356モデルの歴史と、ジンに合致した、やや技術的な印象を与える。高く盛り上がったドーム型のアクリル製風防は、1950年代の腕時計をほうふつとさせる。なお、アクリル製風防は、高く盛り上がったドーム型のサファイアクリスタル製風防に交換可能だ。ドイツ本社で修理する必要があるため、交換費用は見積もりとなる。
サファイアクリスタルは、アクリルと屈折率が同じではない。加えて、サファイアクリスタルはアクリルよりも硬いため、傷が付きにくい。その半面、軟らかいアクリル製風防は傷が付いても容易に磨くことができる。とはいえ、アウトドアやスポーツシーンなど、よりタフに腕時計を使用したい場合は、硬いサファイアクリスタル製風防を選ぶべきである。
つかみやすいリュウズ
(下)今回テストされたモデルのカラーバリエーションである「356フリーガー・クラシックW」。
次に、機能性の観点から検証する。この腕時計は操作が簡単だ。つかみやすいリュウズを引き出すことで素早く時刻を合わせられる。クロノグラフの操作も容易である。だが、スタートボタンを押す際だけは力が必要だ。なおかつ、プッシュボタンが小さいために、やや違和感を覚える。
ストラップに目をやれば、ピンバックルは飾り気はないが、機能的に扱いやすい。美しいサンドカラーのヌバックストラップは手首にしっくりとなじむ。また、グレーの飾りステッチは腕時計にマッチしている。金属製ブレスレット好きには、4万9500円のオプションで無垢のステンレススティール製ブレスレットの用意もある。
ベージュカラーの蓄光塗料を使用しているにもかかわらず、視認性は極めて良好だ。昼間は、大きな数字と長さの異なる針のおかげで時刻を素早く読み取ることができる。夜間は、時刻を表示する時針と分針に加え、中央のクロノグラフ秒針も発光する。ただし、スモールセコンドとミニッツカウンターは暗闇では見ることはできない。
残念なことに、ステンレススティール製の裏蓋からはムーブメントを鑑賞することはかなわない。新しい356モデルは、セリタの自動巻きムーブメント、キャリバーSW510を搭載している。その構造は、基本的には特許保護期間が終了したETAの7753がベースだ。本来、ETA 7753もSW510も横3つ目のトリコンパックス配置だが、このセリタのムーブメントは、左右対称のバイコンパックス配置に変更されている。このクロノグラフムーブメントは、カムによるクロノグラフ機構の制御と片方向巻き上げ式の自動巻きを備えており、ローターの空回り音は、よほど神経質な人でなければ気にならないだろう。パワーリザーブは約56時間で、ベースとなったムーブメントよりも長い。ジンは、グリュシデュール製テンワ、装飾研磨、青ネジと、より高品質な「プレミアム」グレードを採用している。
良好な精度
ムーブメントの精度はどうだろうか。ウィッチ製の歩度測定器で計測すると、クロノグラフ機能がオフの時には平均日差がプラス4秒/日未満、クロノグラフをオンにした状態ではプラス1秒/日未満という良好な精度を示している。しかしながら、クロノグラフ機能をオンにした場合の最大姿勢差は14秒と少々大きい。
このように、356フリーガー・クラシックAS.Eは後悔することなく楽しめる腕時計である。日付表示がないことを許容できるなら、機能美に基づいた美しさを手に入れられるのだ。