ダイビングを愛する(?)クロノス日本版編集部の細田が、昨今のダイバーズウォッチ不遇を嘆きながら、それでも明るい未来をユリス・ナルダン「ダイバー エアー」に見出そうとした話。超軽量のダイバーズウォッチに何を託した?

Text by Yuto Hosoda(Chronos-Japan)
[2025年12月16日公開記事]
悲しい哉、ダイバーズ不遇の時代
今年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで発表された時計を見ていて、思ったことがある。それは、ダイバーズウォッチが少ない! ということ。まぁ、当然と言えば当然だ。2025年も暮れという時期にこんなこと言うのも今更だが、やはり今年のトレンドは小径ケースとカラー文字盤に尽きるからだ。
とにかく高騰が止まらない金へのコスト対策にはケースそのものを小さくしてしまうのが手っ取り早いし、絶大なブームを見せた“ラグスポ”に対するカウンターとして、小径のドレスウォッチというのはある意味分かりやすい。おまけに先行きの見えない中国市場に対する不安感がここまで募れば、新規ムーブメントの開発なんて博打は打たずに、カラーバリエーションを増やした方が堅実だ。
こういった流れの中で、蚊帳の外になってしまっているのがダイバーズウォッチなのである。近年、ラグジュアリーでスポーティーな時計は望まれていたが、決してガッツリハイスペックなスポーツウォッチは求められてこなかった。昨今のトレンドに乗ろうにも、視認性命のダイバーズはあまり極端な小径化はしづらいだろうし、微妙な中間色を文字盤で打ち出したところで、海(水)の中では光が吸収されてしまって、狙った色を出すことができない。

ダイバーズウォッチが苦戦をしていることは、7月に発売された『クロノス日本版』のウォッチズ&ワンダーズ特集でダイバーズウォッチと呼べるものは、チューダーとモンブラン、そしてユリス・ナルダンくらいしか掲載されていなかったことからも明らかだ。もちろん誌面に限りのあるクロノス日本版は、ウォッチズ&ワンダーズで発表された新作を網羅しているわけではない。しかし参加ブランドが年を追って増え続け、発表される時計の金額も幅広くなっているウォッチズ&ワンダーズで、注目を集めるレベルのダイバーズウォッチがほとんど現れないというのは寂しい限りである。
しかし、そんなダイバーズウォッチ不毛の年において注目すべき時計が1本ある。それがユリス・ナルダン「ダイバー エアー」だ。この記事では、高級時計の分野ではあまり盛り上がりを見せなかったダイバーズウォッチ(ブランパンなど一部例外はある。これもやっぱり話題になったのは小径化だ!)を盛り立てるため、この風変わりなダイバーズウォッチについて掘り下げてみたい。

自動巻き(Cal.UN-374)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約90時間。Ti×カーボンファイバー(直径44mm、厚さ14.7mm)。200m防水。643万5000円(税込み)。
着用せずにダイバーズを語ってはいけない
先に断っておくと、これはインプレッションではない。確かに着用はしたが、その時間があまりにも短い(1泊)うえ、その限られた着用時間も初日の数時間は校了によるデスクワークのみ。翌日は第一子の出産という突然のハプニング(予定日よりも早かった)もあり、この時計を正当に評価できる環境や物差しのない状況で、軽く着けたに過ぎないからだ。
そのあまりに軽いケースがもたらす装着感を褒め、インプレッション風にまとめることも考えたが、さすがに600万円を超す時計を着用レビューに擬態され、読者に勧めることは職業倫理的に許されないだろう。前置きが長くなったが、この記事はあくまで軽く触っただけにすぎないダイバー エアーについて、筆者の独断と偏見を好き勝手にまとめただけのものであることをここに明記する(そのため、記事カテゴリーもブログとした)。
数字の持つインパクトを掘り下げよう
ダイバー エアーを手に取って、実際に着けた際のファーストインプレッションはひと文字で表せる。ずばり「軽」。ストラップも含めた総重量52gという数字は、ダイバーズウォッチは重いもの、という先入観を持っている筆者の脳を混乱させるに十分なスペックだった。
ここまで軽いダイバーズウォッチを実現できたのは、ケース素材にカーボンとチタンという軽量な素材を使用したこと。そしてそれ以上に重要なのが、ムーブメントの地板と受けをチタンで製作し、極限までそれらを肉抜きしたことだ。

通常、ムーブメントの地板と受けには真鍮が使用される。柔らかく加工がしやすいためだ。その半面、ダイバー エアーのレベルで真鍮製のムーブメントを肉抜きしてしまったら、スポーツウォッチの基準を満たすだけの耐衝撃性を得ることは難しかっただろう。というのも一般的な真鍮(=C2801)の強度(引張強さ)は325MPs。対して、グレード5チタン(Ti-6Al-4V)は895MPaと2倍以上の強さを持つからだ。ちなみに、この数値は鉄(SS400)や真鍮のおよそ2倍、ステンレススティール(SUS304)との比較でも約1.7倍もある(参考:一般社団法人 日本チタン協会)。
加えて、ヘッドの重量そのものが軽くなるため、時計に衝撃が加わった時に発生する衝撃力自体も減らせることができる。よく腕時計を語る際に「軽いは七難隠す」という表現を使うことがあるが、まさにスポーツウォッチにとって“軽い”という要素は、何事にも変えられないメリットなのだ。
軽量ダイバーズのメリットを、ダイビングツールとして(無理やり)考えてみる
では、なぜ軽量なダイバーズウォッチがこれまで日の目を見なかったのか? 技術的な面では、求められる耐磁性能との両立が難しい点が挙げられる。例えばダイバーズウォッチの基準を定めるISO 6425では「規格ISO 764に従い、ダイバーズウォッチは耐磁性を有していなくてはならない」の文言のうえで、「規格ISO 764に従い、直流磁界4800A/mで止まりの有無、残留影響を検査する」という規定を設けている。
多くのダイバーズウォッチはこの基準をクリアするために、ムーブメントを軟鉄製のインナーケースに包んでいるものが多い。当然、この手法では軟鉄分だけ重量は増加してしまうし、そもそもスケルトン化など到底できない。
対するダイバー エアーはISO 6425を遵守しているわけではないが、耐磁性能に関してはテンプおよびアンクルといった脱進調速機周りがお得意のシリコン製のため、そういった心配がないのだ。

そしてもうひとつが言うまでもなく、コストとの兼ね合いである。冒頭にも書いたように、ダイバー エアーは600万円を超える超高級時計だ。難切削材であるチタンでここまでのスケルトンムーブメントを作り、かつ200m防水の気密性を持たせた軽量ケースを組み合わせた同作を割高だとは、決して思わない。しかし、潜水のためのツールにそんな大金を出すダイバーはいないだろう。
BCDやらウェット/ドライスーツやら、ダイブコンピューターなどの一般的なダイビング機材を全てそろえたとしてもせいぜい100万円。ここに水中撮影用のためのカメラのハウジングやら、ほとんどのダイバーは使用しないであろうリブリーザーのようなテクニカルダイビング向け機材などを購入したって、十分なお釣りがくる。600万円とはそれくらいの金額だ。
また、腕時計にとってあまりにも恩恵の大きい“軽さ”という言葉が、浮力の発生する海(水)の中では地上ほど魅力的に捉えられないということもあるだろう。というのも、ダイビングの際には、効率よく潜水するためにウエイトをまとうからだ。もちろんダイバーの体重やスキル、使用するタンクの種類やスーツの種類・厚さ、エントリーの方法などによって、実際に装着するウエイト重量は異なるが、あえて重いものを身に着けようとしている中で腕時計が重いか軽いかなど、些細な問題なのかもしれない。
しかし、自身にとってベストなウエイト重量を導き出そうと思えば、アクセサリー類は極力軽量な方が正確な計算ができるはずだ。また上級者になればなるほど、適正ウエイトは軽くなっていくため、やはり腕に巻く時計は軽い方が好まれるだろう。
ダイバーズ エアーには、超高級ダイバーズの未来がかかっている
これまでの苦し紛れの原稿を読んで、みなさんもやはり、超高級ダイバーズウォッチを純粋なダイビングツールとして評価することの不毛さを実感していることだろう。しかしこれこそが、ダイバーズウォッチの新作が高級時計の分野で増えない要因だ。
つまり時計が高額であるエクスキューズを、ツールという役割の中で見出すことが困難なのである。対してユリス・ナルダンはダイビング以外の側面で“超軽量”という価値を生み出すことで、この問題に立ち向かったのだ。ゴールドといった貴金属を使わず、これだけ説得力のある超高級ダイバーズウォッチを作れるブランドはおそらくユリス・ナルダンぐらいだろう。
この時計を実際に着けて潜る人はそういないはずだ。最後にひと言。ダイビングの際に腕時計を着けていくと、潜る際には腕に巻いていくか、ロッカーに預ける必要がある。ロッカーを使用する際は、数の関係から、バディ同士など、複数人が貴重品を同じロッカーに入れなければならないことだってあるだろう。
その中では、時計に無頓着な人によって、スマートフォンの上に時計が載せられているかもしれない。そのような状況でも被害を最小限に食い止められ、いざとなったら一緒に着けて潜れるダイバーズウォッチは、たとえ陸だけでの使用に留めるにしても、やはりダイビングのお供には最適なのだ。



