新作時計の祭典 ジュネーブとバーゼル スイス2大時計フェアの行方

2021.12.16

2019年の開催を最後に、スイス2大時計フェアの開催がなくなって、2度の春が過ぎた。2022年の3度目の春には、リアルな時計フェアの希望が見えてきたが、どうなるかはまだ神のみぞ知る状況だ。だが、コロナ禍の2年の間に、時計関係者のリアルフェアに対する考え方が変わったのも事実だ。

ジャーナリストの渋谷ヤスヒト氏が、スイス2大時計フェアの現状と展望を報告する。

2022年3月30日から4月5日まで開催が予定されている「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ 2022」。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
渋谷ヤスヒト:取材・文 Text by Yasuhito Shibuya
2021年12月 公開記事


「コロナ禍」による怪我の功名!? フェア不要論から一転
見直されるリアル時計フェア

 時計王国スイスでは毎年春に、時計業界や時計愛好家が注目するふたつの時計フェアが開催されてきた。ひとつがスイス第2の工業都市バーゼルで1917年から産業見本市として始まり、100年を超える歴史と世界最大の規模を誇る「バーゼルワールド(旧称バーゼル・フェア)」。そしてもうひとつが、2019年まで「サロン・インターナショナル・オート・オルロジュリ」(SIHH=通称ジュネーブ・サロン)と呼ばれていたスイス時計発祥の地ジュネーブで開催される「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ」。だ。1990年代初めから、時計の新作は、このふたつのフェアのどちらかで発表されてきた。時計ブランド各社は、フェア会場のブースでその年の新作時計を世界各国から集まった時計のバイヤーやジャーナリストにプレゼンテーション。ここから「今年の新作時計」の情報が世界に向かって発信されてきたのだ。

2019年1月14日から17日にかけてスイス・ジュネーブのパレクスポで開催された「SIHH 2019」。

命運が分かれたスイス2大時計フェア

 ところが新型コロナウイルス危機のため、2020年と2021年はこれらのフェアが中止になった。感染拡大防止のためスイス連邦政府の保健局が大規模なイベントを禁止したからだ。

 そしてこの危機への対応で、ふたつのフェアの運命は大きく分かれた。危機の前から大きな問題を抱え、しかも対応を誤ったバーゼルワールドは、存続できるかどうかの瀬戸際に立たされている。2020年は会期を延期して開催しようとした。だが新型コロナウイルスの問題は収束せず、この延期開催の時期と中止による出展料の返還をめぐって時計ブランドの代表と事務局が対立。主要な時計ブランドが撤退する事態を招いた。2019年にブレゲ、ブランパン、オメガ、ロンジンなど19ブランドを傘下に持つ世界最大の時計会社スウォッチ グループが撤退したように、毎年一方的に値上げされる高額な出展料に対して不満を持つ時計ブランドが続々と撤退していたこともあり、新型コロナウイルス危機が、時計関係者の間で噂となっていた「崩壊」の引き金を引いたかたちだ。何とか存続を図ろうとしているが、状況は厳しい。

 2021年11月12日、かねてより噂されていた通り、2022年のバーゼルワールド中止が運営会社のMCHグループから正式に発表された。これによって「バーゼルワールド」の存続自体、ますます雲行きが怪しくなってきた。

同年のSIHHに出展し、注目を集めたエルメスのブース。

さらなる発展を見据えるジュネーブ出展組

 一方、ジュネーブはこの危機をきっかけに大きく発展を遂げようとしている。2019年からフェアのイベントをネット配信してきたこともあり、2020年と2021年はオンラインイベントのかたちでフェアを開催。2022年はオンラインとリアル(フィジカル)の2本立てでの開催をすでに宣言している。しかも、パテック フィリップ、シャネル、ショパール、ロレックス、チューダーなど、かつてバーゼルワールドに出展してきた人気ブランドや、日本のグランドセイコーのジュネーブへの参加も決定した。バーゼルワールドに代わって「世界で最も注目される時計フェア」になることは間違いない。

デジタルシフトの加速が再認識させた「リアルな時計フェアの魅力」

 新型コロナウイルス危機が起きる前、実は時計業界では「巨額の開催費用がかかる時計フェアは時代遅れ」というフェア不要論が高まっていた。新作の発表や広告宣伝はネットを使えばそれで十分というのだ。しかしこの2年間で、時計ブランドや時計関係者はオンラインの限界を痛感したようだ。

 どんな高級品もそうだが、特に高級時計は実物を自分の目で見て、手で触ってみないと本当の魅力が分からない。そのため、特に日本ではオンラインで選んで購入する人はごく一部に限られる。高級時計の魅力はやはりリアル(フィジカル)なフェアでなければ伝わらない。時計フェアはやっぱり必要だと考える人が増えたのだ。

 新型コロナウイルス危機は、時計フェアを中止に追い込んだ。そして、そのデジタルシフトを加速した。だが、同時に疑われていた「リアルな時計フェアの魅力」を再認識させ、その存続を決定的にする結果になった。


2019年3月21日から26日にかけてメッセ・バーゼルで開催された「バーゼル
ワールド2019」の会場内の様子。出展社は最盛期の1500社から700社に半減した。

オンラインで楽しむ〝バーチャル時計フェア〞

 ここまで長々と説明してきたスイス2大時計フェア。実は、本冊子をお読みいただいている時計好きのあなたも、スイスに行かなくても、オンラインで楽しめるのだ。具体的には公式ウェブサイトにアクセスして新作時計やフェアの情報をチェックしたり、公式Youtubeチャンネルのコンテンツを観たり、時計ブランドの公式ウェブで公開される新作時計のプロモーション映像を観たりすることができる。

 2022年の時計フェアは、3月30日、ジュネーブの「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ」から始まる。スイスとは時差があるので、日本時間だとコンテンツの公開はおそらく翌31日の深夜から。残念ながら日本語ではなく英語やフランス語、ドイツ語のコンテンツだが、ぜひアクセスして楽しんでみてはいかがだろうか?



渋谷ヤスヒト
モノ情報誌の編集者として1995年からジュネーブ&バーゼル取材を開始。編集者兼ライターとして駆け回り、気が付くと2019年がまさかの25回目。スマートウォッチはもちろん、時計以外のあらゆるモノやコトも企画・取材・編集・執筆中。




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