ユリス・ナルダンの「マリーン トルピユール」を着用レビューする。革新的な機構や意匠によって時計市場で存在感を示してきたユリス・ナルダン。同ブランドが手掛ける「フリーク」や「ブラスト」と比べると、本作は“普通”の腕時計と思いきや、類まれな実力の持ち主であった。
Text and Photographs by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2024年2月19日公開記事]
ユリス・ナルダン「マリーン トルピユール」を着用レビュー
ユリス・ナルダンの歴史は、1846年に同名の時計職人がスイスのル・ロックルに工房を設立したことに始まる。創業当時、ニーズが高まっていた航海用のマリンクロノメーターの製造を開始し、以降、各国の海軍に高精度な製品を供給してきた。なお、日露戦争で大日本帝国海軍の連合艦隊旗艦を務めた戦艦「三笠」に、ユリス・ナルダンの製品が搭載されていた。マリンクロノメーターの製造によって優れた功績を残したユリス・ナルダンは、現在もブランドのロゴに錨を用いている。
この歴史を象徴するコレクションとして、かつて手掛けたマリンクロノメーターの意匠を引き継ぐ「マリーン」が展開されてきた。そして2017年、マリーンが現代的にリニューアルされて登場したのが「マリーン トルピユール」である。特に小径化、薄型化されたパッケージは、新時代のマリーンと言える。
自動巻き(Cal.UN-118)。50石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径42mm)。50m防水。144万1000円(税込み)。
トルピユール(torpilleur)はフランス語で、駆逐艦を意味する。ユリス・ナルダンは本コレクションを「不屈の船乗りたちへ向けた、軽量で、現代的なタイムピース」と位置付けた。小型で高速ゆえに敏捷な“トルピユール”の名を冠した本作は、コンパクトなパッケージを与えられ、かつ現代に求められる性能や機能を備える、傑出した実用時計というわけだ。一方で意匠はユリス・ナルダンの原点ともなるマリンクロノメーターを引き継いでおり、ユリス・ナルダンの伝統と革新のふたつが楽しめる1本に仕上がっている。
こういった歴史を感じさせるコンセプトや秀逸なデザインは、所有欲をくすぐるのに十分だ。とはいえユリス・ナルダンのホームページを見てもフリークやブラストが全面に押し出されており、マリーン トルピユールが目に留まりづらく、正直あまりチェックしてこなかった(特にフリークのインパクトと比べると“普通”の腕時計といったイメージが強まる)。しかし、今回本作を実際に手首に載せ、そして10日間にわたって着用したうえで、その実力の高さを思い知ったのである。
42mm径と思えない着用感
マリーン トルピユールを着用しようと思った時、手首回りのサイズが14.7cmの自分にとっては、大きすぎるだろうと予想していた。なぜなら本作のケース径は42mm。厚さは約11mmに抑えられているとはいえ、それほど太くない自分自身の手首回りにとって、“最適”とは思えず、未知のサイズ体験であった。
しかし、実際に手首に載せるとぴたっと収まり、その優れた着用感に驚かされた。もちろん直径は42mmあるので、リュウズが手の甲に当たるシーンはある。しかし、ラグが短く全長が抑えられているため、手首から大きくはみ出さないのだ。また、湾曲したケースによって手首への接触面積が増え、浮きが少ないことも優れた着用感に寄与しているだろう。
ブレスレットやバックルが薄く設計されていることも特筆すべき点だ。この部分が厚みを持っていると、デスクワークが多い自分自身にとってはついつい腕時計を外して作業したくなるものだ。また、コマのひとつひとつは大きいが、遊びが適切であるため、やはり快適だ。レビューした10日間、毎日14時間程度にわたって着用する中で違和感はほとんど感じず、毎日着けたい腕時計であった。
ユリス・ナルダンの原点とも言える意匠
ユリス・ナルダンの、マリンクロノメーターの名手としての歴史を感じさせる意匠も本作の魅力のひとつであろう。
12時位置のパワーリザーブインジケーター、6時位置の大型スモールセコンド、そしてローマ数字インデックスやカセドラル型の針といった意匠はユリス・ナルダンが手掛けていた古典的なマリンクロノメーターが落とし込まれている。もっとも、クラシックに寄りすぎておらず、濃いブルーに彩られた文字盤はサンレイ仕上げが施されており、本作に洗練を与えている。パワーリザーブインジケーターと、文字盤中央にあしらわれた“1846”の赤い印字がアクセントとなっていることと相まって、モダンな印象も持ち合わせているのだ。
ケースが大きいことに加えて、ベゼルが薄く文字盤も広いため、視認性は極めて良い。晴れた日の屋外でポリッシュに仕上げられたシルバーの針が文字盤に埋没することはあったが、腕時計を傾ければすぐに時刻を視認できたため、不便には感じなかった。
ケースはサイドがポリッシュ仕上げ、ラグ表面がサテン仕上げに。そしてブレスレットもセンターリンクがサテン仕上げ、サイドがポリッシュ仕上げと分けられている。貸し出し用のモデルであったため、ベゼルサイドのコインエッジ装飾の傷が少し気になった。自分自身で所有したら、打ち傷などには注意したい(もっとも、個人的にはしっかり使って傷の付いた個体は愛着が湧くのだが……)。
使って分かるCal.UN-118の実力の高さ!
搭載するムーブメントはユリス・ナルダンが開発した自動巻きCal.UN-118だ。シリコン製ヒゲゼンマイと、さらにダイヤモンシル(ダイヤモンドコーティングしたシリコン)脱進機を搭載している。腕時計のムーブメントにシリコンをいち早く採用し、そのノウハウを熟成させてきたユリス・ナルダンが誇る自社開発ムーブメントだ。
このムーブメントが、本作の実用性を押し上げ、所有への満足度をさらに高めてくれる。着用中に主ゼンマイの巻き上げがよくなされ、パワーリザーブインジケーターがほとんど減らなかったのだ。土曜日にしばらく着用せず、少し減った時もあったものの、また着用しているうちに巻き上がった。リュウズが大きく巻き心地が良いため、手動での主ゼンマイ巻き上げに難はないが、レビュー中はほとんど手動操作の必要がなかった。
さらに、このムーブメントはデイトの逆戻しができるのも特筆すべき点だ。誤って1日多くデイトを進めてしまった場合でも、すぐに戻せるのは手間が少ない。
購入前に実際に一定期間使うという機会はなかなかないだろうが、その実用性や機能性に触れると、いっそう本作の魅力を、そしてユリス・ナルダンのウォッチメイキングの真髄を感じられるだろう。
まずは手首に載せてみよう
ユリス・ナルダンのマリーン トルピユールを着用レビューした。本記事でも述べている通り、ユリス・ナルダンはフリークに代表されるような、独創性にあふれた機構や意匠が目立っており、実際にプロモーションでもこういった製品が全面に押し出されることが多い。そのため、マリーン トルピユールは大人しい印象となってしまうこともあろう。しかし本作は、ユリス・ナルダンの伝統と革新をともに楽しむことができ、さらに良好な装着感や高性能ムーブメントに代表される、極めて優れた実用性を備えており、同ブランドの178年のウォッチメイキングの実力を存分に味わえる1本と言えるだろう。
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