2018年に発表されたホイヤー モナコ キャリバー11 クロノグラフ ガルフ エディションを見ると、レーシングカーのエキゾーストノートが聞こえてくるようだ。その臨場感を生み出すデザインに加え、高品質な外装の仕上げを持つこの特別モデルからは高いオクタン価を感じることができる。タグ・ホイヤーが米国の石油会社のガルフオイルと初めて出合ったF1レースを想起させるからである。このふたつの企業は、1962年よりF1レースに参戦していたスイスのレーシングドライバー、ジョー・シフェールのスポンサーを務めた。70年に制作され、翌71年に公開されたカーアクション映画『栄光のル・マン』でスティーブ・マックイーン演じる主役のモデルになったドライバーこそ、ジョー・シフェールである。銀幕上でスティーブ・マックイーンは、シフェールがレースで実際に着用したガルフストライプでホイヤーのロゴ入りユニフォームをまとっただけでなく、1969年に発売されたモナコも手首に着けていた。映画に登場するポルシェ917Kも、ライトブルーとオレンジのガルフカラーで塗装されている。
サーキットの外で
ホイヤー モナコ キャリバー11 クロノグラフ ガルフ エディションは、血の代わりにガソリンが流れている時計とも表現できるだろう。レトロ感漂う美しいデザインのこのスポーツウォッチは、レーシングスポーツのファンならば垂涎のモデルである。では、この時計はサーキット以外の場所、特にガソリンと男性ホルモンであるテストステロンが不足しがちな現代の日常において、どのようなパフォーマンスを我々に提供してくれるのだろうか。これについて何らネガティブな点が見いだせないのは、風防ひとつ見ても明らかである。タグ・ホイヤーは2009年に風防をプレキシガラス製からサファイアクリスタル製に変更したが、サファイアクリスタルで出来た四角形の風防に膨らみを持たせるのは至難の業だ。ケースの形状に沿って、左右の縁よりも中央に向かって風防が盛り上がるように加工し、さらに面取りや磨きを施さなければならない。フラットな風防よりも格段に手間やコストが掛かるのは容易に想像できる。
カーアクション映画『栄光のル・マン』で主役を務めたハリウッドスター、スティーブ・マックイーンの手首には1969年に発表されたオリジナルのモナコが見える。
手間やコストを惜しまない姿勢はステンレススティール製のケースにも見て取ることができる。数多くのエッジや面を持つケースでは、ポリッシュ仕上げとサテン仕上げの面の境目などに、高い精度での作業が求められる。ディテールに凝ったクロノグラフのプッシュボタンは成形加工されたもので、そのプッシュボタンを衝撃から守り、確実な動作が担保されるようにガイドレールに挿入されている。また、裏蓋と一体化されたミドルケースにケースカバーを被せるという2ピースで構成されたオリジナルケースから、1998年には裏蓋を4本のネジでミドルケースに留める構造へと変更されている。これらのネジが太く、十分な強度を備えていることは、ネジを緩めた時に実証することができた。なお、サファイアクリスタル製のトランスパレントバックのため、ムーブメントを観賞することが可能だ。
サファイアクリスタル製トランスパレントバックの内部で時を刻むのは自社製ではなく、セリタ製のSW300である。クロノグラフ用のプッシュボタンを右側に残したまま、リュウズのみ、1969年の初代モナコと同様にケース左側に配すため、タグ・ホイヤーは独自の工夫を凝らしている。モナコのオリジナルモデルでは、腕時計を左手に装着した状態での手巻きに適さないケース左側に、あえてリュウズを配すことで、キャリバー11が自動巻きであることを主張していた。ブライトリング、ビューレン、デュボア・デプラと共に開発されたオリジナルのキャリバー11は、〝自動巻きクロノグラフ元年〟である69年に発売されたムーブメントのひとつだ。対して、セリタベースの現代版キャリバー11もリュウズを左側に配することに成功した。同ムーブメントのモジュールを開発するデュボア・デプラは、セリタ製のベースムーブメント、キャリバーSW300を180度回転させた上に、自社開発のクロノグラフモジュールを通常通りの向きで重ねることで、左リュウズながらクロノグラフプッシャーが右側に位置する、オリジナルと同様のスタイルに設計したのである。