特定用途のために製造されるツールウォッチ。高い機能性や信頼性を備えていることを特徴とするが、近年では機能面に留まらない、多彩なモデルが各ブランドから展開されている。今回は、2023年新作モデルのうち、特筆すべきツールウォッチを7種、紹介しよう。
Text by Shin-ichi Sato
[2023年10月9日公開記事]
2023年新作モデルから、ツールウォッチを選ぶ
2023年に発表された魅力的な新作を、ジャンル別にブランド横断で俯瞰する企画として「ツールウォッチ」を取り上げる。ツールウォッチの代表例のひとつはダイバーズウォッチであるが、こちらは別途特集したため、今回はそれ以外のツールウォッチに注目して紹介しよう。ツールウォッチとひとくくりにしても、タフさを追求したものから特定用途に向けた独自性のある機能を実現したもの、信頼性を備えつつ外装品質を高めたものと各ブランドのアプローチは様々だ。これらを俯瞰的に眺めることで、各ブランドのキャラクターや強み、訴求点が見えてくる。
G-SHOCK 誕生40周年記念モデル
クォーツ(モジュール3539)。パワーリザーブ:発電無しで機能使用した場合約10ヵ月、パワーセービング状態の場合約22ヵ月。SSケース(縦49.3×横43.2mm、厚さ13mm)。20気圧防水。12万1000円(税込み)。
汎用的なツールウォッチに求める要件といえば、タフさを挙げる方が多いのではないだろうか。そして、「タフ」の代名詞と言えるのがカシオ「G-SHOCK」だろう。G-SHOCKの誕生は1983年4月であり、2023年は40周年となる。本年は、この節目の年を記念したモデルが発表された。
記念モデルのコンセプトは「RECRYSTALLIZED(リクリスタライズド、再結晶化)」である。今般、「G-SHOCK 40th Anniversary RECRYSTALLIZED」としてゴールドカラーモデル「GMW-B5000PG-9JR」とシルバーカラーモデルの「GMW-5000PS-1JR」が発表された。
シルバーの「GMW-5000PS-1JR」。独特の模様を浮かび上がらせた外装は、きらめきながらも硬度が高められており、G-SHOCKらしい耐久性にも配慮されている。スペックはゴールドカラーの「GMW-B5000PG-9JR」に同じ。
機能は、タフソーラー、マルチバンドの電波受信を備え、モバイルリンクに対応した最新世代の「モジュール3539」を搭載する。ストップウォッチやアラームといった基本機能から、サマータイムに対応したワールドタイム機能を備えるなど、G-SHOCK高級機の基本を押さえた仕様となる。
特徴はシリーズ名にもなっている外装である。本作は、ステンレスに熱処理を加えることで大きくワイルドな結晶を作り出す再結晶化処理を施し、表面にキラキラとした模様を浮き上がらせている。ここに、コーティングよりも深くまで硬度を高めることができる深層効果処理を施した上で、チタンカーバイド(TIC)処理を施して、さらに表面硬度を高めている。
https://www.webchronos.net/features/93522/
https://www.webchronos.net/features/95029/
過去のアイコンの直系モデル ロンジン「パイロット マジェテック」
「マジェテック」はオリジナルに刻印された(軍の)所有物を意味するチェコ語を起源とする愛称。自動巻きを採用し、スモールセコンドの配置が適切である点にも注目。自動巻き(Cal. 893.6)。26石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径43mm、厚さ13.3mm)。10気圧防水。59万5100円(税込み)。
現代ほど計器類が発達していない時代には、厳密な時間測定が必須となるプロフェッショナルにとって、懐中時計や腕時計は必携のツールであった。その代表例は航空機パイロットだろう。長きに渡ってパイロットウォッチを提供し続けているのがロンジンだ。
今年発表された「パイロット マジェテック」は、1935年発表のパイロットウォッチ「Ref.3582」の直系となるモデルである。Ref.3582はチェコスロバキア軍のオーダーを受けて製造されたもので、個性的で頑強なクッションケースと、両方向回転フルーテッドベゼルが特徴である。また、ベゼルによって操作するトライアングルマーカーで計測開始時間を指し示し、飛行時間の測定に活用されていた。
パイロット マジェテックはこれらの特徴を色濃く残しつつ、10気圧防水の確保やリュウズガードの追加、ケース形状、特にラグ形状の見直しによる着用感の向上などリファインが図られている。また、ケースサイドはサテン仕上げでエッジが立っており、現代的な雰囲気も兼ね備えている。過去のアイコンのテイストを上手く取り込みつつ現代に通用するデザインをまとめる点には、ロンジンの上手さが光っている。
https://www.webchronos.net/features/93935/
https://www.webchronos.net/features/93912/
ゼニスのパイロットコレクションが刷新
自動巻き(Cal.El Primero 3620)。27石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm)。10気圧防水。96万8000円(税込み)。
パイロットウォッチを語るうえで外せないブランドがゼニスだ。ゼニスは航空機の可能性をいち早く感じ取り、パイロットを意味する商標として、1888年にフランス語の「PILOTE」、1904年に英語の「PILOT」を取得した歴史を持つ。その後、1909年に航空機での英仏海峡横断を成功させたルイ・ブレリオがゼニスの時計を携行するなど、パイロットウォッチブランドとして長きにわたり支持されてきた。
このような歴史と実績を持つゼニスのパイロットウォッチが23年に刷新された。発表されたのは三針のシンプルな「パイロット オートマティック」とフライバック機能を有するクロノグラフモデル「パイロット ビッグデイト フライバック」である。
共通するデザインコードとして、アラビアインデックスにダイヤ針を備え、ダイアルには古い航空機の機体を構成する波状のメタルシートからインスピレーションを得た横方向の溝が与えられている。また共にゼニスのアイコンである3万6000振動/時のエル・プリメロを搭載している。ケースデザインは新規に起こされたもので、固定されたフラット トップ ラウンド型のベゼルと、ベゼル端から接線状のラインを描いて伸びるラグが特徴である。大型のリュウズもパイロットがグローブをはめた状態で操作性を確保するための意匠である。
自動巻き(Cal.El Primero 3652)。35石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径42.5mm)。10気圧防水。146万3000円(税込み)。
筆者の注目はシンプルな三針モデルのパイロット オートマティックだ。ダイアルデザインから僅かにクラシカルな印象を備えつつも、モダンなケースシルエットにケース径40mmとビジネスおよびカジュアルシーンで支持の厚いサイズ感にまとめてきた。今後、インフォーマルウォッチの有力候補として存在感を増してくるかもしれない。
https://www.webchronos.net/features/93814/
https://www.webchronos.net/features/92045//
唯一の高度計付き自動巻きモデル オリス「プロパイロット アルティメーター」
自動巻き(Cal.Oris793)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約56時間。カーボンケース(直径47mm)。10気圧防水。99万円(税込み)。
オリスは世界で唯一の高度計付き自動巻きモデルとなる「プロパイロット アルティメーター」を刷新して発表した。これは14年発表の前作に続くもので、前作の特徴を引き継ぎつつ性能を向上させる改良が加えられている。
本作の高度計の対応高度は6000mと前作の4500mに対して大幅に向上しており、一般的な小型プロペラ飛行機の最高硬度が4000mから6000m程度であることを考えると、本作の対応高度の高さが良く分かる。また、本作のケースはETHチューリヒ大学から独立した9T研究所と共同開発されたカーボンファイバーコンポジット製に改められた。これは、カーボンファイバーとPEKKという分子化合物の複合素材を、積層造形と成型を基にした新たな製造方法によって作られたものだ。この製造方法は通常の3Dプリント技術とは異なるもので、大量生産が可能となっている。軽量かつ強靭であり、前作に比べて時計仕上がり厚さを1mm低減できている。さらに、積層による素材の模様が現れている点も特徴だ。
https://www.webchronos.net/features/94370/
https://www.webchronos.net/features/101013/
ベゼルで操作する モンブラン「1858 アンヴェールド タイムキーパー ミネルバ リミテッドエディション」
手巻き(Cal.MB M13.21)。22石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。18Kライムゴールドケース(直径42.5mm、厚さ13.85mm)。3気圧防水。世界限定28本。912万8350円(税込み)。
プロフェッショナルに求められる精密な時間管理を実現するのがクロノグラフだ。そして古典的で優美なデザインを持つクロノグラフを得意とするのがミネルバであり、現在、ミネルバを擁するのがモンブランである。毎年、伝統的なムーブメントデザインを備えたクロノグラフモデルが発表されている中で、今般発表されたのが「1858 アンヴェールド タイムキーパー ミネルバ リミテッドエディション」である。
本作はベゼルのクリックによってクロノグラフを操作することが特徴で、ベゼルを時計周りに1クリックさせるとクロノグラフスタート、2クリック目でストップ、3クリック目でリセットされる機構を持つ。ボタン式に比べ、ボタン接触による誤操作を回避できるのに加え、ケースデザインはよりシンプルになっている。操作ボタンが目立たないように、ボタンがリュウズと一体化したワンプッシュクロノグラフを得意とするミネルバだが、操作ボタンそのものを持たない本作をリリースしている点は興味深い。
発表されたのは、ふたつのバリエーションだ。ひとつは18Kライムゴールド製ケースとベゼルにグリーンダイアルを組み合わせたモデル。もうひとつはステンレススティール製ケースに18Kホワイトゴールド製ベゼル、そしてブルーダイアルを備えたモデルである。またそれぞれ、搭載する手巻き式クロノグラフムーブメントのCal.MB M13.21をシースルーバックから鑑賞可能である。曲線を描くブリッジなどを持つ古典的なデザインのクロノグラフムーブメントを鑑賞できることは、本作の特徴であると言える。
https://www.webchronos.net/features/93746/
https://www.webchronos.net/iconic/43589/
ロレックス「オイスターパーペチュアル ヨットマスター 42」
自動巻き(Cal.3235)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。RLXチタンケース(直径42.0mm、厚さ11.60mm)。100m防水。183万8100円(税込み)。
現代では、ツールウォッチとはいえ高額モデルであれば高い外装品質を備えていることが必須要件である。また、機能性に優れる素材を使用することも期待されるポイントのひとつであろう。代表的な素材と言えば、ステンレススティールの約3分の1の軽量化が見込めるチタン系の合金だ。
ロレックスの「オイスターパーペチュアル ヨットマスター 42」は、ロレックス独自のチタン合金であるRLXチタン製の外装を備える新作である。想定は防水性能と信頼性が求められるセーリングを始めとしたマリンスポーツ用途だ。RLXチタンの採用は、オイスターパーペチュアル ディープシーチャレンジに続く二作目である。一般的にチタンは加工が難しいことが知られているが、本作では、サテンによるマットな仕上げを主体とし、ポリッシュ仕上げや光沢仕上げ、テクニカルサテン仕上げを組み合わせている。また、マットブラックのセラクロムベゼルインサートにより、高い質感とツールウォッチのストイックさの両方を生み出している。
本作は、ケースがRLXチタン製であるだけでなく、ブレスレット及びクラスプもRLXチタン製であり、イージーリンク(エクステンションリンク)も備えている。ブレスレットとクラスプに対する評価の高いロレックスであるので、本作でもその完成度は期待できそうだ。以上より、非常に軽量かつ高い外観品質を備える外装に、ムーブメントの信頼性および精度は従来のロレックス基準に準ずる本作は、高い総合力を備えるツールウォッチに仕上がっていると評価できるだろう。
https://www.webchronos.net/features/93213/
https://www.webchronos.net/features/95828/
ショパール「アルパイン イーグル ケイデンス 8HF」
自動巻き(Cal.Chopard 01.12-C)。28石。5万7600振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ti(直径41mm、厚さ9.75mm)。100m防水。303万6000円(税込み)。
ヨットマスター 42と同様に外装にチタンを採用したモデルは他にもある。ショパールの「アルパイン イーグル ケイデンス 8HF」はチタンを採用するのに加え、ツールウォッチとして期待される精度の高さや信頼性の高さ、特に外乱による影響が小さいことを追求したモデルである。
本作は、外観を従来のアルパイン イーグルに準じつつ、振動数は8Hz(=16振動)、すなわち5万7600振動/時の超ハイビートで作動する。古典的なロービート機で1万8000振動/時、ロレックスのCal.3235を始めとして採用例の多いハイビート機が2万8800振動/時、グランドセイコーのCal.9SA5やゼニスのエルプリメロの代名詞となっているのが10振動の3万6000振動/時であるので、本作の振動数がいかに高いかが分かるだろう。
ではなぜ高振動が採用されるのか? それは精度向上が目的である。腕時計は着用時に、腕の振りを始めとした低周波の振動や、ブレスレットと手首の間の遊びによる揺れ、乗り物の振動が腕を介して伝わる比較的高い周波数の衝撃にさらされる。これがテンプの周期的な運動に悪影響を及ぼすため、テンプの振動を早めることで、これらの衝撃等が平均歩度に与える影響を小さく抑えることができるのだ。その結果、実用精度を向上させることができるのが、ハイビート化によるメリットである。
ハイビート化のデメリットとして、テンプを往復させるためにエネルギーがロービート機よりも必要となりパワーリザーブが短くなりがちである点である。しかし本作では約60時間を実現しており、この点でも実用性が高い。本作は、チタンの採用により軽量な着け心地を実現しており、着用時に数多くの衝撃にさらされることが想定されるアクティブなライフスタイルにマッチするパッケージングに仕上がっていると言える。
https://www.webchronos.net/features/95057/
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