ゼニスは長期にわたってダイバーズウォッチをラインナップに加えてはいなかった。だが、「デファイ エクストリーム ダイバー」の登場は、ダイバーズウォッチを保有するブランドとしてゼニスを再び表舞台に立たせたのだ。歴史、技術、デザインの観点から、新しく発表されたこの腕時計に迫っていこう。
ゼニス:写真 Photographs by Zenith
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年9月号掲載記事]
21世紀によみがえった個性派レトロダイバーズウォッチ
ゼニスから再びダイバーズウォッチが登場したことは、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2024で大きな話題となった。
スイスのル・ロックルに本拠を構えるゼニスは、プロフェッショナル用のダイバーズウォッチを、久しくそのラインナップに加えていなかったブランドである。だが、ゼニスは1969年に発表されたアーカイブモデルをベースにした、新しいダイバーズウォッチ「デファイ エクストリーム ダイバー」を発表したのだった。この腕時計は妥協なく設計されており、600mの防水性能を備えている。
デファイ、その歴史と背景
ゼニスの「デファイ」というモデル名は、想像以上に古い。創業当初の1865年からゼニスはすでに特定のモデルに「Defi」という名称を使用している。1902年には懐中時計のシリーズ名にこの言葉が用いられるようになった。「Defi」というフランス語は「挑戦」を意味し、頑丈な時計を指す言葉として用いられたのである。
69年、ゼニスは再びこのデファイという言葉を採用した。ただし、フランス語のつづりではなく、英語のそれである「Defy」へと変更した。なぜこの言葉を新たに登場する腕時計に用いたのか。その理由を挙げるとするならば、まずひとつは世界中の時計愛好家へアピールするためだったと考えられる。もうひとつの理由は、このデファイと名付けられた腕時計が、衝撃と水という、腕時計にとっての宿敵に打ち勝ってほしい、という願いが込められているからだ。
ゼニスによってデファイと名付けられたスポーティーな腕時計は、その発表当初、ゼニスによる別の技術革新の陰に隠れてしまっていた。それは69 年に発表された自動巻きクロノグラフムーブメントの「エル・プリメロ」だ。とはいえ、八角形のケースがアイコニックなデファイは、クォーツ革命が起こるまでの数年間は成功を収めていた。
それに加えて、後世に名を残すだけの特徴を、当時のデファイはすでに持っていた。まず挙げられるのはムーブメントを囲むように配置されたショックアブソーバーだろう。次に挙げるとすれば、300m防水を実現させた特許取得の防水ケースだ。さらに、長年カタログに掲載され、バリエーションが豊富だったことを挙げても良いのかもしれない。多様なケース素材やカラーバリエーションが数多くラインナップされていたのだ。
防水性能をより高めた600m防水モデルも存在した。「デファイ ダイバー」と名付けられたモデルに至っては、1000mの防水性能を備えていた。
その後、デファイシリーズは販売を終了。だが2006年、当時ゼニスの社長であったティエリー・ナタフは突如デファイを復活させたのだった。当時発表されたラインナップは、「デファイ エクストリーム オープン」「デファイ エクストリーム エル・プリメロ オープン クロノグラフ」、そして「デファイ エクストリーム パワーリザーブ」だった。
しかしながら、これらのモデルは小売店やバイヤーの多くからは、気に入られることはなかった。結局、09年にジャン・フレデリック・デュフールがCEOに就任してから数年のうちに、製造中止に追い込まれてしまった。
今年の4月に発表された「デファイエクストリーム ダイバー」のデザイン上の参照元は、Ref.A3648という腕時計である。600m防水を備え、4時位置と5時位置の間にリュウズを備えたこのモデルは、1969年に登場した、デファイシリーズ最初のモデルのひとつだ。
まずはケースを見てみよう。オリジナルモデルと同じく、「デファイ エクストリーム ダイバー」も八角形のケースが特徴的である。だが、オリジナルのRef.A3648よりも、八角形の印象はそれほど強くはない。
デザイン的な観点から注目すべきはベゼルだ。オリジナルもこの腕時計も、ベゼルをふたつ搭載しているという点では共通しているのだ。要するに、逆回転防止ベゼルの上に、もうひとつアッパーベゼルが設けられているのである。
なお、アッパーベゼルは、オリジナルでは14角形であった。だが、デファイ エクストリーム ダイバーでは12角形に変更されている。2022年に発表された、12角形のベゼルを持つ「デファイ スカイライン」の意匠を踏襲したためだ。
細部まで綿密に考えられたデザイン
Ref.A3648を忠実に復刻したモデルも発表されている。それが「デファイ リバイバル A3648」だ。裏蓋はトランスパレント仕様となっており、その点がオリジナルモデルとは異なる。自動巻き(Cal.Elite 670)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径37mm、厚さ15.5mm)。60気圧防水。101万2000円(税込み)。
Ref.A3648をオリジナルモデルとしていることから、このデファイ エクストリーム ダイバーからは明らかにレトロな印象を受ける。現行品のダイバーズウォッチでレトロなスタイルの腕時計は珍しくはない。ロレックスの「サブマリーナー」や、オメガの「シーマスター」、ブライトリングの「スーパーオーシャン」など、1950年代から60年代頃のレトロなスタイルをした競合モデルは多々見受けられる。
デファイ エクストリーム ダイバーはレトロな雰囲気を醸し出しつつも、現代的な印象を与えるデザインである。まずはケースの形状に注目しよう。ケースをはじめとして、基本的には角張った形状のデザインだ。だが、そこに丸みを帯びた逆回転防止ベゼルを合わせることによって、硬軟併せ持つ印象を与えることに成功した。
ミニッツトラックと針は、70年代に流行したオレンジカラーで彩られている。とはいえ、オリジナルであるRef.A3648のカラーリングと比べると、アクセント程度の使用に留まっており、控えめだ。
この腕時計の文字盤にはデファイ スカイラインでおなじみの四芒星の模様が規則正しく刻まれている。ブラックカラーの文字盤の良い引き立て役になっているだろう。デファイ スカイラインよりも、ややこの模様は大きい。だが、デファイ エクストリーム ダイバーがその系譜に連なることを明確に示しているのだ。
文字盤上には見どころが満載である。インデックスはポリッシュ仕上げが施された、大きく存在感のあるものだ。特徴的な形状をした時針と分針にはファセット加工が施されており、オレンジのアクセントで彩られた部分が肉抜きされた、ユニークな形状である。また、秒針のカウンターウェイト部には、ゼニスのイメージマークである星が付けられており、チャームポイントになっていると言えるだろう。
その中でも特筆すべきは「1969」フィートという、防水性能を示す不規則な数字だ。ここまで読んできた読ならば、この数字が、デファイが初めて発表された年だと合点がいくだろう。実は、防水性能を表す表記としても機能しているのである。600mはフィートに換算すると1968.5フィートとなる。そして、四捨五入すれば、この不規則な数字、1969に合致するのだ。
逆回転防止ベゼルも注目に値する。ダイバーズウォッチでセラミックスをベゼルに用いる場合、一般的には、金属にはめ込んで使用する。だが、この腕時計のベゼルはセラミックス単体だ。なお、このベゼルはつかみやすいように、側面は鋸歯状になっており、さらには、5分ごとに大きな切れ込みが入れられている。また、容易に回すことができ、そのときに生じる音は心地よく感じられる。他方、12角形をしたチタン製のアッパーベゼルは、サファイアクリスタル製風防の“縁”の役割を担っているのだ。
昼夜問わず優れた視認性
3針あるうち、ダイバーズウォッチで重要な針は分針だ。分針の視認性を高めるためにゼニスが行ったデザイン上の工夫に注目してみよう。
分針は時針よりも太く見えるかもしれない。だが、実際にはそうではない。蓄光塗料が塗られた面積は、分針の方が時針よりも大きいため、そのような印象を与える。どちらも似た形状ではあるが、見間違えることはない。また、ミニッツトラックがオレンジカラーで彩られているので、幅の広い分針であっても瞬時に読み取ることが可能だ。分針はミニッツトラックを隠さず、そこにわずかに達する長さだ。時針はアワーマーカーに達する寸前の長さだ。この針の長さのデザインも視認性に貢献しているのだろう。
夜間もしくは暗所でも、時刻を読み取りやすくするための工夫が施されている。分針とベゼルの三角マークはどちらもブルーに発光するスーパールミノバが塗られ、色がそろえられている。そのため、瞬時にそのふたつの位置関係を判読可能だ。それとは対照的に、時針とアワーインデックスの蓄光塗料の発光色にはグリーンが採用されている。なお、逆回転防止ベゼル上の数字と、その間の5分ごとのバーインデックスの蓄光塗料の発光色にはオレンジカラーが採用されている。このように、蓄光塗料の発光色を変えて、暗所での高い判読性を実現しているのだ。
ケースとブレスレット、そしてストラップ
オリジナルのデファイは、ステンレススティールやゴールドをケースの素材に採用していた。新作であるデファイ エクストリーム ダイバーのケースはチタン製である。チタンはゼニスのダイバーズウォッチに初めて採用されたわけではない。2006年のデファイ エクストリームシリーズにも、この軽量かつ耐久性の高い素材はすでに用いられていた。
ケース右側にあるクロノグラフプッシャーのように見えるものは、実はリュウズのプロテクターであり、それぞれ2本の六角ネジで固定されている。このパーツもチタン製で、ブラッシュ仕上げとポリッシュ仕上げの両方が施されている。ケースの角張った印象に貢献するパーツだ。
なお、ヘリウムエスケープバルブは9時位置に配されており、リュウズは裏蓋と同様にねじ込み式である。この腕時計をより海の深いところへ潜れるようにする仕組みだ。
デファイ エクストリーム ダイバーのケースサイズは、直径42.5mm、厚さは15.5mmと比較的ボリュームがあるが、チタン製のブレスレットと組み合わせて使うと非常に快適だ。なお、このブレスレットの重量はラバー製ストラップよりもわずかに重い程度である。残念ながら、ダイバー用エクステンションは搭載されていない。
ラバー製ストラップはファブリック調の表面処理がされているもので、こちらも着け心地は良好だ。このストラップはチタン製のフォールディングクラスプを備えており、ふたつのプッシュボタンで簡単に開け閉めできる。
漁網を再利用して作られたテキスタイル製ストラップは、専用のふたつのアタッチメントを、ケースの上下にそれぞれ装着して使用するのだ。アタッチメントの穴から穴へとこのストラップを通して固定する。そのため、せっかくトランスパレント仕様である裏蓋から、ムーブメントを鑑賞できなくなってしまうのは残念な点だ。
とはいえ、このアタッチメントは、クイックストラップチェンジ機構を採用しているため、容易かつ素早く交換することができ、バネ棒を外すために奮闘せずに済む。
なお、このテキスタイル製ストラップはウェットスーツの上から装着するには十分な長さのもので、エクストラロングストラップという名称である。
クロノグラフ機能なしのエル・プリメロ
600m防水を備える腕時計にトランスパレント仕様の裏蓋が採用される例は、あまり多くはない。だが、このデファイ エクストリーム ダイバーにはトランスパレント仕様の裏蓋が採用されている。この腕時計に搭載されるマニュファクチュールキャリバー、El Primero 3620 CSは、クロノグラフを搭載していないエル・プリメロ・ムーブメントのひとつだ。ちなみに、「CS」はセンターセコンドの略称である。
クロノグラフ機能を搭載したエル・プリメロは9時位置に“高速”スモールセコンドを備えている。インダイアルをわずか10秒で1周し、10分の1秒を表すことができるのだ。だが、この機能はダイバーズウォッチではほぼ意味をなさない。そのため、この腕時計では、ゼニスがセンターセコンドを採用したことは理にかなっている。
エル・プリメロのムーブメントは、毎時3万6000振動のハイビート仕様であり、その精度は高い。なお、パワーリザーブは約60時間だ。
ムーブメントの表面装飾は昨今の優れたマニュファクチュール製スポーツウォッチに求められる条件を満たしている。ムーブメントのパーツはルテニウムコーティングされているため、シルバーカラーで統一されている。その見た目は、現代的で整った印象だ。
ゼニスのスターをあしらったスケルトン仕様のローターは、左右のわずかな振動にも反応する。このローターにつながる角穴車や、輪列の動く様子も素晴らしい。よく目を凝らすと、ムーブメントの奥にはパープルカラーのガンギ車が見える。これもアンクルと同様にシリコン製で、磁気の影響を受けにくいパーツだ。
歩度測定器でのテストでは、6つの測定姿勢のうち、文字盤下の姿勢でのみプラスとなった。他の姿勢ではマイナスになり、場合によっては著しくマイナスが進むケースも見受けられた。そのため、平均4秒/日の遅れが生じてしまった。実際に腕に着用した際にも、この遅れは確認された。だが、この程度の遅れは基準の上ではクロノメーターの範囲に収まるものだ。
とはいえ、3日後には12秒も遅れるため、たまに時刻調整を行う必要があるのは正直なところ不満に思える。最大姿勢差は9秒と妥当な範囲内だ。より高精度にするためには、時計技士に4〜5秒の調整をしてもらうだけで十分だろう。
高いがリーズナブルな価格
この腕時計の149万6000円という価格は一見、高価かもしれない。だが、同クラスのブランドのダイバーズウォッチや、ゼニスの他の腕時計と比較すると、決して高すぎることはないことが分かる。つまり、この腕時計の価格は現在の時計市場では納得のいく販売価格と言える。すなわち、残念だが、インフレによる腕時計の価格上昇を考慮しなくてはいけない時代を迎えてしまったようだ。
ゼニス「デファイ エクストリーム ダイバー」のスペック
プラスポイント、マイナスポイント
+point
・歴史的な背景を持つ力強いデザイン
・高い防水性
・視認性の高さ
・高品質な仕上がり
・高い着け心地
・魅力にあふれたムーブメント
・クイックストラップチェンジ機構を採用して容易に交換可能なブレスレットおよびストラップが3本付属
-point
・超高精度とは言い切れない
技術仕様
製造: | ゼニス |
リファレンスナンバー: | 95.9600.3620/21.I300 |
機能: | 時、分、センターセコンド(秒針停止機能付き)、日付表示 |
ムーブメント: | Cal.El Primero 3620 CS、自動巻き、3万6000振動/時、27石、シリコン製アンクルとガンギ車、ニヴァフレックス製ヒゲゼンマイ、パワーリザーブ約60時間、直径30.5mm、厚さ6.02mm |
ケース: | チタン製、両面無反射コーティングされたサファイアクリスタル製フラット型風防、60気圧防水 |
ブレスレット&クラスプ: | クイックストラップチェンジ機構を搭載した交換可能な3種類のブレスレットとストラップ(チタン製ブレスレット+クラスプ、ラバー製ストラップ+フォールディングクラスプ、テキスタイル製ストラップ+ピンバックル) |
サイズ: | 直径42.5mm、厚さ15.5mm、チタン製ブレスレット込みの総重量132g(実測値)、ラバー製ストラップ込みの総重量120g(実測値)、テキスタイル製ストラップ込みの総重量98g(実測値) |
価格: | 149万6000円(税込み) |
*価格は記事掲載時のものです。記事はクロノス ドイツ版の翻訳記事です。
精度安定試験
最大姿勢差: | 9秒 |
平均日差: | −4秒/日 |
着用時平均日差: | −4秒/日 |
評価
ブレスレット&クラスプ((最大10pt.) | 10pt. | ブレスレット、ストラップは計3本付属する。クイックストラップチェンジ機構を採用しているため交換は簡単で扱いやすい。クラスプも含めて高品質だ。 |
操作性(5pt.) | 5pt. | リュウズの操作は容易。ストラップの交換も同じく簡単だ。 |
ケース(10pt.) | 9pt | ブラッシュ仕上げとポリッシュ仕上げが交互に施された多面的な造形のケース。ベゼルは簡単に回すことができる |
デザイン(15pt.) | 13pt. | アーカイブモデルを基にしたレトロなデザインに成功。機能的かつ、手触りも見た目もよいデザインだ。 |
文字盤と針(10pt.) | 9pt. | 精巧に形作られた針とインデックス、そして細部にわたる優れた仕上げは、拡大鏡を用いてこの腕時計をのぞいたときにも十分に楽しませてくれる。 |
視認性(5pt.) | 5pt. | 暗い場所でも明るい場所でも視認性は良好である。針の長さはそれぞれ異なっており、見間違える可能性はない。また、針と文字盤の配色は高いコントラストを生み出している。 |
装着性(5pt.) | 5pt. | 角張ったデザインの腕時計だが、どのストラップを付けても着用感は快適だ。 |
ムーブメント(20pt.) | 16pt. | 整ったデザインのムーブメント。仕上げは他の有名ブランドのスポーツウォッチに匹敵する出来だ。 |
精度安定性(10pt.) | 6pt. | 今回テストした個体は残念ながら遅れが目立つ。ハイビート機ではあるが、10点満点中6点しか与えられない。 |
コストパフォーマンス(10pt.) | 8pt. | 高い機能性を備え、高級ツールウォッチとして適正な価格設定である。アーカイブモデルに基づいたデザイン、高い防水性能、高品質の素材、自社製ムーブメント搭載など、価格相応の価値のある腕時計だ。他ブランドの似た性能を持つ腕時計と同じ価格帯である。 |
合計 | 86pt. |