小澤匡行が語る、“極めて私的な”時計とスニーカーの話

2024.07.27

業界屈指の有識者で『東京スニーカー史』著者の小澤匡行が、時計とスニーカーについて“極めて私的な”視点で語る。小澤が考える、時計とスニーカーの共通点と相違点とは?

清水将之(人物/mili):写真
鈴木泰之(静物):写真
菊池陽之介:スタイリング
竹井 温(&’s management):ヘア&メイク
ジェイ・マクミラン(Image):モデル
小澤匡行:文
※価格はすべて消費税を含んだ税込み価格です。


「咲いた花」に憧れを抱く、時計とスニーカーの共通項

 スニーカーの寿命は長くない。アッパーの劣化とソールの硬化、そして加水分解という現実と向き合う必要がある。古ければ稀少性は高まるが、それは続くことはなく、どこかで終わる。株式のように刹那的な価値の変動を楽しむことはあっても、アンティークカルチャーには達しないのだ。

 その点、時計は見た目の劣化こそあるものの、定期的なメンテナンスを怠らなければ、おそらくスニーカーよりは長く愛用できるはずだ。時計と靴は、その雄弁さから似たもの扱いされやすいが、スニーカーとなるとちょっと異なる。専門的な知識を持ち合わせていないが、時計は過去と現在を、比較的自由に気兼ねなく、行ったり来たり楽しめると思う。しかし40年、50年前のスニーカーは、履き心地も含めてデイリーなファッションとして成立しにくく、もはや飾り物となってしまうからだ。

 僕は3年前に3冊目の著作『1995年のエア マックス』を書き上げた。エア マックスに象徴される1990年代の狂騒から、現代の新しいムーブメントまでを整理・分析している。僕にとっては未来に残したい教材のような本を思い描いていたが、印象的だったのが90年代のパートは小説のような読後感を抱かれた人が多かったことだ。当時の大きなブームは、スポーツメーカーの実直なクリエイティブに興味を抱いたファッション業界の貪欲な好奇心によって育まれた、アスリートとストリートのクロスオーバー現象だった。メーカーの意図せぬ盛り上がりが、スニーカーに新しい価値をもたらし、2000年代の世界規模のムーブメントへとつながっていく。つまり、現在のような仕組まれたマーケティングではなく、いくつかの偶発的な火種が結びついて大きくなった自然現象だ。その再現性のなさに一種のカタルシスを感じた人が多かったのではないかと思われる。僕もそのひとりだ。

 それでは時計はどうか。ロレックスに代表されるスポーツウォッチが、ファッションと結びついた1990年代。コレクターなども注目されるようになり、収集文化や熱狂を形成する準備期間だったのではないか。その土台を固めたことでともに2000年代に大きなブームを迎えることができたように思うと、同じストーリーを感じずにはいられない。

 本著を校了してすぐ、僕は自分へのご褒美時計を買った。海の男でもなく、どちらかといえば山が好きだが、欲しかったのはダイバーズで、ロレックス・サブマリーナーのRef.5513にした。インデックスに縁がないことが気に入った点だが「フィートファースト」と呼ばれる6時位置の防水表記からも、5513の中でも初期型らしい。こうしたディテールの変遷から、その価値を見いだしていく作業は、まさに1990年代ファッションだった。それは膨大なデータから規則性や関連性を割り出してく統計学のようなもので、当時の雑誌業界は、スニーカーに限らず、ヴィンテージ全般にそういった視点のおもしろさを提供してくれたのである。5513は、フランス製のアディダス・スタンスミスを選んだ感覚に近いのだろうか。それとも70年代後半のナイロン製のナイキ・ナイロンコルテッツくらいだろうか。揺るぎない王道の価値があり、カジュアルさと品格のバランスがいい。そんな想像もまた愉しい。

 定期的に買う(ようにしている)スニーカーと違って、時計のタイミングはご縁だ。というより振り返ると何かの節目に購入することが多いが、その際の物差しはよくわからない。普段から新作を見ていないから、自然と視点が過去に向かってしまうし、その多くは「咲いた花」だったりする。ただ、それでいい。若い頃、手に入れることができなかった憧れのスニーカーや時計は誰にでもあるもの。それを履いたり、身に着けたりしていたら、自分はどんなファッションになっていただろうか。そんな過去に思いを巡らせる時間は、とても豊かである。

 スニーカーは相変わらず80〜90年代の復刻を中心にマーケットが進んでいる。絶え間なくシーンを近距離で見続けていると、それこそ昔のように新しいデザインや機能に世の中を盛り上げてほしいが、僕と時計の距離感から言えば、過去とともに生きているファンの気持ちも理解できる。あの頃にファッションと結びついた時計の輝きは、今も色褪せることがないからだ。しかし40代も後半に差し掛かると、青春の記憶と現在の自分を重ねようとしても、時代とカルチャーの版ズレが起きてしまう。とくにスニーカーは若さの象徴でもある(と思っている)から、ズレを矯正するセンスが問われる。あの頃のファッションのままでは、コスプレと何ら変わらないのである。

 幸いなことに僕のサブマリーナーは今の方がしっくりきている。この個体特有のマットな文字盤が、30年前よりも枯れた腕に似合う気がするからだ。そしてフランス製のスタンスミスも、一昨年に友人のリペア職人に革のライニングを張り替えてもらい、硬化したアッパーを柔らかく馴染ませてもらった。いまだに現役である。時計に詳しい友人たちは、この年代のサブマリーナーの価値は稀少性の観点からも下がらないだろうと太鼓判を押してくれる。僕もそういう存在になりたい、というよりそれが好きな人に飽きられない存在でありたい。そろそろ自分のオーバーホールをして、もうひと踏ん張りしてみようかと思う。


小澤匡行(おざわ・まさゆき)
1978年生まれ、千葉県出身。大学在学中に1年間のアメリカ留学を経て、2001年より雑誌『Boon』にてライターとしてキャリアをスタート。現在は編集者・ライターとして雑誌やカタログなどで活動中。スニーカーの歴史や日本のスニーカーカルチャーに精通し、業界でも屈指の知見を持つ。著書に『東京スニーカー史』(立東舎)、『1995年のエア マックス』(中央公論新社)がある。Instagram:@moremix

“個性あふれるダイバーズ”カタログ

カール F. ブヘラ「パトラビ スキューバテック ヴェルデ」

カール F. ブヘラ「パトラビ スキューバテック ヴェルデ」
多数のオニイトマキエイが生息する、エクアドルのプラタ島の海に着想を得たグリーンが鮮やかなダイバーズ。波模様が施された文字盤や表面に再生PETのテキスタイルをあしらうラバーストラップが特徴。収益の一部は、非営利団体マンタトラストへ寄付される。自動巻き(Cal.CFB 1950.1)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径44.6mm、厚さ13.45mm)。50気圧防水。114万4000円。(問)スイスプライムブランズ Tel.03-6226-4650

グラスヒュッテ・オリジナル「SeaQ クロノグラフ」

グラスヒュッテ・オリジナル「SeaQ クロノグラフ」
ブランド初のフライバック機能付きのクロノグラフを搭載した本格ダイバーズ。ブルースティールネジ、コラムホイール、丁寧な面取りとポリッシュを施した地板、シリコン製ヒゲゼンマイを備えた調速機と細部も見どころ満載。裏側からは美しいムーブメントを眺めることができる。自動巻き(Cal.37-23)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径43.2mm、厚さ16.95mm)。300m防水。204万円。(問)グラスヒュッテ・オリジナル ブティック銀座 Tel.03-6254-7266

ベル&ロス「BR 03-92 ダイバー ブラック&グリーン ブロンズ」

ベル&ロス「BR 03-92 ダイバー ブラック&グリーン ブロンズ」
ダイバーズウォッチライン「BR 03-92」から登場した最新作。1970年代を思わせる鮮やかなグリーンに組み合わせたのは、かつて潜水士のヘルメットにも用いられてきたブロンズ素材。使い込むほどに味わいが増すのも魅力だ。肌に触れる裏蓋のみSS製。自動巻き(Cal.BR 302)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約54時間。ブロンズケース(直径42mm、厚さ10.60mm)。300m防水。世界限定999本。74万8000円。(問)ベル&ロス 銀座ブティック Tel.03-6264-3989

シチズン プロマスター「メカニカル ダイバー200m 35周年記念限定モデル」

シチズン プロマスター「メカニカル ダイバー200m 35周年記念限定モデル」
フジツボに覆われながらも動き続けていたことから“フジツボダイバー”の愛称を持つ「チャレンジダイバー」のデザインを継承するモデル。ケースとブレスレットには明るく透き通るような色調が特徴のコーティング、デュラテクトプラチナを採用する。自動巻き(Cal.9051)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti+デュラテクトプラチナケース(直径41mm、厚さ12.3mm)。200m防水。世界限定4500本。14万3000円。(問)シチズンお客様時計相談室 Tel.0120-78-4807

チューダー「ブラックベイ 58 GMT」

チューダー「ブラックベイ 58 GMT」
直径39mmの小径ケースで人気を博す「ブラックベイ 58」にGMT機能を搭載した最新作。ブラック&バーガンディのツートンベゼルや随所のゴールドカラーがレトロな趣だ。時針が単独可動するGMTムーブメントながら、日付の早送りにも対応。マスター クロノメーター認定。自動巻き(Cal.MT5450-U)。34石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径39mm、厚さ12.8mm)。200m防水。64万3500円。(問)日本ロレックス / チューダー Tel.0120-929-570

レイモンド ウェイル「フリーランサー ダイバーズ」

レイモンド ウェイル「フリーランサー ダイバーズ」
2007年に誕生したブランドのフラッグシップコレクション「フリーランサー」のダイバーズモデル。直径42mmのケースで防水性能300mを備えながらも、ダイアル、ベゼル、ラバーストラップすべてをネイビーで統一したエレガントで都会的な仕上がりが魅力だ。自動巻き(Cal.RW4000)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約41時間。SSケース(直径42mm、厚さ11.8mm)。300m防水。31万9000円。(問)ジーエムインターナショナル Tel.03-5828-9080