ネクスト〝ラグスポ〟!? ブレスレットウォッチはより薄く、文字盤はカラフルに

2023.07.14

コロナ禍で加速した高級時計のブーム。牽引したのは、ラグジュアリースポーツウォッチだった。しかし、このジャンルが定番化するにつれて、新しい方向性を模索するメーカーが増えてきた。2023年に目立ったのは、より薄くなったブレスウォッチと今までにない鮮やかな文字盤の新作である。

モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト

300m防水のケースに、鮮やかな文字盤を加えた「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」。世界限定191セットのみ販売されるのが、グリーン、ブルー、グレーの3本をまとめたコフレだ。氷河を再現した文字盤には、鮮やかな彩色が施される。自動巻き(Cal.MB24.17)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径41mm)。300m防水。世界限定191セット。157万4100円(税込み)。
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota(Chronos Japan)


薄くなったブレスレットウォッチと鮮やかな文字盤

 2015年以降、時計業界を席巻したのがいわゆる〝ラグスポ〞ことラグジュアリースポーツウォッチだ。すでに定番だったパテック フィリップ「ノーチラス」やオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」はたちまち人気を集め、続いて、さまざまなメーカーがブレスレット付きのスポーティーな新作をリリースするようになった。

 あるメーカーのCEOが「スイスから出荷された3000スイスフラン以上の時計の7割が、SSケースでブレスレット付き」と語ったように、今やラグスポはブームの域を超え、市場に定着した感がある。かつてニッチな存在でしかなかったラグジュアリースポーツウォッチは、時計業界のメインストリームに躍り出たわけだ。

 もっとも、ラグスポに慣れてしまった一部の消費者たちは、より違ったものに目を向けるようになった。昨年今年と、中古市場で注目を集めるのは、スポーツウォッチというよりも、クラシカルなドレスウォッチだ。また、いくつかのメーカーも、ラグスポに留まらない試みを盛り込むようになった。

薄いスポーツウォッチではなく、ドレスウォッチをスポーティーに仕立てる試み

アルパイン イーグル 41 XPS

鮮やかな文字盤と、ドレスウォッチと見紛う薄い外装を両立させたショパール「アルパイン イーグル 41 XPS」。あえてスモールセコンドにすることで、ケース厚はわずか8mmしかない。ムーブメントも傑作である。自動巻き(Cal.L.U.C 96.40-L)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。ルーセントスティールケース(直径41mm)。100m防水。316万8000円(税込み)。

 そのひとつが、より薄いブレスレットウォッチである。ラグジュアリースポーツウォッチの多くは、スポーツウォッチをドレッシーにしたデザインを持つ。例えば、細いベゼルやインデックス、そして薄いケースなどだ。しかし、ここ数年はケースをより薄くし、いっそうドレスウォッチに振った新作が見られる。先駆けはブルガリの「オクト フィニッシモ」。続いて、パルミジャーニ・フルリエが「トンダ PF」を、ショパールが「アルパイン イーグル 41 XPS」をリリースした。後者ふたつは、明らかにラグスポの流れを汲んだデザインを持つが、トンダ PFの一部モデルは2針、アルパイン イーグル 41 XPSはスモールセコンド付きと、ドレスウォッチそのものの構成を持つ。

 これらのモデルに限らず、各社は新作の厚みを抑えるようになった。また、ラグを詰めるのも、ここ数年のトレンドである。ケースのサイズは変えずに、ラグだけを短くして、時計の着け心地を良くする。装着感に優れるラグスポの普及は、普通の時計の在り方にも大きな影響を与えたと言えそうだ。

技術の進歩が可能にした今までにない色

 もうひとつのトレンドが、カラフルな文字盤である。スマートウォッチの普及により、時計メーカーは液晶では出せない文字盤表現を求めるようになった。後押ししたのは技術の進歩である。そもそも、ベゼルを細く絞っても高い防水性能を持てるようになったため、この10年で、時計の文字盤面積は明らかに大きくなった。加えて、風防の無反射コーティングが進化した結果、文字盤はより鮮やかに見えるようになったのである。かつての無反射コーティングは、ほぼ例外なく、イエローやブルーなど色付きだった。しかし今はほぼ透明になったのである。

 そして塗料やメッキが進化することで、各社は、今までにない色表現を持てるようになった。好例が、2023年に目を引いたサーモンピンクや、ここ数年のトレンドカラーであるグリーンだろう。ちなみにサーモンピンクのダイアルは1990年代には存在していた。メッキが安定しなかったため、限定モデル向けの色だったが、近年は、安定した発色が得られるようになった。レギュラーモデルにも、サーモンピンクダイアルが増えた理由である。

 またグリーンも、扱いがかなり難しい色だった。しかし、PVDという手法が普及したほか、塗装の技術が進化することで、各社は鮮やかなグリーンを得られるようになった。好例はモンブラン「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」だ。氷河を表現した文字盤には、ラッカーで鮮やかなグリーンが施されている。

 新たな方向に向かう時計のトレンド。ふたつのトレンドが示すのは、装身具としての時計の復活だ。

広田雅将

時計専門誌『クロノス日本版』およびwebChronos編集長 広田雅将
サラリーマンを経て、2004年より時計ジャーナリストとして活動を開始。国内外の時計専門誌やライフスタイル誌などに寄稿する一方、時計ブランドや販売店でのセミナーやイベントの講師も務めてきた。20年近くにわたってスイスやドイツ、イタリアなど、ヨーロッパを拠点とするブランドのCEOや研究開発・企画担当者など、時計業界関係者に取材を継続中。2016年より現職。23年よりジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ審査員。