リシャール・ミル 破天荒の証し

2019.07.28

RM 07-02の裏側。搭載するのは自社開発ムーブメントCal.CRMA2をピンクサファイアケースにふさわしくバージョンアップしたCal.CRMA5。Cal.CRMA2ではチタン製だった地板をレッドゴールドに替え、ローターにはダイヤモンドをあしらった。ケースは、ベゼル、ミドルケース、ケースバックの3ピース構造で、それぞれ100%サファイアクリスタルの結晶から削り出し、研磨して複雑な造形を成形する。

 2001年の創業以来、常に高級時計市場に驚きと感動、そして悦びを与え続け、そのたびに認知度を上げ、ブランドの稀少性を高めてきたリシャール・ミル。そのラインナップには錚々たるモデルが居並ぶが、外装に関してひとつの到達点と言えるのが、2012年に発表された100%サファイアクリスタル製ケースを備えるRM 056であろう。当時1億4000万円という価格でもインパクトを与えたが、それまで誰もやっていなかったことをまず発見し、それに挑戦。結果、見事にそれを成し遂げるというプロセスは、他のウォッチメゾンではまず見られない開発スタイルだ。

 リシャール・ミルは今年、そのピンクサファイアバージョンを発表。近年、各社が新たな成長分野〝ブルーオーシャン〟として注力する高級機械式レディスウォッチの世界に一石を投じた。いや、もはやこれはひとつの石が投げかけるささやかな波紋程度の影響力ではない。他社が真似しようにも到底おぼつかないこの離れ業を、いったいどれほどのブランドが、どの次元まで追いつくことができるのだろうか? あらゆるプロダクトがすぐに陳腐化してしまうデジタル時代にあって、決してコモディティーにはなり得ないものだけを作り続けるメゾン。それがリシャール・ミルの本質だからだ。

 リシャール・ミルのこの15年を振り返ってみると、同メゾンが、そして、オーナーであり、メゾン唯一無二のコンセプター兼ブレインであるリシャール・ミル氏が、確固たる手応えと、それに裏付けされた自信をもって、このRM 07-02を発表したことがうかがえる。その根拠として、今や、同メゾンがターゲットにするのは、世界の突出した富裕層だという点がまず挙げられる。どの国においても、ある一定レベルを超えた富裕層は数年から十数年単位で繰り返される好不況の影響をほとんど受けることがない。その代わり、ただすべきことは、常に彼らの好奇心を刺激し続け、時には良い意味でそれを裏切り、決して飽きさせない〝コンテンツ〟を提供し続けなければならない。

 この点においては、むしろ、マスの動向や趣味嗜好をリサーチし、彼らが〝今〟欲しているコトやモノを探り当てるマーケティング手法とは対極にあると言えるだろう。あえて言えば、これまで〝そこになかったもの〟をゼロから創り上げる、もしくはあったとしても、まったく別の世界から移植して、この世界の〝初めて〟に仕立て上げる演出力と、そう信じさせるコンセプトが圧倒的に必要なのだ。その天才こそが、リシャール・ミル氏その人である。そもそも、超軽量かつ投げても大丈夫な衝撃にも強いトゥールビヨンという〝掟破り〟への挑戦が彼らのターニングポイントであったことは、その成功譚を振り返れば明らかだからだ。

(左)リシャール・ミルが初めてサファイアクリスタル製のケースを採用したのが2012年に発表されたRM 056である。当時、そのサファイアクリスタルケースの製造を担ったのがスイスのステットラーだ。(右)RM 056のサファイアクリスタルケースを製作した際のプロトタイプ。