【78点】オリス/ビッグクラウン プロパイロットX キャリバー115

2020.05.30
ビッグクラウン プロパイロットX キャリバー115

暗所ではコックピットの計器のように時分秒針とアワーマーカーに塗布された蓄光塗料が発光する。

 オリスは機械式時計の製造にのみ注力することを早い段階から決定したブランドだ。そして創立110周年を迎えた2014年、長いブランクを経て自社開発ムーブメントを発表した。今回のテストウォッチに搭載されているムーブメント、キャリバー115のベースムーブメントとなる、キャリバー110である。キャリバー110の特徴は、約10日間という長いパワーリザーブと「ノンリニアパワーリザーブ表示」を備えている点だった。ノンリニアパワーリザーブ表示は特許を取得しているオリス独自のシステムで、パワーリザーブの残量が少なくなるほど、駆動可能時間を示すインデックスの間隔が長くなるのが特徴だ。そのため、あとどれほどの時間で時計が止まるのかが直感的に把握できる。しかも、10日間時計を駆動させ続ける膨大なエネルギーはたったひとつの香箱から供給されるのである。

Cal.115

自社開発ムーブメントCal.110をスケルトン化したCal.115。約240時間(=約10日間)というロングパワーリザーブをシングルで実現する大型の香箱が目を引く。

 その後、キャリバー110をベースとしてさまざまな付加機能を備えた新しいバリエーションが毎年、発表されている。2019年に登場したのは、スケルトン化された自社開発ムーブメントを搭載したモデルである。スケルトン加工に当たってオリスは、職人が完成したムーブメントを手に取って、支持機能のない部分を少しずつ削っていき、残った部分に芸術的な装飾とエングレービングを施すという、伝統的な手法を採らなかった。オリスはこの手法に代えて、スケルトン加工を工業的に行った。すなわち、開発当初から時計のデザインおよび文字盤、ムーブメントの形状と構造を計算し、後に組み立てる際に精密に合うように個々の構成部品を作っていくという方法である。ムーブメントは審美的に優れているだけでなく、機能的にも安定していることが求められるため、開発は設計チームと開発部門が常にやり取りをしながら進められた。

大胆かつモダンなデザイン

ビッグクラウン プロパイロットX キャリバー115

裏蓋側から見てもスケルトン加工が現代的で美しい。航空機のシートベルトバックルを思わせるフォールディングバックルにも注目。

 その結果、時計作りの伝統に新たな解釈が与えられた。直線がさまざまな角度で交差するフォルムやXの文字のような構造、そして、構成部品の豊かなグレートーンがモダンな表情を演出している。装飾にはあえて手をかけておらず、サンドブラストを施したマットな表面の質感がそのまま生かされている。12時位置にある香箱も蓋が取り除かれており、リュウズを回すと香箱に収められた長いメインスプリングがゆっくりと巻き上げられる様子を観察することができる。

 構成部品はグレートーンで統一されているので、チタン製のケースとブレスレットの色とも相性が良い。ケースとブレスレットには多用される面と面が交わることで構成される多面体が生み出す豊かな表情が表現されており、サテン仕上げは針にも踏襲されている。パイロットウォッチというコンセプトはテクニカルなデザインにも採り入れられていて、円錐形のリュウズとベゼルはジェットエンジンのタービンのような溝を持つ。また、今回新たにデザインされたフォールディングバックルは航空機のシートベルトバックルのようにワンタッチで開くことができる。「ビッグクラウン プロパイロット」という、オリスのパイロットウォッチの伝統を受け継ぐネーミングであるにもかかわらず、デザインチームはラグやリュウズガード、またその他のディテールに大胆に手を加えた。デザインには一貫性があり、加工品質と同様、好感度が高いが、ディテールについてはまだ改善の余地がありそうである。例えば、ブレスレットのサテン仕上げはもう少しはっきりと施して欲しかったし、ルーペで観察するとわずかだが加工の痕跡が見られる。

温かみのある軽量チタン

ビッグクラウン プロパイロットX キャリバー115

ケースとブレスレットのテクニカルなデザインは、現代的な手法でスケルトン加工された自社開発ムーブメントとよく似合う。

 快適に着用できることは重要である。この点において、軽量で温かみがあり、着け心地の快適なチタン製ブレスレットを備えたプロパイロットXはポイントが高い。視認性については、オリスは妥協しなければならなかったようである。針は大きく、蓄光塗料も塗布されているが、対してインデックスリングは細く、蓄光塗料も塗布されてはいるものの、光の当たり方によっては時刻を瞬時に判読できないことがある。だが、オリスがこれまで供給してきたパイロットウォッチのように、インデックスが大きな数字だったならば、ムーブメントへの視界が遮られてしまい、せっかくのテクニカルなルックスと合わなかっただろう。

 もうひとつの妥協点は精度である。ロングパワーリザーブは基本的に、高度な技術を要するものである。しかも、たったひとつの香箱で約10日間のパワーリザーブを確保した上に、全期間にわたって一定のトルクを供給するとなると、実現は極めて困難だ。しかし着用時の精度はプラスあるいはマイナス1秒/日と、かなり良好な数字を出している。その点、オリスの自社開発ムーブメントは非常に秀逸と言えるだろう。ただ、この個体はフル巻き上げ直後の最初の12時間は「文字盤下」の姿勢だとテンプが振り当たりを起こすようで、著しいプラス傾向が観察された。

 現代的なデザインに挑戦するブランドは多くはない。また、プロパイロットXのように斬新なデザインを見事に既存の定番モデルに落とし込めるとなると、さらにレアケースと言えるだろう。スケルトン仕様で内部まで「見える化」されたムーブメントにより、オリスは自社開発ムーブメントを主役に据え、メカニズムを強調している。独自のブランドエッセンスを失うことなく、オリスは新しい未来を切り開くことに成功したのである。