【83点】タグ・ホイヤー/タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

2024.05.25

タグ・ホイヤー

1860年に創立されたスイスの時計メーカー、タグ・ホイヤーはスポーツウォッチブランドとして名高い。その腕時計の多くにはクロノグラフ機構が搭載されている。ラインナップが最も豊富でブランドにとって最重要であるコレクションは「カレラ」だが、モータースポーツと切り離せない「モナコ」や「フォーミュラ1」と並び、ダイバーズウォッチの「アクアレーサー」も高い人気を誇る。


タグ・ホイヤー/タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

引き算の美学
「カレラ クロノグラフ」が刷新された。12時間積算計とスモールセコンドを省き、異彩を放つティールグリーンの文字盤は、見る者をたちまち魅了する。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

アレクサンダー・クルップ:文 Text by Alexander Krupp
タグ・ホイヤー:写真 Photographs by TAG Heuer
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Yousuke Ohashi
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]

プラスポイント、マイナスポイント

+point
・魅力的なデザインとカラーの文字盤
・快適な操作性
・実用的なパワーリザーブを備えた最新のマニュファクチュールムーブメント
-point
・マイナス寄りの歩度
・バックルのエッジが少し気になる

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

3時位置に30分積算計が配され、9時位置に日付表示窓が置かれた、アシンメトリーなレイアウトが特徴的な文字盤だ。文字盤の見返し部分が盛り上がっており、すり鉢状になっている点にも注目してほしい。

 クロノグラフを人に説明するとしたら、どのような腕時計を想定するだろうか? クロノグラフと聞けば、ふたつのプッシャーと文字盤中央に時針と分針、そしてクロノグラフ秒針を設け、サブダイアルが3つ配された腕時計がすぐに目に浮かぶだろう。腕時計の伝統と実用性の観点から素直に考察すれば、これは正しいイメージだ。私たちはクロノグラフ特有の外観ばかりでなく、時刻のほか、秒、分、時のストップタイムを読み取れるクロノグラフの機能に慣れ親しんできた。一般的なクロノグラフならば、スモールセコンドが搭載されていることから、常に動き続ける秒針を見れば、クロノグラフを作動させなくても腕時計が稼働していると判断できる。

 では、腕時計の作り手がこうした常識を破り、クロノグラフを形成する特徴の一部を省略したらどうなるだろう。実用性の低い、コストパフォーマンスの悪い腕時計になってしまうのだろうか? 実用面だけを見れば、確かにそうかもしれない。ただ、コストパフォーマンスも悪いかというと、決してそうではない。ブランド自身の意思で機能を省く決定をした場合には大抵、正当な理由が存在するからだ。タグ・ホイヤーにとっての正当な理由は、このブランドの歩んできた歴史から見いだすことができる。

 スイスのラ・ショー・ド・フォンを本拠とするタグ・ホイヤーがカレラの新作で試みたのは、1968年のモデルを範とすることで“レトロ”という、時計業界で長年にわたって人気のトレンドを採り入れることだった。「カレラ DATO 45」は、発表された当時、12時間積算計とスモールセコンドを省いたアシンメトリーなデザインで注目を集めた。サブダイアルを省く代わりに、9時位置に縁を枠で囲んだ日付表示窓を置き、3時位置の45分積算計でレイアウト上のバランスを取っている。

 ちなみに、この45分積算計がモデル名の由来となった。一見、風変わりなレイアウトだが、時が経つにつれて独自の魅力が感じられるようになる。極限まで削ぎ落とされたデザインであるにもかかわらず、時刻表示、分積算計、日付表示といったエッセンシャルな機能はきちんと装備されている。

カレラ DATO 45

歴史的なモデルである「カレラ DATO 45」は1968年に登場した。このモデルの3時位置の積算計は、45分積算計だ。

歴史が想起させるもの

 新しい「カレラ クロノグラフ」は、モデル名こそカレラ DATO 45でないものの、コレクターが〝サイクロプス〞の愛称で呼ぶオリジナルモデルのデザインの多くを継承している。まずは、3時位置の分積算計(今作では45分ではなく30分積算計)と9時位置の日付表示という文字盤のレイアウトが挙げられる。次に、ドーム型に盛り上がり、タキメーターまで収めた“グラスボックス”仕様のサファイアクリスタル製風防も同様だ。さらには、マッシュルーム型のクロノグラフプッシャーを備えており、時針、分針とアプライドインデックスの外側に存在するドットに蓄光塗料が塗布されている点もそうだ。さらには、ファセット加工が施され、カーブを描くラグなど、ケースに関してもオリジナルを踏襲した形状となっている。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

外周部に立ち上がりを持たせた、ボックス型サファイアクリスタル製風防からはレトロな雰囲気を覚える。ミドルケースの開口部の端から端までを覆う風防のサイズも特徴的だ。

 本作の日付表示窓はアプライド型のメタルフレームで囲まれており、オリジナルよりもエレガントな印象を与える。表示要素が削ぎ落とされたこのモデルは、クロノグラフというジャンルにおいて最高のエレガンスを代表している。同じく、複雑な形状を持つロジウムメッキ仕上げのインデックスや、サーキュラーサテン仕上げの文字盤、肉抜き加工された時針と分針、そして、魅力的なティールグリーンの文字盤も、エレガントさの演出に貢献している。ブリティッシュレーシンググリーンを彷彿とさせるこの文字盤の色は、タグ・ホイヤーのカレラとモータースポーツとの密接な関係を想起させる。ティールグリーンは2021年のコレクションで導入された色だ。

 カレラの多くのモデルは、カーフレザー製のストラップ、もしくはステンレススティール製のブレスレットを備えている。それとは異なり、今作に装備されているアリゲーターレザー製のストラップは、エレガントな装いによく似合う。非の打ちどころのないステッチが施された、しなやかなストラップの先端には、タグ・ホイヤー特有の片折れ式セーフティーフォールディングバックルが装備されている。このバックルは、ダブルセーフティーボタンを押すことで簡単に開くことができ、クリップ式なのでストラップを無段階に調節することができる。レザーストラップでは穴とピンとの接触部分が摩耗しやすいが、このバックルならばその心配はないのだ。

 よく出来た作りのバックルの唯一の難点は、着用時に、少し鋭さのあるエッジが時折、気になることである。この点を除けば、ケース径39mmで、厚さ13.86mmのこの腕時計はかなり快適に装着できる。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

ストラップの長さを無段階に調節できるセーフティーフォールディングバックル。

毎日の頼もしいパートナー

 快適な装着感と同様、視認性も良好である。時刻はいつでも判読しやすい。暗所では時針と分針に塗布された蓄光塗料が、アワーマーカーの外側に配された小さなドットのそれよりも明るく輝く。分積算計は明るい場所では快適に読み取ることができ、クロノグラフ秒針も文字盤からくっきりと浮かび上がる。ティールグリーンの文字盤はどちらかといえば暗めのトーンだが、針とのコントラストは黒文字盤のモデルよりもずっと良い。

 クロノグラフ秒針と分針が外周の目盛りまで達していない理由は、すり鉢状になった文字盤の縁が高く盛り上がっているためである。しかし、立体的な文字盤の魅力を考慮すれば、デザイン上のこうした判断もマイナスポイントにはならないだろう。

 さらに優れている点は操作性である。プッシャーは大きく、押し心地もよい。リュウズは刻み目がしっかり入っていることから扱いやすい。日付合わせを行うには、リュウズを1段引き出すが、ポジションも分かりやすく、操作面で不満な点は何もない。

Cal.TH20-07

コラムホイール、垂直クラッチを搭載した最新のマニュファクチュールムーブメント、Cal.TH20-07は、約80時間のパワーリザーブを供給する。

 日付表示機構に関して触れよう。午後10時を迎える前に日付表示ディスクは動き始める。午前零時に日付がジャンプする前の午後10時半の時点で、数字がすでに斜めになっていることに、注意深く観察するユーザーなら気づくだろう。これは、名機である自社製クロノグラフムーブメント、ホイヤー02をベースとする、自動巻きCal.TH20-07における数少ない欠点のひとつだ。この点を除けば、このムーブメントは両方向巻き上げローター、コラムホイール、垂直クラッチ、約80時間のパワーリザーブなど、いずれも高い水準の性能を備えている。

 タグ・ホイヤー製クロノグラフの生産数を物語るような、工業的な外観には好感が持てる。ケース上のエッジの一部には、面取りされてはいるものの、ポリッシュ仕上げが施されていない箇所も見受けられる。ムーブメントにおける装飾の主役は、コート・ド・ジュネーブと、エングレービング加工を施したうえで、黒の塗料を盛った受けのロゴだ。タグ・ホイヤーのロゴを象徴する盾の形に肉抜きされたローターは洗練されている。

ややマイナス寄りの歩度

 ウィッチ製電子歩度測定器で行ったテストでは、平均日差はマイナス1.7秒/日、最大姿勢差は8秒という結果だった。クロノグラフ作動時は、これらの数値がマイナス1.5秒/日と7秒と、わずかな改善が見られた。クロノグラフの非作動時と作動時であまり数値に差がないのは、考え抜かれたクロノグラフ機構の設計と、動作のスムーズな輪列によるものである。

 秒針のない腕時計で着用テストを行う場合は、クロノグラフのスイッチを入れた状態でなければ精度を測定することができない。精度の測定を行わないとしても、クロノグラフを常に作動させておくことは、この腕時計の場合には良い考えだ。なぜなら、クロノグラフを作動させなければ、文字盤の上を慌ただしく動く針がないため、ただ静寂があるのみだからである。

タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ

時針と分針および、アプライドインデックスの外側に配置されたドットには蓄光塗料が塗布されている。

 タグ・ホイヤーの新しいカレラ クロノグラフは、純粋に使用することが楽しい腕時計だ。削ぎ落とされたエレガントなデザイン、珍しい文字盤の色、高い実用性、そして、高性能なマニュファクチュールムーブメントを搭載したこの腕時計は、幅広い「カレラ」コレクションを、エキサイティングに補完する総合芸術と言える。12時間積算計やスモールセコンドがなくても構わない時計愛好家ならば、唯一無二のスタイルを発揮する魅力的なアイテムとなるだろう。引き算した結果、明らかに多くをもたらした成功例だ。