ハミルトンが2023年秋に発売した「カーキ フィールド エクスペディション」。既存の「カーキ フィールド」コレクションとは大きく異なる佇まいは、その出自であるミリタリーウォッチとしてのイメージを覆すものであった。より現代的な、“アドベンチャーウォッチ”として誕生した本作の魅力を解き明かしてみよう。
アドベンチャーウォッチとして登場した、カーキ フィールド エクスペディション。防水性を高めたケースやコンパスベゼルなど、冒険を強力にサポートする機能を備えている。自動巻き(Cal.H-10)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径41mm、厚さ11.5mm)。10気圧防水。16万5000円(税込み)。直径37mm、厚さ10.45mmサイズのモデルも同時リリースされた。
Photographs by Masanori Yoshie
野島翼:取材・文
Text by Tsubasa Nojima
[2024年2月2日公開記事]
ハミルトンの歴史を体現する「カーキ フィールド」
1892年にアメリカのペンシルベニア州ランカスターで創業した老舗ブランド、ハミルトン。現在はスイスに本拠地を置き、スウォッチ グループの一員として、良質な腕時計を生産し続けている。そんなハミルトンの歴史は、人類社会の発展の歴史と密接に関わっている。
ハミルトンの歴史を今に伝えるミリタリーウォッチの民生機が、カーキ フィールド メカだ。ムーブメントは、オリジナルを踏襲した手巻き式。無駄をそぎ落したミニマルなデザインが魅力だ。手巻き(Cal.H-50)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径38mm、厚さ9.5mm)。5気圧防水。左、右:8万5800円(税込み)。中:9万6800円(税込み)。
創業当時は、アメリカの工業が目覚ましい発展を遂げた時期に重なる。それに伴って需要の高まりを見せたのが、鉄道による部品や製品の輸送だ。同社は列車の正確な運行を助ける高精度なポケットウォッチを生産し、鉄道網の拡大を支えた。
やがて航空産業が発達すると、同社のパイロットウォッチは、1918年に定期アメリカ郵便の公式時計に採用される。さらに、20世紀半ばにはエレクトロニクス技術の進化を受け、世界初の電池式腕時計「ベンチュラ」や、発光ダイオード式デジタルウォッチ「ハミルトン パルサー」を開発するなどの革新性を発揮した。
その輝かしい歴史の中において、一躍同社の時計の信頼性を知らしめることに寄与したのが、17年に始まるアメリカ軍のオフィシャルウォッチサプライヤーとしての活動だろう。過酷な戦場において高い精度を保ち続けるハミルトンの腕時計は、それまで採用されていたポケットウォッチから置き換わり、より戦術的な作戦の遂行を可能とした。
42年の第2次世界大戦中は、アメリカ軍に対し膨大な量の腕時計を供給するため、一般用時計の製造を一時中止。それから45年までの間で、腕時計やマリンクロノメーターを含む100万個以上の時計を納入した。驚くべきは、これほどの数にも関わらず、軍が要求する厳しい条件をクリアしたという点だ。これを含む数々の功績が評価され、同社はこれまでに、卓越した生産性を発揮した企業に贈られる「Army-Navy ‘E’ Award」を5回、受賞している。
そして、このミリタリーウォッチの歴史を反映させたのが、「カーキ フィールド」コレクションだ。その代表作は、オリジナルをほうふつさせる機械式手巻きモデルの「カーキ フィールド メカ」。機械式腕時計が再度注目を浴びつつあった80年代、イタリアで人気に火が付き、これまでに幾度ものアップデートを加えられてきたロングセラーモデルだ。現行機はヴィンテージ風のクリームカラーのスーパールミノバを採用し、約80時間のパワーリザーブを誇るムーブメントが搭載されている。
舞台は“ミリタリー”から“アドベンチャー”へ。新作「カーキ フィールド エクスペディション」
ハミルトンに限らず、ミリタリーウォッチは今なお根強い人気を誇るジャンルのひとつだ。戦場という極限の状況において、ユーザーに正確な時刻を知らせるという1点に特化したミリタリーウォッチは、無駄な装飾を削ぎ落しつつ、実用時計に要求される基本性能、すなわち視認性や判読性、堅牢性、防水性といった要素を必要十分な水準で備えている。そのストイックで筋肉質な佇まいが、計時装置としてあるべき姿を示し、愛好家の心をつかんで離さない。
そして2023年秋、ハミルトンはさらに進化した「カーキ フィールド エクスペディション」を発売した。本作が示すのは、ミリタリーウォッチからアドベンチャーウォッチへの昇華。簡素で武骨な印象は鳴りを潜め、アクティブシーンを共に駆け抜けてくれる、洗練されたスポーツウォッチへと生まれ変わった。
ダイアルのカラーバリエーションは、3種類用意されている。それぞれ、ブラック、ホワイト、ブルーだ。ブラックにはステンレススティールブレスレット、またはグリーンのレザーストラップが組み合わされ、ホワイトにはダークブラウン、ブルーにはライトブラウンのレザーストラップが装着されている。
加えて、ケースサイズは直径37mmと41mmの2種類がラインナップ。小ぶりな37mmケースは男性、女性問わず使いやすく、41mmケースはより優れた視認性を得ることができる。複数の選択肢の中から、好みに合った1本を選べるのはうれしいポイントだ。
ミリタリーのエッセンスを残しつつ、モダナイズされた外装
見どころいっぱいのカーキ フィールド エクスペディション。まずは、その外装に注目していきたい。デザインを一新したケースは、屈強なステンレススティール製。これまでのカーキ フィールドは、ケース側面からグッと傾斜を付けて絞ったラインによってつながる、長めのラグを有していた。しかし本作では、その傾斜を緩やかに、かつラグを短くすることで、より凝縮感のあるフォルムへと変更されている。これによって、より手首の上での収まりが良くなり、着用感が高まった。
ケースは、全体的にサテン仕上げで統一されている。既存の一部のモデルでは、ミリタリー感を強調したサンドブラスト仕上げが採用されているが、サテン仕上げの本作は、よりスタイリッシュな印象を持つ。
重厚感ある回転ベゼルを搭載しているにも関わらず、厚みが抑えられている点も評価したい。37mmケースでは厚さ10.45mm、41mmケースモデルは厚さ11.5mmと、堅牢性と取り回しやすさを両立させたサイズ感を持つ。冒険の中では、手元ばかりに気を取られるわけにはいかない。過度なボリュームのある時計は、手首への負担になるばかりか、岩場などに不意にぶつけ、腕時計を破損させてしまうことにもなりかねない。
デイト表示を廃したダイアルには、人気作「カーキ フィールド マーフ」を想起させるような、丸みを帯びたアラビア数字インデックスが並ぶ。24時間表記は省かれ、よりシンプルで洗練されたデザインにまとめられている。
明確に形状の異なるアロー型の時針とペンシル型の分針を組み合わせることで誤読を防ぎ、時分秒針と5分おきのミニッツマーカーには、暗所での視認性を高めるスーパールミノバが塗布されている。一瞥するだけで時刻を読み取ることができるダイアルは、紛れもなくミリタリーウォッチ譲りの特徴だ。
ステンレススティールブレスレットは、サテン仕上げで統一された3連タイプを採用する。ひとつひとつのコマに丸みを持たせることで可動域を確保し、滑らかな肌触りを実現している。肉厚のプレートで構成されるバックルは、剛性感も十分。プッシュボタンによって、素早く確実に開閉することができる。
より軽快な着用感を求めるユーザーには、レザーストラップが適しているだろう。肉厚なストラップとクラシカルなピンバックルが、屈強なケースをしっかりと支えてくれる。37mmケースと41mmケースのどちらも、ラグ幅はポピュラーな20mm。ハミルトンは、上品な型押しカーフレザーからNATOタイプ、ファブリックストラップなど、さまざまな素材とカラーのストラップを用意している。複数買いそろえれば、気分や着用シーンに合わせて付け替えを楽しむことが可能だ。
冒険向きに、タフネスをアップデート
本作がアドベンチャーウォッチたる大きな特徴が、同社初採用のコンパスベゼルだ。ベゼルの外周には滑り止めの溝が与えられ、適度なクリック感とともに、両方向に回転させることができる。
その使い方は簡単だ。まず、時計を水平に持ち、時針を太陽の方向へ向ける。次に、ベゼルを回転させ、12時と時針との中間に“S(南)”を合わせる。そのままベゼルを読み取れば、おおよその方位を知ることが可能だ。12時と時針との中間は、午前の場合はダイアル左半分、午後の場合はダイアルの右半分から取る。また、南半球にいる場合は、12時と時針の間を“N(北)”に合わせる必要がある。緯度や季節によって多少のズレが生じるものの、電池や特殊な装置を使うことなく、至ってアナログな方法で方位を知ることができる。
また、冒険には予期せぬトラブルもつきもの。急な悪天候に見舞われることもあるだろう。本作では、ねじ込み式リュウズによって、そんなシーンでもものともしない、10気圧防水を達成している。手巻き式のカーキ フィールド メカが5気圧防水であることを考えると、そこからの確実なスペックアップが感じられる要素だ。リュウズ自体は、高さを抑えつつもある程度の直径を確保しており、高い操作性を叶えてくれる。
Nivachron™製ヒゲゼンマイを採用した自動巻きムーブメントCal.H-10
本作に高い実用性をもたらしているのは、外装だけではない。内部に搭載された機械式自動巻きムーブメントCal.H-10は、優れた耐磁性と耐衝撃性、温度耐性を備えている。これらの性能を実現しているのは、スウォッチ グループ傘下のニヴァロックス社が開発した合金、Nivachron™を採用したヒゲゼンマイだ。
パワーリザーブは約80時間。主ゼンマイをフルに巻き上げておけば、3日間使用せずとも動き続けるため、複数の時計を使い分ける運用であっても、時計を止めずにサイクルを回すことができる。価格帯を考えると、そのスペックは驚異的だ。
Cal.H-10は、長年多くのブランドで採用されてきた、ETA社のCal.2824-2をベースとしている。ゆえに信頼性は抜群。ランニングコストも抑えられ、2024年1月現在の同社のコンプリートメンテナンスサービスの料金は税込みで3万3000円と、他社と比較しても手頃だ。機械式時計の最初の1本としてはもちろん、コレクターのデイリーウォッチとしても、長年の愛用に耐えうる選択だと言えるだろう。
さらに、本作はシースルーバックを採用しており、手首から外せば、このムーブメントをいつでも鑑賞することが可能である。主ゼンマイを巻き上げるための自動巻きローターや、精度をつかさどるテンプの動きは、眺めているうちに時間が経つのを忘れてしまうほど。極上の仕上げが与えられているわけではないが、この小さな機械体には、人類が時間という概念を可視化すべく尽力してきた歴史が詰まっているのだ。
「カーキ フィールド エクスペディション」があれば、どこへだって行ける。
ところで、“冒険”とは何だろうか。ベタなところでは、何が待ち受けているかも分からない未開の地や大自然に足を踏み入れるようなことを想像するかもしれない。しかしそれらは非日常であり、多くの人々にとっては縁の遠い体験のはずだ。
冒険とはもっと身近にあっても良いものではないだろうか。幼いころを思い返せば、例えば近所の空き地を駆け回ったことも、初めてひとりで電車に乗ったことも、“新しい何か”に触れることのすべてが冒険と言うべき体験であったように感じる。そしてそれは、大人になった今でも、きっと見つけることができるはずだ。
ちょっと早起きして、いつもとは違った空気の街並みを楽しむ。会社の帰りにいつものルートを外れ、これまで素通りしていた路地に入ってみる。休日は新しいアクティビティに挑戦してみる。ささいなことでも、そのひとつひとつが冒険であり、そこで巡り合う新しい何かは、いずれ自分自身を大きく変えてくれる可能性を秘めている。
あらゆるフィールドでの活動を助けてくれる、端正で見やすいダイアルと強化された防水性能。そしてコンパスベゼルが、あなたの進む道を指し示してくれるはずだ。
https://www.hamiltonwatch.com/ja-jp/khaki-field-expedition
https://www.webchronos.net/news/107593/
https://www.webchronos.net/features/106643/
https://www.webchronos.net/specification/100392/