ショパールは大好きなブランドのひとつである。「ハッピーダイヤモンド」のイメージが強すぎるけども、男性モノにせよ、女性モノにせよ、きちんとコストをかけて時計を作っているのがよい。そんなショパールの中でも、とりわけ自社製ムーブメントを載せたL.U.Cは別格だろう。昔、筆者はL.U.C 1.96を載せたL.U.C 1860を見て、これほど金がかかった自動巻きはないと思ったし、記事でもしつこく書いてきた。個人的な意見を言うと、史上最も優れた(あるいは語りどころのある)自動巻きとは、パテック フィリップのCal.27-460M、オーデマ ピゲの2120系、そして96系ではないか。このあたりについては、クロノス日本版で散々書いたので、改めて触れようとは思わない。読みたい人は、ぜひクロノス日本版のバックナンバーを買ってくださいマシマシ。
そのショパールが始めた別ブランドが、クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーである。フェルディナント・ベルトゥーは18世紀半ばに活躍したクロノメーター製作者で、ブレゲなどの設計にも影響を与えた人物だ。それぐらいには偉大な時計師だが、長らく歴史に埋もれていた。
彼の名を復活させようと思ったのは、ショパールで共同社長を務めるカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏である。なぜフェルディナント・ベルトゥーをやろうと思ったんですか? とたずねたところ「彼の名前を使って安価な時計を作る計画があった。それを止めさせたかった」とのこと。さすがにL.U.Cを作っただけあって、ショイフレ氏は超が付くほど真面目なのだ。ちなみにフェルディナント・ベルトゥーの出身地はL.U.Cの工場があるフルリエ村だ。ショイフレ氏はフルリエ村にゆかりのある時計師たちが製作した時計を集めるうちに、ベルトゥーに魅せられたらしい。現在、フルリエのミュージアムには19世紀のベルトゥも置かれているが、近いうちに独立したベルトゥ・ミュージアムを作りたいそうだ。
そのベルトゥーに、新しくレギュレーターの、しかもブロンズケースを持つ「クロノメーター FB 1R - エディション 1785」が加わった。中身は2015年の初作「クロノメーター FB 1.1」にほぼ同じ。チェーンフュージにトゥールビヨンが付いた、途方もなく複雑なムーブメントである。この機械は、仕上げも設計も素晴らしいが、加えて言うと、音と感触もいいのだ。昔、ベアト・ハルディマンが「昔のブレゲの音を再現した」という腕時計を作ったが、刻音は彼が言うほど懐中時計ぽくなかった。もっとも、今の軽い脱進機が奏でる音とは別もので、音は聞き惚れるほどいい。対して、ベルトゥーのムーブメントは、音も巻き味もいかにも懐中時計っぽいのだ。深沈とした脱進機の響きや、カリカリしたコハゼの感触は往年の懐中時計のそれであって、あの音と感触に3000万円払う人がいても、おかしくないと思う。余談を言うと、時計ジャーナリストの端くれとして、シリコン脱進機のメリットは理解しているつもりだ。しかし、あの刻音はどうも好きになれない。音だけ言えば、脱進機は鋼かダルニコ材であってほしい。
クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー、つまりショパールがぶっ飛んでいる証拠に、クロノメーター FB 1R - エディション 1785のブロンズケースはかなり凝っている。わざと緑青を拭かせるのは他社に同じだが、今回は“理想の緑青”とやらを追求したらしい。よく分かんないので尋ねたところ「ブロンズケースを50個作って、理想的なものを5つ選んだ」そうだ。機能的な違いは全くなし。違いは緑青がイケてるか、イケてないかだけ。すごいぞショパール。もちろん真面目な会社だけあって、使われるブロンズ素材は欧州連合のREACH規制(Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals、化学品の登録・評価・認可および制限に対する規則)に準拠している。つまり、ブロンズだがアレルギーの心配は少ないわけだ。
L.U.Cを作り上げたショパールという会社が、気合いを入れて超複雑時計を作るとどうなるのか。それが一連のフェルディナント・ベルトゥーである。独立時計師もかくやという仕上げと機構に加えて、完全に自己満足だろうという緑青をふかせたブロンズケースを加えて、お値段は約3000万円。でも、超絶時計はこうでなきゃ。消費者に媚びるようではフラッグシップとは言わないし、憧れの対象にもならないだろう。正直、3000万円あったらベルトゥーの時計は欲しい(同様に欲しいのは、ジャン・ダニエル・ニコラと、ボヴェの複雑時計だ)が、あいにく広田に金はない。日本に1本でもこういう時計が入ってきて欲しいと思う。読者の皆さま、いかがですか?(広田雅将)