【82点】キングセイコー/KS1969 SDKA017

2024.12.11

2020年の新生キングセイコーはまだ記憶に新しい。シリーズ第2作の「KS1969」。今回、シルバー文字盤のモデルである「KS1969 SDKA017」を検証する。

キングセイコー「KS1969 SDKA017」

リュディガー・ブーハー:文 Text by Rüdiger Bucher
セイコー:写真 Photographs by SEIKO
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Yousuke Ohashi
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]


王者の再来

 私たちは今、キングセイコーの復活を目撃しているのかもしれない。時計愛好家にとって、キングセイコーという名は往年のトップパフォーマーの代名詞であり、かつてのグランドセイコーとの競り合いを想起させるだろう。セイコーウオッチの経営陣がキングセイコーで何か大きな計画を進めている可能性は十分にありうる。これについてあれこれ憶測するのは時期尚早だが、キングセイコーという名前が出てくると、やはり期待感は高まってしまう。

 初代キングセイコーが登場したのは1961年である。この年が選ばれたのには理由があった。服部金太郎が銀座に服部時計店を創業したのがこれにさかのぼること80年前の1881年。今日、知らぬ者はいないセイコーグループへと発展した。キングセイコーが発売されたのは、1960年に初代グランドセイコーが登場したわずか1年後のことである。グランドセイコーもキングセイコーも、セイコーにおける最高水準の製品を使命として掲げていた。

トップを巡る戦い

45KCM

1969年に発売された「45KCM」は「KS1969」のモチーフとなった腕時計だ。楕円形のケースを採用した45KCMは、3万6000振動/時というハイビートムーブメントを搭載していた。

 同一グループ内のライバル関係を理解するには、第2次世界大戦以来、セイコー腕時計の生産工場が2拠点あったことを知っておく必要がある。ひとつは東京の亀戸に設立された第二精工舎で、もうひとつは東京から西に約200km離れた長野県諏訪市にあった諏訪精工舎である。戦局が進む中、亀戸の第二精工舎は空襲の危険に備え、諏訪市などに生産ラインを分散疎開させた。亀戸の工場が空襲で壊滅した後の数年間は、すべての腕時計が諏訪で製造されていた。

 亀戸工場が再建され、1950年に生産が再開されても、諏訪工場はそのまま残されることになった。59年に諏訪工場は、諏訪精工舎として発足。ふたつの工場の間には競争と協力という、興味深い関係が生まれることになる。

 絶え間ない高精度化を目指し、ふたつの工場は互いに刺激し合いながら成果を上げていった。そして50年代の終わり頃、当時、製造部門責任者を務めていた田中廉に諏訪工場がスイス・クォリティのクロノメータームーブメントの製造を提案したことで、グランドセイコーの基礎が築かれる。60年に発売された初代グランドセイコーには、スイス・クロノメーター検査基準に準拠したムーブメント、キャリバー3180が搭載されていた。

 これに触発された第二精工舎も、田中に最高品質のクロノメータームーブメントの開発案を提出。ふたつ目のモデルにはキングセイコーという名が与えられることになった。諏訪精工舎と第二精工舎の開発陣による切磋琢磨はこうして、グランドセイコーとキングセイコーというかたちで続いていく。

 とはいえ、両者はそこまで峻別されていたわけではない。65年に第二精工舎が完成させた高精度ムーブメント、キャリバー4402が2年後には改良版のキャリバー44GSとして、グランドセイコーに採用されるなどの例もある。その後、キングセイコーがセイコーブランドのハイクラスモデルとして進化を続ける一方、当時はまだ独立したブランドではなかったものの、グランドセイコーは価値と価格の両面においてキングセイコーを上回る存在として成長してゆく。

 セイコーが60年代末にクォーツ技術に注力し始めると、70年に第二精工舎は岩手県に盛岡セイコー工業を設立。現在に連なる岩手県内での一貫生産体制を整えていった。その頃から、後にセイコーエプソンとなる諏訪精工舎とのグループ内競争は徐々に収束していった。セイコーが高精度で安価なクォーツ式腕時計で世界を征服し、グランドセイコーがその陰で卓越性を追求し続けた一方、キングセイコーは当分、歴史の流れの中に埋没していった。

セイコーの新たな最高級ラインとなるか

キングセイコー「KS1969 SDKA021」

グリーンの文字盤を備えたカラーバリエーションモデル「KS1969 SDKA021」。「KS1969」の文字盤カラーはキングセイコー誕生の地、東京から着想を得たものだ。東京の緑豊かな側面を表現し、このグリーンを採用した。

 そして今、キングセイコーが復活した。2017年から独立したブランドとして展開しているグランドセイコーとは異なり、キングセイコーはそこまで確立されているわけではない。セイコーの経営陣にも、おそらくその意図はないだろう。だが、「キング」という名を冠する以上、その位置付けは決して低くはないはずだ。価格設定からもその意思をうかがうことができる。キングセイコーの20万円を超える価格は、セイコー アストロン、プレザージュ、プロスペックスの多くのモデルよりも高価だ。

 とはいえ、セイコー アストロン、プレザージュ、プロスペックスの中には、キングセイコーよりも高額なモデルもある。そこで、我々は次の問いを立ててみた。キングセイコーが提供するものは何か? セイコーの最高級ラインとして、グランドセイコーとの差別化を図る決め手となるものは何か?

 今回、テストウォッチとして選んだのは、シルバー文字盤の「KS1969 SDKA017」である。「KS1969」は、21年に発表されたKSKに続く、キングセイコーのシリーズ第2作だ。名称とデザインのモチーフとなったのは、1969年に発売された「45KCM」である。69年は、垂直クラッチとコラムホイールを採用した、世界初の自動巻きクロノグラフが発売された年でもある。

キングセイコー「KS1969 SDKA017」

「KS1969」の平たく曲線を描く形状のケースは、実際の厚さよりも、さらに薄い印象を与える。ボックス型風防は、ケースよりわずかにせり出した配置だ。オリジナルとなった「45KCM」に倣った13列のブレスレットも特徴的だ。

 KS1969のケースは楕円形で、オリジナルモデル45KCMを彷彿させる。当時のフォルムのように、ポリッシュ仕上げが施された大きなケース側面が、ラグとシームレスに融合している形状だ。端に向かって細くなるデザインで、ラインはシャープだが、鋭いエッジはない。側面から見ると優美に湾曲したラインがよく分かる。ラグから中央に向かって盛り上がり、リュウズまで来るとラグに向かってまた薄くなる。洗練されたケースの設計は、他の腕時計と差別化できる要素のひとつとして見る者の記憶に強く残る。

特徴的な12時のインデックス

キングセイコー「KS1969 SDKA017」

12時位置のバーインデックスは2本並べられており、矢の羽を思わせる模様が刻まれている。

 流れるようなデザインのケースと、クリアで落ち着いた文字盤は、コントラストが秀逸である。文字盤はよく見ると、ひと目見ただけでは分からないほど、多くの魅力を持つ。サテン仕上げのシルバー文字盤は、アプライドインデックスと、ポリッシュ仕上げの時・分針を備えている。針にはファセットが施されていることから、光の反射が驚くほど美しい。エレガントで透明感のあるデザインが優先されたため、蓄光塗料はあえて使用されていない。アプライドのブランドロゴは、大文字がつながった伝統的なスタイルで、角の丸みが美しい日付表示窓とともにポリッシュ仕上げが施されている。こうしたディテールを積み重ねることで、マットな文字盤との美しいコントラストが出現し、高級感が演出されている。

 最も特徴的なのは、12時位置に置かれた印象的なダブルインデックスで、ここには矢の羽根を思わせる模様が彫られている。ちなみに、復刻デザインのKSKでも12時位置に印象的なダブルインデックスが君臨している。KS1969のものとは少し異なるが、今日のキングセイコーを特徴付ける様式と言える。この様式が今後も受け継がれていくことを期待したい。

 69年のオリジナルでは12時はバーインデックス2本のみで、フォルムや仕上げにおいて他のインデックスと異なる点はなかった。新生モデルではインデックスがオリジナルよりも短い。オリジナルモデルでは、アワーインデックスの間に9本の細かい目盛りが刻まれていたのに対し、4本になっている。

高精度薄型ムーブメント

セイコーの自社製自動巻きムーブメントCal.6L35のローターにはストライプ模様の装飾が施されているが、裏蓋はトランスパレント仕様ではないため、残念ながら、このムーブメントを鑑賞することはできない。ムーブメントの厚さは3.6mmと薄く、この腕時計のエレガントな仕上がりに貢献している。

 キングセイコー KS1969のデザイナーと開発チームは、当初から厚さを10mm以下に抑えることを目指していたようである。ケース厚わずか9.9mmの実現には薄型のムーブメントも少なからず貢献している。2018年に導入された自動巻きムーブメント、キャリバー6L35は厚さ3.6mmで、プレザージュやプロスペックスに搭載されているキャリバー6R35よりも1.3mmも薄い。直径は26.2mmで、ETA2892とほぼ同じサイズだ。

 キャリバー6L35は、キャリバー6R35よりも精度が高い。6R35の振動数は2万1600振動/時である。他方の6L35は2万8800振動/時であり、振動数は高い。エタクロン型緩急針を備え、ネジで歩度の微調整が可能だ。ハイビートと名付けられた1969年製キングセイコーの3万6000振動には及ばないが、キャリバー6R35よりも、精度はわずかに高くなっている。キャリバー6R35ではセイコーが保証する日差がマイナス15秒/日からプラス25秒/日の間だったのに対し、キャリバー6L35ではマイナス10秒/日からプラス15秒/日である。テンプの振動数が高くなるほど精度も安定するという原則の表れである。

 ウィッチ製電子歩度測定器、クロノスコープX1で行ったテストでもキングセイコーは優れた性能を証明した。すべての姿勢で日差はプラス3.3秒/日(3時下)からプラス10秒/日(文字盤下)の範囲に収まった。姿勢差が大きかったキャリバー6R 35とは異なり、最大姿勢差7秒というのは秀逸である。平均姿勢差は歩度測定器上でプラス6秒/日、着用時はプラス7秒/日だった。

 ブリッジやボールベアリングで支持されたローターには美しいストライプ模様が施されているが、トランスパレント仕様の裏蓋ではないので見ることはできない。裏蓋にはキングセイコーのブランドマークが施されている。キャリバー6R 35と比べると、パワーリザーブが短いのが唯一の欠点と言えるだろう。両方向巻き上げローターにより生み出される力を効率良く伝えるマジックレバーが搭載されているために、約70時間のパワーリザーブを備えているキャリバー6R35に対し、キャリバー6L35では約45時間しかない。

 日付ディスクは午後11時30分過ぎには動き始める。午前零時の数分後には切り替わるので、機能としては問題ないうえ、現代のムーブメントには不可欠な秒針停止機能と日付早送り機能も備えている。薄いムーブメントに加え、ベゼルから大きくせり出すことのないボックス型サファイアクリスタル製風防も、薄型ケースの実現に貢献している。また、ケース側面も丸みを帯び、セーターやシャツの袖口の下に収まって快適である。

キングセイコー「KS1969 SDKA017」

ステンレススティール製の裏蓋はねじ込み式で、キングセイコーのブランドマークが施されている。

 良好な装着感には、コマのひとつひとつが丁寧に加工された13列の多列ブレスレットも寄与している。ポリッシュ仕上げとヘアライン仕上げが交差する繊細なブレスレットはしなやかで、手にする喜びを感じさせてくれる。レトロなデザインのケースとの相性が良い多列ブレスレットはバタフライ式フォールディングクラスプを備えている。クラスプは2個のプッシュボタンにより容易に開閉でき、しっかりと留まるので安心である。

 この腕時計のクラスプにはエクステンションがなく、ブレスレットにクイックチェンジシステムが装備されていないのは残念だが、キングセイコー KS1969はスポーティーな腕時計ではなく、ドレスウォッチである。それにふさわしい質を備えたブレスレットを別のものに交換したいと思うユーザーは恐らくいないだろう。日常使いで悩まされる可能性があるとすれば、ケース側面に指紋が付きやすい点である。だが、徹底的にポリッシュされた表面があってこそ、ケースのフォルムが唯一無二なものになり、デザインの魅力の一部を構成していることから、これは避けられない問題である。小さなクリーニングクロスを常に携帯して指紋が付いたら拭くようにすれば、この悩みは解消されるだろう。

セイコーの王、捲土重来なるか

キングセイコー「KS1969 SDKA017」

薄く、丸みを帯びた側面の形状により、キングセイコーはセーターやシャツの袖口の下に収まり、着用感は快適。

 キングセイコー KS1969は特徴的なケースを備えた、秀逸なドレスウォッチである。加工品質の高さと、独自の歴史から導き出されたデザインには説得力がある。セイコーの中では高額だが、価格設定も適正と言えるだろう。キングセイコーはセイコーの王者であり、王者であるべき存在なのだ。もし、セイコーの経営陣が恒久的に、グランドセイコーの次にキングセイコーを置き、他のラインよりも上のランクに位置付けるのならば、さらなる精度の向上を期待したい。日差マイナス10秒/日からプラス15秒/日という範囲はセイコーのムーブメントの中では優秀だが、スイス品質に慣れているユーザーにとっては、やや物足りなく感じてしまうかもしれない。


キングセイコー「KS1969 SDKA017」のスペック

プラスポイント、マイナスポイント

キングセイコー「KS1969 SDKA017」

「KS1969 SDKA017」の文字盤カラーは、高層ビルが立ち並ぶ東京の現代の街並みを表現したシルバーカラーだ。

+point
・レトロなデザイン
・フラットな造形
・優れた精度
・快適な装着感

-point
・暗所での視認性は望めない
・パワーリザーブは長いとは言えない
・微調整機構が単純

技術仕様

製造: セイコーウオッチ
リファレンスナンバー: SDKA017
機能: 時、分、センターセコンド(秒針停止機能付き)、日付表示
ムーブメント: Cal.6L35、自動巻き、2万8800振動/時、パワーリザーブ約45時間
ケース: ステンレススティール製(ポリッシュ仕上げ)、ねじ込み式裏蓋、ボックス型サファイアクリスタル製風防(内側反射防止加工)、耐磁性最大4800A/m(約600ガウス)
文字盤: シルバー
ブレスレット&クラスプ: ステンレススティール製
サイズ: 直径39.4mm、厚さ9.9mm、ラグからラグまで43.6mm、重量129g(実測値)
価格: 39万6000円(税込み)

*価格は記事掲載時のものです。記事はクロノス ドイツ版の翻訳記事です。

精度安定試験

最大姿勢差: 7秒
平均日差: +6秒/日
着用時平均日差: +7秒/日

評価

ブレスレット&クラスプ(最大10pt.) 8pt. 13列の繊細なブレスレットは加工が秀逸で、手首によくフィットし、時計の醸し出すレトロな雰囲気によく似合う。クイックアジャストやクイックチェンジのシステムは非装備。
操作性(5pt.) 5pt. 非ねじ込み式リュウズ、2個のプッシュボタンを備えたクラスプは使いやすい。
ケース(10pt.) 8pt 有機的なラインが魅力的。堅固だが薄型。ポリッシュ仕上げの面が大きく、指紋が残りやすい。
デザイン(15pt.) 13pt. 奇抜さもありながらエレガント。1960年代後半のテイストを再現したレトロなデザインはオリジナルモデルの模倣ではなく、秀逸。
文字盤と針(10pt.) 9pt. シンプルながら非凡。針とアプライドインデックスにはファセット加工とポリッシュ仕上げが施されている。12時位置のダブルインデックスはキングセイコーの特徴。
視認性(5pt.) 4pt. 針と文字盤は同系色だが、マットな文字盤にポリッシュ仕上げの針がよく映える。蓄光塗料は塗布されておらず、暗所での視認性は確保されていない。
装着性(5pt.) 5pt. 薄く、鋭いエッジがなく、手首にフィットし、袖口の下に収まる。ブレスレットは抜群の装着感。
ムーブメント(20pt.) 14pt. 薄型で装飾も美しい。信頼性は高いが微調整は簡素で、パワーリザーブも平均的。
精度安定性(10pt.) 8pt. 全姿勢で+3秒/日から+10秒/日に収まる日差。セイコーが規定する-10秒/日~+15秒/日の範囲内であり、良好。
コストパフォーマンス(10pt.) 8pt. キングセイコーは時計愛好家から高い評価を得る人気ブランドである。個性豊かでレトロな意匠が特徴。セイコーの腕時計の中では高額だが、ディテールを見るとその価値にはうなずける。
合計 82pt.



Contact info: セイコーウオッチお客様相談室 Tel.0120-061-012 178


「キングセイコー」ってどんな腕時計なの? その歴史や現行モデルの特徴を解説!

FEATURES

キングセイコーから新生KSK誕生。現代人の感性を刺激する、時代を超えた造形

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これは誇れる国産時計だ。復刻したばかりの「キングセイコー」をレビュー

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