1972年にセイコーが発表したクロノグラフモデルにインスピレーションを得た「プロスペックス スピードタイマー メカニカルクロノグラフ SBEC021」を着用レビューする。良質な外装部品、そして正確に記された秒スケールに表れる、測時装置の原理そのままの姿を持つ本作は、機械式クロノグラフの楽しさ、そして購入する動機が見えてくるような1本だった。
Text and Photographs by Shin-ichi Sato
[2023年12月29日公開記事]
歴史的なクロノグラフを多くトリビュートする近年のセイコー
近年のセイコーは、かつてのクロノグラフモデルをトリビュートしたモデルを多くラインナップしている。2021年には1964年発表の国産初のクロノグラフ「クラウン クロノグラフ」をベースにした「SBEC009」を発表。同年、1969年発表の垂直クラッチ搭載クロノグラフ「スピードタイマー」の名前を復刻した。続く2022年には、スピードタイマーに採用されていたネイビーとレッドのカラーをサンプリングした「SBEC017」や「SBDL097」、23年には1983年発表の世界初のアナログクォーツクロノグラフをトリビュートした「SBER005」をリリースしている。
2023年に発表されたモデル。今回レビューするモデルの他に、ブルーグレーダイアルにシルバーのインダイアルを備えた「セイコーブランド100周年記念 スピードタイマー メカニカルクロノグラフ 限定モデル SBEC023」も用意された。自動巻き(Cal.8R48)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SSケース(直径42mm、厚さ14.6mm)。10気圧防水。35万2000円(税込み。SBEC023は税込み38万5000円)。
そして今回インプレッションする「セイコー プロスペックス スピードタイマー メカニカルクロノグラフ SBEC021」である。本作は2023年、1972年発売のCal.6138搭載のクロノグラフモデルにインスピレーションを得たモデルだ。ムーブメントは3時位置にスモールセコンド、4時半位置にデイト表示、6時位置に12時間積算計、9時位置に30分積算計を備えるCal.8R48だ。オリジナルモデルのCal.6138とは異なるダイアル配置ながら、当時ラインナップされたカラーリングを踏襲しており、ややダークな色調を感じるシルバーをベースに、ブルーグレーのダイアルリングおよびインダイアル、各針の先端には彩度を抑えたオレンジが施されている。スポーティーで、どこかノスタルジックな配色と、ツールウォッチとしてのスピードタイマーの歴史を感じさせる緻密なスケールが本作の魅力である。
視認性と見栄えを両立したダイアル造形
では、ダイアルの造形に注目しよう。本作のダイアルは控えめながら高低差が設けられており、質感も使い分けられている。ベースとなるダイアルを基準に、「SEIKO」ロゴとエッジの立った時間インデックスが凸部だ。ベース部分は縦方向のヘアライン仕上げであり、それに対してダイアル周囲の秒スケールはわずかに低く、そしてマットに仕立てられ、視認性が確保されている。インダイアルは一段下がってから皿状にチャンファーが与えられた。デイト表示窓は切りっぱなしではなく面取りのひと手間が施され、見栄えが整えられているのも特筆すべき点だ。ダイアル外周はタキメーターが刻まれたダイアルリングによって囲まれ、立体感を加えながら視認性を確保する。
いずれも特別なものではないが、小さな変化の積み重ねにより全体に表情が生み出されている。そして、全体の印象を引き締めるのが緻密に並んだ秒スケールとタキメーターだ。測定器としての機能を実現する要素として正確かつ鮮明である。印字が太いと測定値が曖昧になって細すぎると読みにくくなるというバランスが重要となるところを、セイコーは長年の経験により視認性良く見栄えも良いものに仕上げている。
モデル全体の印象を引き締める外装品質
ダイアルの造形に加えて、外装の品質も良好である。ケース上面と端面はサテン仕上げ、その間にポリッシュ部を設けており境界は明確である。ポリッシュ仕上げのベゼルも含めて面が整っていて、引き締まった印象を生み出している。プッシャーおよびリュウズの仕上がりも良好だ。
以前のセイコーのスポーツモデルに対して近年は値上がり傾向にあるものの、外装品質は本作のように向上している。過去モデルのケースの仕上げに不満があった方も、ぜひ店頭にて確認してほしいポイントだ。
着用感を高める工夫は感じるがピーキーさがある
時計を受け取った際に、その大きさゆえに筆者は少し身構えた。ケース直径42mm、厚さは14.6mmと、大きくて厚い。また、ずっしりとした重さを感じる。ブレスレット調整状態で実測175gである。
手首回り約18cmの筆者が着用すると、ラグが腕に沿う形状で、ケースバックの飛び出しが抑えられているためフィット感が良い。ケースの底面のバランスやケースサイドに向けての傾斜、プッシュボタンがケースバック側に寄せられていることが相まって、着用してみると数値よりも薄く感じる。
コマを細いリンク部材で繋いだ本作のブレスレットは可動部が広く、着用感の向上に寄与している。なお、類似したデザインがオリジナルモデルにて採用事例があり、ダイアルデザインと相まってノスタルジックな雰囲気を生み出していることもポイントだ。
重量のある本作にて良好な着用感を得るためには、入念なブレスレット長さの調整によるジャストフィットが必須である。筆者の場合は体調による手首太さのわずかな変化で着用感が大きく変わってしまった。そのような場合に欲しくなるバックル部の微調整機能は、残念ながら本作には備わっていない。着用時にフラットになる本作のバックルはエレガントであるし、デスクワーク時に快適であって良いのであるが、筆者はジャストフィットを追求するために微調整機能の採用を希望する。
セイコーのクロノグラフの歴史と現代につながる進化
セイコーは1969年に、垂直クラッチとコラムホイールを採用した世界初の自動巻きクロノグラフムーブメントのひとつ、Cal.6139を発表した。Cal.6139は、操作感に優れるコラムホイールを搭載し、クロノグラフへの動力伝達をつかさどる垂直クラッチを実用化したことで、コンパクトで信頼性の高いムーブメントを実現していた。この構成は後に、自動巻きクロノグラフのひとつの標準となる優れたものだ。なお、高効率自動巻きを支えるセイコーの伝家の宝刀「マジックレバー」が、自動巻きとクロノグラフの両立に大きく貢献していたことも付記しておこう。
本作に搭載される機械式自動巻きクロノグラフムーブメントCal.8R48も同様に、コラムホイールと垂直クラッチ、マジックレバーを搭載している。本作は、歴史の上に立っているクロノグラフウォッチと言えよう。
初登場から50年以上経った自動巻きクロノグラフはどれほど進化したのだろうか。2008年発表のCal.8R28より、すべてのクロノグラフカウンターが瞬時にゼロリセットするセイコー独自の三叉ハンマーが採用されている。また、3針ムーブメントの6R系よりもハイビートな2万8800振動/時となっていることで、より精密なクロノグラフでの計測を可能としている。筆者が所有するCal.6139搭載機と比べると操作性も改良されており、わずかな遊びの後にショートストロークで明確なクリック感を伴ったスタート/ストップとリセットを実現している。
わざわざ機械式クロノグラフを購入する動機とは何だろうか
クロノグラフムーブメントは、どう頑張っても部品点数やスケールメリットの差によって3針ムーブメントより高コストとなる。しかし、セイコーは機械式を製造し続けており、本作のようにラインナップを維持できるだけの市場規模がそこに存在していると言える。
では何が、本作のような機械式クロノグラフを購入する動機となるのだろうか。
筆者は古典的な機器を好み、マニュアルトランスミッション車に乗り、エンジニアとして計測器に触れる機会が多い立場にある。そんな筆者が周囲を見渡しても、本作のような針式かつ緻密な表示系を備えた機器は絶滅してしまっている。
本作は、このような時代においても古風な計測器のスタイルを守っている。本作の魅力はここにある。デジタル表示と違って針先の位置を読み取る必要があるなど慣れが必要となるが、一方で本作は、針が一定の角速度で回転し、その積分によって経過時間を割り出すという測時装置の原理そのままの姿をしている。その性能を高めるため、針先が指し示す位置を明確にするべくクロノグラフ秒針を細く鋭く作り、先端をわずかに曲げつつオレンジに染めて視認性を高め、緻密に描いたスケールの上に針先がピタッと止まる正確さが与えられている。
さらに、針の動きを制御するのは一定周期で往復運動をするテンプであり、その動きを歯車が伝達、機構の作動と停止はコラムホイールやレバー類、クラッチを組み合わせることによって機能が実現されている。
機械式クロノグラフは、このような機械要素と表示系の集合体によって、測時装置の原理そのままの形で成立している。筆者はそれらの機械要素の関連性を想像しつつプッシャースイッチを操作し、その操作感を指先で感じながら(そしてニヤニヤしながら)時間の測定をしていた。これがおそらく、機械式クロノグラフの楽しさであり、購入動機のひとつとなるのではなかろうか。
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