グランドセイコー/スポーツコレクション SBGA229
潜水するハイブリッドウォッチ
ダイバーズウォッチとして使い勝手が良いだけでなく、唯一無二の高精度を持つラグジュアリーウォッチが現れた。それを可能にしたのがスプリングドライブの技術だ。日本発の機械式とクォーツ式のハイブリッドムーブメントとはどういうものなのか、真相を探ってみよう。
オラーフ・ケスター、セイコー:写真 Photographs by Olaf Köster,Seiko
市川章子:翻訳 Translation by Akiko Ichikawa
かつてはセイコーブランドのラインナップの中における1コレクションとして存在していたが、2017年に独立ブランド化した。巨大企業が手掛ける同ブランドで何よりもまず特筆すべきは、手間が掛かったケースの仕上がりの見事さで、そこにラグジュアリー感が強調されている。スイスの公式クロノメーター認定機関であるC.O.S.C.による認定基準は日差−4~+6秒だが、グランドセイコーの機械式ムーブメントは日差が−3~+5秒の間で調整される。かつては機械式時計のみの商品展開だったが、1993年にはクォーツ式を、2004年にはスプリングドライブ式の腕時計を発表している。
プラスポイント、マイナスポイント
+point
・現代的な自社製ムーブメントを搭載
・昼夜を問わず視認性が優れている
・抜群の操作性と装着感
・機能的なバックル
-point
・購入に熟考を要する価格
・独特な表示方式のパワーリザーブインジケーター
グランドセイコーは日本の時計メーカーのセイコーにおける高級ブランドに位置する。そして最も偉大な時計技術のひとつに挙げられるスプリングドライブは、この巨大なメーカーによって生み出された。となると、その独創的なハイブリッド駆動の機構が、開発後すぐにグランドセイコーにも当たり前のように導入されたはずだと思うのも自然だろう。だがそこに至るまでは、しばらく時間が必要だった。セイコーが1999年に公表したスプリングドライブという技術を自社のラグジュアリー製品に取り入れようとした時、まずボトルネックになったのは、効率の良い巻き上げ機構を両立することが難しかった点と、長いパワーリザーブが実現できなかった点だ。その後、4年の開発期間を経て、今回のテストモデルにも搭載されている日付表示付きのスプリングドライブムーブメント、キャリバー9R65が完成した。その自動巻き機構には、ラチェット(爪車)を使用した巻き上げ機構としてセイコーがすでに59年に開発していたマジックレバー方式が取り入れられている。この巻き上げ機構は効率的でメンテナンスがしやすく、それでいて耐久性にも優れていることで知られる。
機械式とクォーツ式のハイブリッド
スプリングドライブとは、主ゼンマイの動力による輪列駆動の伝統的な機械式ムーブメントを、現代的な電気系統と結び付けたものだ。もっとも、このシステムは電池やその他の外部エネルギー源なしで成立している。必要なエネルギーを生み出す仕組み自体はリュウズによる主ゼンマイの巻き上げ、それに追加して自動巻きモデルであればローター(回転錘)による巻き上げと、従来の方法がとられている。しかし、調速方法は今までとは違う別個のものだ。スプリングドライブでは主ゼンマイが輪列を駆動し、その動きによって〝ローター〞という名称のホイール(注:機械式の自動巻き上げパーツのローターとは別のもの)が回転する。このローターが1秒間に8回転することでトライシンクロレギュレーター(ステータ、コイル、ローター、水晶振動子、ICで構成される)が発電し、その電気を利用して水晶振動子とICを作動させるのだ。
水晶振動子が一定周期で振動しているとき、ICは前述のローターが適正な速さで回転するのに必要なだけの電磁量を算出しており、それにより適切なブレーキがローターに掛けられる。その結果、輪列全体が調速されるのだ。
ガンギ車とアンクルから成る脱進機が存在せず、調速の際に物理的にローターに干渉しない構造になっているのは、その部分に磨耗の問題が発生せずに済むという利点からでもある。スプリングドライブが機械式の脱進機より明らかに動力の伝達効率が高いのは、それが理由であると言えよう。高速で回転するローターにブレーキをかけて調速し、その滑らかな動きは秒針へダイレクトに伝わるため、スプリングドライブの秒針はステップ運針になっていない。また、脱進機がないため、ガンギ歯とアンクルの爪石が接触することで生じる、機械式時計に典型的なチクタク音も聞こえない。時計愛好家はそこに寂しさを感じるかもしれないが、他社では見られない独特の動きを持つスプリングドライブの秒針の存在感が、その感情を凌駕するだろう。
機能的なダイバーズウォッチ
テスト機であるグランドセイコースポーツコレクション SBGA229の秒針を見ると、カウンターウェイトに蓄光塗料が付いており、文字盤の上で秒針を見分けやすい。これはダイビング時の潜水時間のコントロールには非常に重要なポイントだ。時針と分針も同様に、セイコーが開発した高輝度蓄光塗料のルミブライトが使われていて、力強い印象である。3本の針はそれぞれの形状もはっきりと異なっていて、紛らわしく見間違うようなこともない。セイコーのダイバーズウォッチは一般的に視認性が高いことで知られているが、このモデルもエッジを面取りしたルミブライト付きのアプライドインデックスの存在と相まって、昼夜を問わず、周囲がどんな明るさでも見やすさを発揮する。
風防の内側に無反射コーティングが施されている上、文字盤上は黒と白の非常に明確なコントラストを持っているため、日中は時間を読み間違えるようなことはない。ただ、8時位置の扇形のパワーリザーブインジケーターを読み取るのは、若干の慣れが必要かもしれない。というのもこの針は通常とは異なり、エネルギーが少なくなるにしたがって下(6時側)方向ではなく上(12時側)方向に動いていくようになっているのだ。そしてエネルギー残量が不十分なことを示す領域は、はっきり浮き出て見える白ではなく、目立ちにくい暗色が使われている。これに対してとても見やすいのは3時位置の日付表示で、23時頃から徐々に切り替わりの準備が始まり、24時を越えるとカシャッと日付が変更される。なお、日付はリュウズの操作でクイックコレクトも可能だ。
そのリュウズはいかにもダイバーズウォッチらしく刻み目のある力強い形状だ。もちろん防水性能を確保すべくねじ込み式になっており、リュウズガードも付いている。このガードのおかげで、どんなシチュエーションでも不用意にリュウズをぶつけてしまうことに対しておびえる必要はない。また、リュウズガードと同様によく出来ているのが、ステンレススティール製ケースにセットされたベゼルだ。このベゼルは片方向のみに回るようになっており、120ノッチで1周するため、30秒刻みで設定が可能である。ベゼルの動きはスムーズで、分単位の目盛りも間隔が正確だ。ベゼルのエッジは仕上がりの角度が良く、側面にはギザギザの彫り込みが入れてあるのでしっかりとつかむことができる。またポリッシュ仕上げには、ザラツ研磨というスイス製研磨機から名付けられた下地処理が施される。この研磨は現在、国産メーカーの一部のモデルでしか採用されていない。さらにグランドセイコーの象徴である獅子が彫られた裏蓋は、がっしりとしたねじ込み式で、200m防水になっているところも喜ばしい。
このスプリングドライブを搭載したダイバーズウォッチの価格は64万円だ。スイスのビッグネームブランドのダイバーズウォッチと比較すると、スイス各社のモデルには価格が高価なものもリーズナブルなものもあるが、防水性能や耐磁性能においてSBGA229よりリードしているものは少なくない。独自の技術で唯一無二のスプリングドライブムーブメントを搭載しているが、ダイバーズウォッチという分野において、防水性能と耐磁性能でよりはっきりとした存在感を確立できるまで、セイコーのさらなる努力と邁進に期待したい。