「一目惚れの直感は正しい」。時計ジャーナリスト並木浩一が選ぶ【2023年発表の時計ベスト5】

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2023.12.27

日本、そして世界を代表する著名なジャーナリストたちに、2023年に発表された時計から、ベスト5を選んでもらうこの企画。今回は、大学教授であり、時計ジャーナリストとしても活躍する並木浩一が選んだ5本の傑作を紹介する。

並木浩一 2023年新作時計


1位:パテック フィリップ「カドラプル・コンプリケーション 5308P」

 ことし最も注目すべき時計イベントで発表された、日本(東京)限定モデル。四重に複雑機構を積み上げた“カドラプル”コンプリケーションにサーモンピンクの文字盤。芸に優れて眉目秀麗で、しかも秀才が、頬を紅に染めている風情がたまらない。

パテック フィリップ「カドラプル・コンプリケーション 5308P」
ミニット・リピーター、瞬転式永久カレンダー、スプリット秒針クロノグラフを搭載した超複雑時計。自動巻き(Cal.R CHR 27 PS QI)。67石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約48時間。Ptケース(直径42mm、厚さ17.71mm)。日本限定15本。時価。


2位:ブレゲ「タイプ 20 2057」

 縦溝模様を施した目盛りの刻みがないベゼル、アラビア数字、ポワル型のヒストリカルなリュウズも由緒正しいツーレジスター。蘇ったパトリオティクなミリタリー・クロノグラフに、オリジナル誕生時の古き良きフランスが薫る。

ブレゲ「タイプ 20 2057」
自動巻き(Cal.7281)。34石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径42mm、厚さ14.1mm)。10気圧防水。258万5000円(税込み)。


3位:ヴァシュロン・コンスタンタン「メティエ・ダール─ 偉大な文明へ敬意を表して─ダレイオス王のライオン」

 アケメネス朝ペルシアの美を腕時計に甦らすことを、誰が構想したのか。ルーブルの収蔵品は有名すぎるので、スーベニア・ウォッチに見せないことが難しい。そんな瑣末なラインを数万フィート飛び越えてみせた、超アートピースだ。

ヴァシュロン・コンスタンタン メティエ・ダール 偉大な文明へ敬意を表して - ダレイオス王のライオン

ヴァシュロン・コンスタンタン「メティエ・ダール─ 偉大な文明へ敬意を表して─ダレイオス王のライオン」
自動巻きCal.2460G4/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPGケース(直径42mm、厚さ12.9mm)。


4位:グランドセイコー「エボリューション9 コレクション テンタグラフ SLGC001」

 毎秒10振動のハイビート、パワーリザーブ3日間で登場した、グランドセイコー初のメカニカルクロノグラフ。口に出して読み上げたいほど、スペックだけで格好いい。しかも“岩手山パターン”のブルーダイアルが実にいい味わいだ。

グランドセイコー「エボリューション9 コレクション テンタグラフ SLGC001」
自動巻き(Cal.9SC5)。60石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約72時間。ブライトチタンケース(直径43.2mm、厚さ15.3mm)。10気圧防水。181万5000円(税込み)。


5位:モンブラン 「モンブラン 1858 ジオスフェール クロノグラフ ゼロ オキシジェン ザ・8000 リミテッドエディション」

 独創の技術である「ゼロ オキシジェン」をひとり進めていくモンブランのホットバージョン。エヴェレストで実用的な技術だからこそ、平場の都会で抜群に映える。冒険を夢想すること、備えることのロマンを失ってはつまらない。

モンブラン 2023年新作

モンブラン 「モンブラン 1858 ジオスフェール クロノグラフ ゼロ オキシジェン ザ・8000 リミテッドエディション」
自動巻き(Cal.MB29.27)。33石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。Tiケース(直径44mm、厚さ17.1mm)。10気圧防水。世界限定290本。142万5600円(税込み)。


総評

 人間に対してのルッキズム(lookism)=外見至上主義への風当たりが強まっているが、腕時計に関してはむしろ逆に進んでいる印象がある。見かけが良いことの、何が悪いのか。格好いいことは、性能の一種のようなものではないのか。腕時計のルッキストであることを、いま恐れてはいけないと思う。アフターコロナで、ニューノーマルはもう一歩進んだ。一目惚れの直感は正しいし、誤るのは判断のほうである。

 過去数年はデザインに自制的であったブランドが、束縛から意図的に大きくジャンプしているように思える。無理にでも高いテンションを守ってきたブランドは、さらにデザインの強度を高めているようにも思える。たくさんの腕時計を見る立場にあるからこそ、今年のこの傾向をよろこびたい。

 腕時計デザインの多様性=ダイバーシティは、もっと多くの造り手の参加によって盛んになり、もっとたくさんの言説、コメントによって担保されるべきだろう。腕時計のメディア、ジャーナリズムに加えて、SNSでの発言が時代を進める・変える時代にあって、守旧的になってはいけない。エキセントリックであるとみえることが、次世代のスタンダードかもしれない。

 一方で腕時計には、確固たる普遍性=ユニバーサリティがある。腕時計が腕時計であることの筋が保証されているからこそ、多様性を文化的表象として受容できる。

 そんなことに想い至れたのも、今年はパテック フィリップ「ウォッチアート・グランド・エキシビション(東京2023)」が開催されたことが大きい。売るためではなく、観るための展示会を楽しむ。腕時計の文化の成熟を、もういちど確認することができたのである。



選者のプロフィール

並木浩一

並木浩一

時計ジャーナリスト、桐蔭横浜大学教授。専門分野はメディア論、表象文化論、日本語教育、行政書士法、旅行業法。1990年代より、高級時計の取材を国内外を問わず続ける。著書に『ロレックスが買えない』(CCCメディアハウス)、『腕時計一生もの』(光文社新書)等。


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