IWC/パイロット・ウォッチ・ダブルクロノグラフ・トップガン・セラタニウム
戦闘機譲りのタフガイクロノグラフ
IWCが2019年に発表したスプリットセコンドクロノグラフ搭載のパイロット・ウォッチは、傷や衝撃に強いハイテク素材で守られている。その恩恵を享受するのは、モデル名の由来となったアメリカ海軍戦闘機兵器学校「トップガン」のパイロットたちだけではないだろう。
ニック・シェルツェル、IWC:写真 Photographs by Nik Schölzel, IWC
岡本美枝:翻訳 Translation by Yoshie Okamoto
1868年、アメリカのエンジニア、フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズにより創立されたIWCはシャフハウゼンのマニュファクチュールである。アイコン的なモデル、高い機能性とテクノロジー、そして、流行に左右されない魅力的なデザインといった要素が、このブランドの成功の秘訣である。2002年から17年4月までIWCのCEOを務めたジョージ・カーンの手腕により、IWCはライフスタイルのイメージをも確立し、さらなる成功を築くに至った。価格設定には、ブランドの矜恃が強く感じられるが、最近ではコストパフォーマンスの向上にも努める。その一環として、より安価で入手可能な自社製ムーブメントも開発された。
プラスポイント、マイナスポイント
+point
・スタイリッシュなデザイン
・スプリットセコンド機構搭載
・高めの耐磁性能
-point
・厚みがかなりある
・自社製ムーブメントではない
IWCはパイロット・ウォッチで名高い。その伝統は1936年にまでさかのぼる。また、スプリットセコンド機構がパイロット・ウォッチのコレクションに初めて登場したのは92年のことである。以来、IWCではこの複雑機構を「ドッペル・クロノグラフ」と呼んできた。だが、今ではすべてのモデルに英語のモデル名が与えられ、今回のモデルも「ダブルクロノグラフ」の名称を持つ。
「トップガン」は、IWCにおいてプロフェッショナル仕様のパイロット・ウォッチの代名詞である。多くの人は「トップガン」という言葉から、トム・クルーズが若き戦闘機パイロットを演じた、86年に製作された同名の映画を連想するだろう。あらすじはフィクションながらも、戦闘機パイロットのエリート養成校のリアルな日常を描いた作品である。トップガンは、アメリカ海軍戦闘機兵器学校の通称名で、後にアメリカ海軍打撃・航空作戦センターの一部門となったが、今もなおその厳しい訓練で知られている。この時計では、そんなトップガンのロゴが裏蓋を飾っている。
IWCは近年、トップガンとのパートナーシップを強化した。文字盤にロゴを配した、トップガンのパイロットしか入手できないモデルもある。今回紹介するモデルには、そこまでの分かりやすいアイコンこそ与えられていないが、コックピットの計器を思わせる外観や、通常は白いインデックスやミニッツマーカーがグレーに変更された点などがステルス戦闘機を思わせるデザインに一役買っている。そのため、パイロット・ウォッチ・ダブルクロノグラフ・トップガン・セラタニウムからジェット戦闘機を想起することは十分に可能だろう。さらに、マットブラックのセラタニウム製ケースは、こうした要素との相性が抜群である。この新素材は、見た目が良いばかりではなく、セラミックスの傷に強い特性と、チタンの耐衝撃性という、ふたつのメリットを併せ持つ。簡単に説明すると、セラタニウムはチタン合金の一種であり、焼成炉の中で表面の層をセラミックス化したものである。そのため、材料内部の柔軟性を保持している。今回のテストでは、ハサミを使って表面の傷つきやすさを試してみたが、まったく問題がなかった。
ケースの加工は素晴らしく、引っ掛かるような角や鋭いエッジは見当たらない。表面のマットな質感はコックピットの計器を思わせる文字盤デザインとの相性が良い。リュウズとガード付きのプッシャーも新素材で出来ており、ケースへの嵌合も厳密である。IWCのセラミックス製ケースを用いたモデルの場合はリュウズとプッシャーが必ずチタンで作られているので、ここにも違いを発見することができる。
ふたつの飛行時間
10時位置にあるプッシャーは、このクロノグラフのもうひとつの特徴を示している。このモデルに搭載されているスプリットセコンド機構はラトラパンテとも呼ばれ、クロノグラフを始動させると、下側にある黒いクロノグラフ針が上側のグレーのクロノグラフ針と重なった状態で同時に動き出す。10時位置に配されたプッシャーを押すと、下側のクロノグラフ針との連結をいつでも解除することができる。つまりグレーのクロノグラフ針の計測のみが止まり、黒いクロノグラフ針の計測は続くのだ。この機能を用いることでラップタイムを計測することができる。プッシャーをもう一度押すと、止まっているグレーのクロノグラフ針が動き続けている黒いクロノグラフ針に瞬時に追いつき、2本の針が同期されるのだ。
一見、プッシャーがもうひとつ加わっただけにしか見えないが、この複雑機構は汎用性の高いクロノグラフムーブメント、キャリバーETA7750をベースとして開発されたものである。ムーブメントには抜本的に手を入れる必要があり、高い開発コストをかけて実現された。トップガンの現行モデルでは基本的に、92年に発表された初代ドッペル・クロノグラフと同じムーブメントが搭載されている。もちろん、これまでいくつものディテールに手が加えられてきた。
今回のモデルでは、10時位置のスプリットセコンド用プッシャーに赤いリングが配されているため、一見、先端の赤いクロノグラフ秒針を操作するプッシャーであるように思われる。だが、10時位置のプッシャーでストップ/リスタートされるのは上側にあるグレーの針の方で、先端の赤い針はそのまま作動を続けることから、実際はグレーのクロノグラフ秒針の方がスプリットセコンド針である。
インデックスに用いられるグレーの塗料は、IWCが視認性よりもデザインを優先した結果であり、黒い文字盤とのコントラストにやや欠ける。とはいえインデックスが大きく、時分針も太いため、時刻の視認性は良好である。大きな目盛りとグレーの針を備え、一段深くなったふたつのクロノグラフカウンターとスモールセコンドも、素早く判読することができる。また、9時位置のスモールセコンドには秒の目盛りが付いていない。なお、この文字盤上で蓄光塗料を使用しているのは、12時位置にある三角マーカーと、3時・6時・9時位置のバーインデックス、そして、時針と分針のみである。両面反射防止加工を施したドーム型のサファイアクリスタル製風防は、あらゆる光の条件下で良好な視認性を提供する。反射防止加工を施した層の持つ青い色も、このモダンな時計ではあまり違和感を感じさせない。
調和のとれたデザインを完成させるのは、表側に布製インレイが施されたラバーストラップである。ステッチの入った布製インレイは極めてスタイリッシュで、非常に頑丈に見える。ストラップの肌に触れる部分には、通気を確保するための十字形のモチーフが付いているが、これは快適な装着感を若干損ねる要因になっている。ピンバックルはケース同様、セラタニウムで出来ている。しっかりと留まるピンバックルは快適で、フォールディングバックルよりもこの時計にはよく似合う。
プッシャーとねじ込み式リュウズも扱いやすい。2時位置のスタート/ストップのプッシャーを押すと、このモデルがカム方式のETA7750をベースとしていることに気づく。そのため、ほかのETA7750搭載機と同じく、プッシャーの押し心地は固めである。しかし、10時位置のスプリットセコンド用のプッシャーは、2時および4時位置にあるクロノグラフ用プッシャーほど押すのに力は必要ない。スプリットセコンドもカム方式で作動し、スプリットセコンドを押さえて止めるクランプを動かす。
スプリットセコンドシステムはすべてムーブメントの受け側に格納されている。そのため、ローターを元の位置から移動させなければならなかった。だが、メンテナンスには配慮された構造になっている。緩急針には標準的なエタクロンではなく、トリオビス緩急微調整装置が採用され、巻き上げ用の主ゼンマイにもトルクの強い幅広のものが使われている。
スプリットセコンドを駆動させるには通常以上のパワーが必要である。クロノグラフ作動時の振り落ちは、歩度測定器上で約70度あり、通常の約30度に比べると格段に大きい。スプリットセコンドをクロノグラフ秒針から解除して停止させると10〜15度落ち、垂直姿勢では210度まで落ちる。
だが、振り落ちが精度に影響を及ぼすことはほとんどない。クロノグラフ停止時の最大姿勢差は4秒/日と小さく、平均日差がプラス1.5秒/日というのは模範的である。平均日差はクロノグラフを作動させても0.8秒/日と、さほど変わらない。圧力低下にも耐えられるサファイアクリスタル製の風防と、軟鉄製インナーケースにより確保される耐磁性能は戦闘機での過酷な飛行環境に適しているが、これらの特性が日常生活においても有用であることは言うまでもない。
さまざまな角度から検証した結果、このモデルはプロ仕様のパイロット・ウォッチに見えるだけではなく、機能においても説得力があることが実証された。価格は156万円と、スプリットセコンドクロノグラフを搭載しているとはいえ、搭載ムーブメントが完全自社開発ではないモデルにしては高額である。ブライトリングのナビタイマー ラトラパンテのように自社開発ムーブメントを搭載しながらも、より安価なモデルがあることは事実だが、スプリットセコンドクロノグラフを搭載しているモデルはそう多くはない。ケースには機能性の高い、最先端の素材も使用されているし、何といってもコックピットを想起させる素晴らしいデザインは決定打になるだろう。このモデルを手首に着ければ、誰もがジェット機の操縦士になったかのような気分を味わえるのだから。