【85点】IWC / ポルトギーゼ・クロノグラフ ”150イヤーズ”

2019.03.05
キャリバー69355
新型の自社開発クロノグラフムーブメント、キャリバー69355はコラムホイールを使用。ローターにはポルトギーゼ150周年のロゴが誇らしげに輝く。価格は抑えつつもコラムホイールを使用し、双方向の爪巻き上げ機構を採用。IWCの矜持が伝わるクロノグラフが完成した。


 2018年初頭、IWCは1998年以来作り続けてきたポルトギーゼ・クロノグラフの新作を、創業150周年記念モデルとして数量限定で登場させた。同作とスタンダードモデルとの一番の違いはムーブメントにある。というのも、後者ではETA7750に手を加えたキャリバー79350を使用しているが、この記念モデルでは69000系の新型自社開発ムーブメントを搭載しているのだ。そしてケースの裏側がトランスパレントに変更され、インデックスはラッカーを塗り重ねたプリントになった。一方、スタンダードモデルのインデックスはエンボス風に加工されているが、アプライドである。それらを除くとかなり似た見た目に仕上がっており、一見するとさほど変わらないようにも思える。

 ポルトギーゼは長年にわたって人気が高い、IWCのベストセラーコレクションだ。その歴史は1939年から続いているが、発売当初はこれほどのロングセラーになるとは誰も予想できなかっただろう。始まりはふたりのポルトガル人時計商が要望を出したことだった。彼らは海軍将校向けに、マリンクロノメーター級の精度を持つ大型の腕時計を求めていた。それに応えるかたちでIWCは、直径が38㎜以上もある懐中時計ムーブメントのキャリバー74H4を直径41・5㎜のスティールケースに収めて仕立てたのだった。

 出来上がった時計は6時位置にレイルウェイトラックを備えたスモールセコンドを持つ手巻き式で、文字盤はアラビア数字を配したシンプルなデザインだった。その後時代が変化し、男性が直径のできるだけ小さいエレガントな腕時計を着けるようになると、初期型ポルトギーゼは巨大な装置めいて見えざるを得なかっただろう。このことは製造数が如実に語っている。ファーストモデルは数百個作られたのみで、1980年代には販売を終えた。

 ポルトギーゼが成功を収めたのは1993年になってからだ。この年、IWCは創業125周年を記念して、再び懐中時計ムーブメントを搭載した限定品を出したのだ。すでに時は満ち、時計に対する純粋主義が成熟する時期に来ていた。この新作は大評判となり、98年にはポルトギーゼ・クロノグラフをラインナップしている。これが今回取り上げたテストウォッチの先駆けとなったモデルだ。その後、腕時計は次第に大型のものが流行り出し、IWCでは2000年に同社初の自社開発ムーブメントをポルトギーゼに導入している。この自動巻きのキャリバー5000は7日巻きで、3時位置にパワーリザーブインジケーター、9時位置にスモールセコンドを配し、ポルトギーゼ・オートマティック 2000として2000本限定で発売された。直径38.2㎜の腕時計ムーブメントは、自動巻きでは当時世界最大だった。このムーブメントサイズではケース径が40㎜を切るような腕時計には適用できないため、IWCにとって、これはかなりの英断だったと言えよう。大型腕時計というトレンドが変わってしまえば、無用の長物となりかねないからだ。しかし歴史はそんな一抹の不安をよそに進み、かくして大型ケースを採用するポルトギーゼ・コレクションは好調をひた走っている。

 今回のテストウォッチは直径が41㎜と、前述のポルトギーゼ・オートマティック2000より1㎜ほど小さい。このサイズはかつて大型の部類に振り分けられていたが、今やクロノグラフとしてはごく普通のサイズだ。スタンダードモデルのポルトギーゼ・クロノグラフでは、1998年以来ベースムーブメントにETA7750を使用している。このムーブメントは本来9時位置にスモールセコンドがあるが、ポルトギーゼ・クロノグラフではスモールセコンドを6時位置へ移動している。このレイアウト変更にあたり、12時間積算計は取り除かれ、その場所へ秒を刻むメカニズムを配置する必要があった。このようなムーブメントの仕様変更は、IWCでは通例のことなのだ。


新型自社開発ムーブメント

 さて、今回のテストウォッチのムーブメントに話を移そう。新型のキャリバー69355は、IWCによる自社開発の自動巻きクロノグラフムーブメントとしては第2作となる。しかしなぜ新たにもうひとつ作ったのだろうか? その答えは喜ばしいことに、コスト削減によって、89000系搭載機よりもさらにリーズナブルな自社開発ムーブメントを搭載するクロノグラフウォッチの提供が可能になったからだ。同社のスタンダードモデルではETA社から購入したETA7750に手を加え、キャリバー79000系として搭載。価格は75万5000円からとなっている。自社開発ムーブメントの89000系を搭載したものだと最低でも124万5000円はする。今回のテストウォッチは78万5000円なので、自社開発ムーブメント搭載機として戦略的な価格設定がなされていると言えよう。

 では新たな自社開発キャリバー69355はより高額な89000系と比べて、何が削られているのだろうか? 基本的な機能は変わらないものの、まず違いがあるのはパワーリザーブが短くなったこと(後者は約68時間、新型は約46時間)。そしてストップウォッチとして計測後、リセットしてただちに再スタートが可能なフライバック機能が付いていないことだ。さらに積算計は、経過時間が何時間何分と判断しやすい12時間と60分の同軸ではなく、30分のみのシングル式になっている。機械そのものを見ると、テンワの構造はフリースプラングから、スムーステンワを使用した緩急針と偏心ネジで調整するスタイルになった。また、どちらのキャリバーもクロノグラフの制御にエレガントなコラムホイールを、動力の伝達にスイングピニオン式を採用しているが、巻き上げはIWCの典型的な鈎爪構造のペラトン式から、構造の近い双方向の爪巻き上げ機構に変更されている。なお、鈎爪構造の巻き上げ機構は、かつてIWCの技術部長だったアルバート・ペラトンにより1950年代初頭にキャリバー85の開発にあたって考案された。これにより、キャリバー85は優れた性能を持つ伝説的なムーブメントとなったのだ。

IWC 150イヤーズ

ムーブメントは自社開発、価格はリーズナブル。ポルトギーゼが新時代に突入した。


ビジュアル面での違い

 高い防水性能を備える腕時計を作ること自体は、さほど難しくはない。求める防水性能が得られるまで、ケースに厚さを与え、直径を拡大すればよい。だが、ロレックスはこうした安易な道を選ばなかった。ロレックス ディープシーの開発者には、設計当初から着用可能な腕時計を作るという条件が課せられていたのである。その結果、直径44㎜、厚さ18㎜(実測値)という妥協のないサイズのケースが実現した。条件がクリアされただけでなく、極めて快適な装着感が得られたことも特筆しておきたい。

 89000系と69000系、ふたつのムーブメントを見ると、外観上はそれほどかけ離れてはいない印象だ。キャリバー89000系は歯車の装飾研磨や彫り込まれた文字の金色がまばゆいが、新型のキャリバー69355も同様にスケルトナイズドローターを使用し、ブリッジは年輪状の装飾研磨入り、ネジ頭は鏡面に磨かれている。もっとも、後者には装飾が全く施されていない箇所もある。しかし何よりも大きな違いは、このムーブメントのローターには美しく金色で〝1S0 YEARS〟とロゴが入っている点だろう。ちなみに厚さは69000系のほうが若干厚く、ETA7750とほぼ同じである。

 さて、精度のほうはどうだろうか? 各ポジションの日差はプラス2〜プラス6秒。最大姿勢差が4秒というのは優良な値だ。クロノグラフ作動時の振り角落ちは正常な範囲内で、クロノグラフ非作動時と比較しても歩度はほとんど変わらなかった。

 なお、積極的に評価したいところとして、このモデルのステンレススティール製ケースについても触れたい。ケース側面はサテンに仕上げられ、鏡面に磨かれたプッシュボタンと、同じく鏡面のベゼルを際立たせている。しかしビジュアル面での見所の中心は、なんといってもやはり文字盤だ。その構成を邪魔することなく、ベゼルを細く仕立てているのも好ましい。時間の読み取りの邪魔になる要素は皆無で、この時計にとってはシンプルであることが理想的な形に結実している。

 古典的な縦ふたつ目のレイアウトは、プッシュボタンとのバランスも良い。ヘッドの大きなプッシュボタンは操作しやすく、クロノグラフのスタートおよびストップも容易に行える。リセットボタンを含めて、プッシュボタンを押すときにはやや力が必要ではあるが、指の腹が痛むほどではない。

 このケースのプロポーションが優れているのは、装着感の良さにも表れている。実際に着けてみると、腕の上ですんなり馴染んでくれた。黒いアリゲーターストラップは非常に上質で、文句なしの仕上がりだ。とはいえ、使い初めは少々堅く感じるだろう。

 再び文字盤に目を移そう。垂直に並んだサブダイアルはクロノグラフにとって古典的で、荘厳と言っていいほどの威光を放っている。だが濃紺の色味が厳めしさを和らげ、スポーティーな雰囲気をもたらしている。ちなみに、このモデルには白い文字盤のバージョンもある。

 ではクロノグラフを操作してみよう。スタートボタンを押すと、クロノグラフ秒針が周回し始める。この時計は1秒あたりの振動数が8回、つまり2万8800振動/時だ。文字盤の外周で1秒を4つの目盛りで区切っているのは、振動数に沿っている証しとも言えるだろう。大きな積算計は計測データの読み取りを楽にするためだけではなく、このモデルにとって文字盤デザインの要でもある。日付表示が入りそうなスペースには小窓はなく、文字が控えめに添えられているのみだ。かといって、何かが足りないようには見えず、バランス良く出来上がっている。