サイズとは相対的なものである。身長や体型だけでなく、手首の太さも人によって大きく異なる。さらに、社会通念や文化の違いにより、サイズ感は時代とともに変化してきた。1940年代にはメンズウォッチでケース径31mmのものもあったほどである。当時、腕時計は薄くて小さいほど優れていてエレガントであると考えられていた。IWCやA.ランゲ&ゾーネなどのブランドが40年代以降に製造したケース径55mmの大型パイロットウォッチは、80年代にパブリック・エネミーのラッパー、フレイヴァー・フレイヴがチェーンで首から提げていた掛け時計や置き時計と同じくらい怪物のように見えたに違いない。
もちろん、パイロットウォッチは自己主張のためのアイテムとしてではなく、戦闘機や偵察機で求められる機能要件に基づいて作られたものだ。ここで求められていた高い精度は、ポルトギーゼ同様、当時は懐中時計用のムーブメントを搭載しなければ実現不可能で、当然のことながらケースも大型になったのである。サイズだけでなく、センターセコンドである点もより良好な視認性に貢献した。
90年代以降、腕時計は大型化の傾向にあった。IWCが2002年に「ビッグ・パイロット・ウォッチ」を復刻した際も、直径46mmというケース径は巨大ではあるものの、大胆なアクションを好む時計愛好家にとってはむしろ着用しやすいサイズだった。IWCは、文字盤のデザインに何度かマイナーチェンジを加えながら、このサイズを今日まで守り続けている。しかしながら、近年では再び小型の腕時計に目を向ける時計愛好家も多くなってきたことから、IWCは21年に「ビッグ・パイロット・ウォッチ」を小型化した「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」でこのトレンドに応えた。
同モデルは果たして、アイコンの歴史を受け継ぐに十分なサイズを備えているのだろうか? ここでもやはり、サイズ感は相対的なものであることが分かる。02年に復刻されて以降、「ビッグ・パイロット・ウォッチ」には日付表示が搭載されている。理由は日付表示が必須とされていたからである。パワーリザーブ表示は自動巻き時計に必ずしも必要ではないが、約7日間のパワーリザーブはIWCが誇る技術であったこともあって搭載されていた。だが、「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」では両方とも廃され、文字盤がより大きく見えるようになっている。審美性の観点から言えば、日付表示は時計愛好家から好まれる機能ではない。今日では日付はスマートフォンやノートパソコン、タブレットでも確認でき、あまり必要ないということもある。最大約60時間のパワーリザーブを備える新型の自社製自動巻きムーブメント、キャリバー82100では、いずれにしてもパワーリザーブ表示は不要である。
文字盤は、1940年のオリジナルモデルに近い、シンプルでシンメトリーな意匠を持ち、特にマットブラックの文字盤ではその美しさがより一層際立っている。独特の円錐形をした大きなリュウズも、この腕時計のサイズ感に貢献している。リュウズは、そのままの比率で単純に小型化されたのではなく、数字や針と同様、全体的なプロポーションが調和するようにデザインされている。結果、IWCの取り組みは成功したと言えるだろう。
サンブラッシュ仕上げの青文字盤
テストウォッチは、サンブラッシュ仕上げの青文字盤と、色調を合わせたレザーストラップによってよりエレガントな印象に仕上がっている。まるで、礼服を着た空軍将校のような雰囲気を漂わせる。この「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」が「ビッグ・パイロット・ウォッチ」の価値ある新解釈であることが確認できたところで、航空機の整備を行うように腕時計を分解し、すべてのパーツを目視点検してみることにしよう。
ハンブルクの時計宝飾店、ヴェンぺのマイスター時計師、ペーター・イルレの手によってねじ込み式の裏蓋が外される。トランスパレントバックからも、すでにスケルトン加工されたローターとローターブリッジをはじめとする、キャリバー82100の美しさを堪能できる。レリーフ彫り、サンバースト仕上げ、ポリッシュを施したエッジ、そして、シャフハウゼンの徹底したクラフツマンシップを約束する「PROBUS SCAFUSIA」(訳註:プローブス・スカフージア=「シャフハウゼンの優秀な、そして徹底したクラフツマンシップ」を意味する)が刻印されたゴールドのメダルを備えたローターひとつとっても、小さな芸術作品と言える。
ローターを外すと、ブリッジに施された円形のコート・ド・ジュネーブ、地板のペルラージュ模様、受けに配されたゴールドカラーの文字、ポリッシュを施したエッジなどをより鮮明に見ることができる。香箱にもサンバースト仕上げが施されている。
ハイライトは、かつてIWCの開発責任者を務めていたアルバート・ペラトンの開発による二重爪巻き上げ機構だろう。「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」にも、ブラックセラミックスで出来た摩耗に強い爪とラチェットホイール、ヘアライン仕上げを施したロッキングバー、そして、人工ルビーの大きなローラーを備えたペラトン式の自動巻き機構が搭載されている。ローターの下にある偏心ディスクが人工ルビーで出来た2個のローラーを介してロッキングバーを左右に動かし、ロッキングバーはふたつの爪を介してラチェットホイールを一方向に回し、その結果、香箱が巻き上げられるという仕組みである。ムーブメントは最大約60時間のパワーリザーブを備えている。そのため、金曜日の夜に時計を外しても、月曜日の朝に再び着用するまで、時計は動き続ける。日常使いには十分なパワーリザーブだろう。
歩度の微調整はヒゲゼンマイの有効長ではなく、フリースプラングテンプのテンワに取り付けられた4本の調整ネジによって行われる。そのため、ヒゲゼンマイは制約を受けることなく自由に拡大・縮小することができる。インカブロックを使用した耐震装置がテンプの軸を板バネで支持している。ブリッジをさらに分解すると、見える部分だけに装飾が施されていることに気づく。組み立てた状態では表から見えないパーツには装飾が施されていない。組み立て時に付いたと思われる傷も確認されたが、今回のテストウォッチは量産前の試作品なので、この点はやむをえまい。
セラミックス製のベアリング
さらに分解してみると、もうひとつの特徴が見えてくる。3番車がルビーの丸い受け石ではなく、地板にはめ込まれたセラミックス製ブロックで支持されているのだ。通常のルビーで支持する方法と同じように機能するはずだが、珍しい手法である。大型のムーブメントは全体的にメンテナンスしやすい設計になっている。ネジの種類も少なく、一連の組み立て作業がブリッジごとにまとめられているので組み立ても容易である。パーツもすべて、大きめに設計されている。
このムーブメントは機能の面でも説得力がある。ローターとブリッジは機構の多くが鑑賞できるように設計されており、見える部分は手の込んだ仕上げで、複数の装飾が施されている。これは、見えない箇所の装飾が不足していることを十分に相殺してくれる。
また、精度はどうだろうか? 今回のテストウォッチでは姿勢差がやや大きく感じられたものの、平均日差は約マイナス1.7秒/日というのは優秀な数値である。
時刻合わせについて
加えて、操作性も良好である。大きく扱いやすいリュウズは、ねじ込みを簡単に解除して時刻を合わせることができる。日付表示が搭載されていないので、リュウズの引き出しポジションはひとつしかなく、秒針停止機能が装備されていることから時刻を正確かつ容易に合わせることができる。現在も入手可能なケース径46mmの「ビッグ・パイロット・ウォッチ」では、円錐形の大型リュウズが、装着時に手の甲に当たるという問題がある。3mmサイズダウンされた「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」ではこの点は改善されており、手を激しく動かした際にリュウズが手の甲に触れるだけである。むしろ、動きが滑らかとは言えない片開きのフォールディングバックルと内側の長い留め具の方が、リュウズよりも手首に負担をかける。
また、ストラップを手早く交換できる「EasX-CHANGE」システムにより、最初は堅く感じるストラップを自身で着脱することができる。このシステムを使うには、爪で少し力を入れなければならないが、ストラップはラグにしっかりと固定され、オプションで用意されているステンレススティール製ブレスレットや、さまざまなカラーのレザーあるいはラバーストラップと簡単に交換することができる。
「ビッグ・パイロット・ウォッチ」ではサイズのほか、価格もある種のハードルになっている。ケース径43mmのレザーストラップモデルは107万8000円(税込み)で、ケース径46mmの160万500円(税込み)よりもはるかに入手しやすい。その分、日付表示やパワーリザーブ表示、約7日間のパワーリザーブを放棄しなければならないが、価格的なメリットや着用しやすいサイズ、美しいデザインを考えれば難しいことではないだろう。とはいえ、同じ82000系ムーブメントを搭載したIWCの「ポルトギーゼ・オートマティック 40」のほうが安価である。だが、この時計が気に入ったのであれば、やや高めの価格設定でも躊躇することはないはずだ。
「ビッグ・パイロット・ウォッチ 43」の整備は無事完了し、離陸準備は万端である。