チャペックにおいてラグジュアリースポーツウォッチという位置付けの「アンタークティック」。グレイシャー・ブルーの文字盤と一体型ブレスレットを備えた、やや小ぶりなモデルSを検証する。

チャペック:写真 Photographs by Czapek
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Yousuke Ohashi
[クロノス日本版 2025年3月号掲載記事]
幾何学の魔術

この腕時計は化粧箱から出す時点ですでにエンターテインメントである。「アンタークティック パサージュ・ドゥ・ドレーク グレイシャー・ブルー S」は、20cm×11cm×16cm、重さ2kgを超える化粧箱の中に鎮座している。箱を開ける前から気持ちが高揚する。グレーがかった厚紙のカバーを取り去ると、シルバーでCZAPEKGENÈVEと刻印されたダークブルーの箱が現れる。この箱の蓋はジャストサイズで作られているので、開ける際には左右を手のひらで持ち、ゆっくりと引き上げると良い。箱の中に空気が流れ込み、次第に外しやすくなるのが感じられる。
蓋を外すと、ブラウンの木目が特徴的な木製の箱が姿を現す。コの字型の箱はチャペックのCをかたどっており、ブランドロゴを配したブラックの蓋を取り囲むように配置されている。この蓋は、チャペックのブランドロゴに加え、2本の針と1845という年号が刻印されたシルバーカラーのメダルで飾られている。この蓋を開けると、グレイシャー・ブルーの文字盤とステンレススティール製ブレスレットを備えた今回のテストウォッチが、ホワイトのクッションに巻き付いた姿を現す。
ここで初めてブラウンカラーをした木製の、Cの形状をした箱も、上に持ち上げて外せることに気付く。この下には付属品一式が収められている。右側にはグレイシャー・ブルーのラバーストラップ、左側には2本のドライバーが入っていて、どちらもジャストフィットで作られたくぼみに品よく収まっている。ブルーのドライバーは、ステンレススティール製ブレスレットを外してラバーストラップを取り付ける際に使用するものだが、これについては後ほどまた触れたい。
グレーのドライバーは、ラバーストラップ用のふたつめのフォールディングバックルを取り付けるのに必要となる。この交換用バックルは、ブラックのフォームラバーで包まれ、CZAPEK GENÈVEと印字された黒い厚紙製ケースに入っている。ドライバー同様、専用の収納スペースがあり、時計師のミニチュアデスクさながらの光景だ。
付属品を収めた箱
裏側にはさらにふたつのくぼみがある。ひとつは空で、ラバーストラップに交換した後のステンレススティール製ブレスレットを収納できるようになっている。もうひとつには、取扱説明書と、パスポートのようなデザインのネイビーのチャペック・パスが入っている。ブルーの封蝋が施されたチャペック・パスには、腕時計の名称と仕様、ムーブメント名、シリアルナンバーが、ブラウンのインクで手書きされている。取扱説明書には時計の機能に加え、〝時計師のミニチュアデスク〞を思わせる収納箱の説明も記載されている。これにはふたつ、小さな引き出しがあり、ここにはブレスレットのコマと、ステンレススティール製ブレスレットの長さを調節するための工具が入っている。
細部に至るまでの凝った演出に、腕時計そのものへの期待感も高まる。筆者は「アンタークティック」のコレクションは大きなサイズも含め、腕時計の見本市で以前より見ていた。「アンタークティック パサージュ・ドゥ・ドレーク」はもともと、40.5mmのモデルとして2020年に発表されたものである。その2年後、今回のテストウォッチである38.5mmのモデルが発表された。個人的に小さめの腕時計が好きなので、38〜39mmは最適なサイズである。ブランドの公式ウェブサイトでは、手首周りが16.5cm以下のユーザーにこの小径モデルを推奨しているが、筆者の手首は約19cmなのにもかかわらず、小さいモデルでぴったりだった。また、午後の遅い時間や、長時間歩いて腕が少しむくんだ場合でも、内蔵のエクステンションの恩恵により、着用したまま少し緩めることができる。
エッシャーの絵のような文字盤
アンタークティック パサージュ・ドゥ・ドレーク グレイシャー・ブルー Sを眺めていると、多くのディテールに気付かされる。特徴的なモチーフの文字盤もそのひとつだ。まるでだまし絵で有名なマウリッツ・エッシャーの図と地がエンドレスに交差する作品のように、この台形のパターンは、Stairway to Eternity(永遠への階段)と名付けられている。中央で折れ曲がった台形を互い違いに並べたこのパターンは、台形の一方の面は光を捉え、もう一方の面は影を生み出し、それが連続することによって不思議な印象を生み出している。なお、このパターンはプレスを用いて表現されたものだ。加えて、PVD処理によって実現した氷河を連想させるブルーは、この独特な文字盤のパターンにふさわしい。
ファセット加工が施された、中央に向かって細くなる剣の形をしたアプライドインデックスが、文字盤には12個配されている。時・分針は、インデックスと同様にファセット加工が施されたもので、スーパールミノバが塗布されている。台形の日付表示窓は、文字盤に直接開けられており、その縁は丁寧に仕上げられている。アプライドされた文字盤上の他の要素とは、明確に異なる印象を与えるものだ。日付表示窓は6時位置にあることから、12時位置のインデックスと縦の軸を構成し、シンメトリーを生み出している。文字盤上でこの均整を崩す要素は、せわしなく動く秒針くらいのものだろう。

直径40.5mmのやや大きなサイズのモデル。12時位置のインデックス上部に、レッドカラーの三角形が配されている。12時位置のインデックスにダブルバーインデックスを選ぶこともできるが、その場合にはこの三角形は配されない。自動巻き(Cal.SXH5)。28石。2万8800振動/時。SSケース(直径40.5mm、厚さ10.6mm)。パワーリザーブ約56時間。120m防水。429万円(税込み)。
秒針の先端はレッドカラーで塗装されている。ちなみに、40.5mmの大きなサイズのモデルでは、文字盤外周に配されたミニッツスケールの12時位置にも、レッドカラーの三角形が配置されている。しかしながら、今回テストした小さなサイズのモデルでは、ミニッツスケールはとても狭いため、12時位置にレッドカラーのポイントは採用されていない。
文字盤上の各要素は、特注でオーダーすることができる。秒針はレッド一色、もしくは無塗装からも選択可能。また、12時位置のインデックスはアラビア数字のものも選ぶことができる。
仕上げに見どころの多い3針ムーブメント

この小さなサイズの腕時計をじっくり見てみると、ケースサイズとミニッツスケールに次いで、40.5mmのモデルと異なる、3つめの違いに気付くに違いない。それはケースの側面に設けられた、鋭角なくぼみがないということだ。小径モデルでは、リュウズガードからラグまでの距離が短すぎたために、このくぼみが省略されてしまったものだと思われる。
そして裏蓋。裏蓋側も文字盤側に劣らず魅力的だ。サファイアクリスタルを採用した、シースルー仕様の裏蓋は4本のビスで留められており、自社製自動巻きムーブメントのCal.SXH5を堪能することができる。極めて精巧な加工に加え、精緻を極めた設計には息をのむ。3針時計の中でも、ここまで高い完成度を誇るムーブメントはそうそうない。ブリッジは全部で7個あり、そのうち6個には部分的な肉抜き加工が施されている。18世紀後期から19世紀にかけての懐中時計を想起させるデザインだ。ブランド名にもなっているフランソワ・チャペックが、現在のパテック フィリップの前身となるパテック・チャペック、その後に興したチャペック時計会社の共同創業者かつ、時計師として活躍していた時代を彷彿とさせる意匠である。
今回のテストウォッチに搭載されたCal.SXH5は、チャペックの自社開発によるものである。個々の部品はパーツメーカーから調達しているが、ムーブメントの組み立ては、自社工房で行われている。オフセンターに配置されたマイクロローターもブリッジ同様、ムーブメントに立体感を与えるのに寄与している。マイクロローターに沿って地板、そして、輪列を見ると、深い奥行きが感じられる。
ブリッジの表面に注目しよう。その表面仕上げは、実に魅力的だ。ほとんどのブリッジの表面はサンドブラスト処理がなされている。一段高く太い縁は、ヘアライン仕上げが施されたものだ。この縁は、面取りされた部分がポリッシュで仕上げられており、使い分けられた異なる表面仕上げが、高級感を際立たせている。ブリッジ上にはレーザーで文字が刻印されており、この刻印の見せる表情は、マイクロローターに施された社名ロゴのレリーフとは対照的だ。マイクロローターには社名ロゴに加えて、採用されたプラチナが100%リサイクルされた素材であることを示す文言も、小さく記されている。ルーペを用いないと見ることが難しいほど細かな文字だ。地板のテンプ横にはムーブメントのシリアルナンバーが刻まれているが、この文字も小さい。
テンプはフリースプラング方式で、緩急針を搭載していないことから、耐衝撃性に優れている。微調整は、テンワに取り付けられた4個の小さなゴールド製マスロットで行う。
ウィッチ製歩度測定器で見せた良好な精度

今回のテストウォッチは精度も秀逸で、ウィッチ製歩度測定器で測定した6姿勢のすべてにおいて、マイナス4秒/日からプラス6秒/日の範囲内というC.O.S.C.のクロノメーター基準を満たしていた。最大姿勢差は7秒で、最高とは言い難いものの良好である。平均日差はプラス1秒/日、着用時はプラス2秒/日と秀逸である。
ケースと一体化されたブレスレットも、加工品質は高い。木製の箱の構造に見られたCを思わせるコの字型は、ここでも見ることができる。コマをつなぐC型のリンクには高度なポリッシュ仕上げが施されているが、希望すれば、ブレスレット全体をヘアライン仕上げでオーダーすることも可能だ。精巧な作りのブレスレットはフィット感が快適なうえ、手首の毛がコマに挟まれることもない。ブレスレットの幅は、ケースからバタフライバックルにかけて、23mmから17mmへと細くなる。このバックルは二対のプッシュボタンで開閉可能だ。エクステンションは、時計を装着したまま操作することができ、約1cmまで伸長できる。ただし、短く調節し直すには、腕時計を一度、外さなければならない。
ブレスレット交換に専用ツールが必要

収納箱にはブレスレット交換用の工具が収められるようになっているのは素晴らしい配慮だが、多くのブランドが専用ツール不要のクイックチェンジシステムを導入している昨今、チャペックも一考すべきかもしれない。交換用工具が常に手元にあるとは限らないし、ブレスレットが閉じられた状態だと、ケースとブレスレットを水平に取り付けるためのスペースが不十分で取り付けづらい。さらに、ブレスレット交換のための部品は、裏蓋側から丸見えである。審美性の観点からはやや残念だ。
愛情を込めて作られた品質の高いディテールを数多く持つアンタークティックSは、一体型ブレスレットを備えたラグジュアリースポーツウォッチという激戦市場で十分に戦えることを証明している。野心的な価格設定ではあるが、それに見合う価値を備えている。いまや新興メゾンのチャペックであっても納期まで長期間、待たなければならないが、素晴らしい腕時計を手に入れる喜びが損なわれることはないだろう。
チャペック「アンタークティック パサージュ・ドゥ・ドレーク グレイシャー・ブルー S」のスペック

プラスポイント、マイナスポイント
+point
・精巧な作りの文字盤
・精緻に設計されたムーブメント
・良好な精度
・ブレスレット交換が可能(要ツール)
-point
・ブレスレット交換用部品が目立つ
技術仕様
製造: | チャペック |
機能: | 時、分、センターセコンド(秒針停止機能付き)、瞬時に切り替わる日付表示(早送り修正機能付き) |
ムーブメント: | チャペック自社製ムーブメントCal.SXH5、自動巻き(プラチナ製マイクロローター)、28石、2万8800振動/時、パワーリザーブ約56時間、ゴールド製マスロットを備えたフリースプラングテンプ |
ケース: | サンドブラストとポリッシュ仕上げによるステンレススティール製、ボックス型サファイアクリスタル製風防(両面反射防止加工)、4本のビスで留められたサファイアクリスタル採用の裏蓋、リュウズガードを備え、ブランドのエンブレムがあしらわれたねじ込み式リュウズ、12気圧防水 |
文字盤: | Stairway to Eternity(永遠への階段)パターンを表現したグレイシャー・ブルーの文字盤、ファセットとスーパールミノバを施した時・分針とアプライドインデックス |
ブレスレット&バックル: | サンドブラストとポリッシュのコンビ仕上げによるステンレススティール製、プッシュボタン付きダブルフォールディングバックル、エクステンション内蔵、カラーを選べるラバーストラップ同梱 |
サイズ: | 直径38.5mm、厚さ10.6mm、ラグからラグまで42.4mm、重量126g(実測値) |
価格: | 429万円(税込み) |
*価格は記事掲載時のものです。記事はクロノス ドイツ版の翻訳記事です。
精度安定試験
最大姿勢差: | 7秒 |
平均日差: | +1秒/日 |
着用時平均日差: | +2秒/日 |
評価
ブレスレット&バックル(最大10pt.) | 9pt. | 優れた設計であり、加工の品質は極めて高く、部分的にエッジが鋭い。内蔵エクステンションは便利。 |
操作性(5pt.) | 4pt. | リュウズとバックルはスムーズに操作できる。交換可能なブレスレットを専用ツール不要とすれば、さらに時宜にかなった構成になるだろう。 |
ケース(10pt.) | 9pt | ブレスレットと同様に、加工の品質は非常に高い。風防のフォルムと相性が良いデザインだ。 |
デザイン(15pt.) | 14pt. | バランスの良いプロポーション。全体のディテールは見事に調和している。 |
文字盤と針(10pt.) | 9pt. | 文字盤には魅力的なパターンが施され、作りの精巧なアプライドインデックスを備える。全体的に加工は秀逸だ。 |
視認性(5pt.) | 5pt. | どのような角度でも視認性は非常に良好。豊かに施されたファセットと蓄光塗料の恩恵により、時・分針とインデックスに、明瞭なコントラストが生まれている。 |
装着性(5pt.) | 5pt. | 極めて快適。手首にフィットし、シャツの袖口に引っかかることも、圧迫感もない。 |
ムーブメント(20pt.) | 17pt. | 審美性の高いデザイン。精緻な技術を搭載しながら複雑すぎず、長時間の鑑賞に堪える。パワーリザーブは約56時間と自動巻きとしては十分と言える。 |
精度安定性(10pt.) | 8pt. | C.O.S.C.のクロノメーターの基準内だが、最大姿勢差はやや大きい。 |
コストパフォーマンス(10pt.) | 8pt. | 3針時計としては高額だが、極めて品質の高いディテールを数多く備える。ウェイティングリストが長く、生産本数が少ないことから、高い価値が期待される。 |
合計 | 88pt. |