時計愛好家の生活 ビッグ@UlysseNardinFreakさん「集めるのはデザインに一癖あるモノが多いですね」

2025.04.28

最近、とみに注目を集めるユリス・ナルダン。「天文三部作」や「フリーク」といった複雑時計で知られている同社だが、近年は、ベーシックな自動巻きムーブメントCal.UN-118を載せたコレクションで、時計好きたちの心をつかみつつある。そんなユリス・ナルダンに一貫して愛を注いできたのが、中京圏在住のビッグ@UlysseNardinFreakさんだ。時計に興味を持ったのは6年前。しかし、時に辛口のコメントを交える彼が示すのは、正真の時計愛だ。

ビッグ@UlysseNardinFreakさん
中京圏在住。1994年生まれ。古着好きの両親に育った彼は、就職を機に時計に興味を持つようになった。ダイバーズウォッチでたまたまユリス・ナルダンに触れたことで、ナルダン愛を爆発させるようになった。ムーブメントで時計を選ばない、と語る彼だが、近年はムーブメントだけを買うようになった、とのこと。
奥田高文:写真
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text byMasayuki Hirota (Chronos Japan)
Edited by Chronos Japan (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]


「ユリス・ナルダンは不器用なところも今の煮え切らないところも好きです」

マリーン 1846

1本選ぶなら、ということで見せてくれたのは、2017年に製造された「マリーン 1846」(Ref.1183-900/E0)である。デザインは「マリンクロノメーター 1846」を思わせるが、搭載するムーブメントはETAの改良版ではなく、自社製のCal.UN-118だ。ワンショット生産の稀少なモデル。もっとも、ビッグさんはそのデザインに惹かれたとのこと。

 価格に比して質が高いことやユニークなストーリーが注目されて、時計愛好家の話題に上るようになってきたユリス・ナルダン。そんなユリス・ナルダンを偏愛しているのが、コレクターのビッグ@UlysseNardinFreakさん(以下ビッグさん)だ。何度かお会いして、彼の「ナルダン愛」には驚かされてきたが、その深さは想像以上だった。所有するユリス・ナルダンは、現行モデルが3本、アンティークは20本(個)以上、そして山のようなノベルティグッズ。

「なぜ時計にハマったのか、自分では分からないんですよ。ただ、凝り性な部分はあると思っています。でも新しく開拓するのは面倒くさいんですね。勧められたら買ってしまうし、付き合う店もひとつに決めてしまう。だから通っていた店が当時扱っていたナルダンにハマって集めてしまったんでしょうね。他の人に憧れたり、影響されたりではないです」

クラシコ ポール・デイヴィッド・ナルダン

ユリス・ナルダンの良さを「技術力があるのに見せないのがいい」と語るビッグさん。マリーン 1846を入手した後、彼が次に手にしたのが「クラシコ ポール・デイヴィッド・ナルダン」だった。発表は2017年。3針のスモールセコンドという地味なモデルだが、ムーブメントには自社製のCal.UN-320を採用する。注目を集めないが、完成度は高い。

ダイバー42mm

ユリス・ナルダンにハマるきっかけとなったのが「ダイバー42mm」(Ref.8163-175/93)だ。「腕乗りが良ければなんでもいい」と語るビッグさんが選んだだけあって、300m防水にもかかわらず、ケース厚は12mm強とかなり薄い。ムーブメントにはETA 2892にシリコン製の脱進機を加えたCal.UN-816を採用する。

 服好きだったビッグさんは、就職を機に時計に目覚めるようになった、という。

「父親が古着好きだったんです。その影響を受けて、私も服が好きになりました」。就職の際に良い時計、しかもアナログ針のモデルが欲しいと思ったビッグさんに、父親はハミルトンの「カーキオート」を勧めたという。こう言っちゃなんだが、アメカジ好きの御尊父はかなりセンスがいい。

 その後、就職したビッグさんは、本人の言葉を借りるならば「2年間は地味に過ごした」後、一転して、良い時計を探すようになったとのこと。「父親は堅い勤め人なんです。高い時計を買うなら『ロレックスはやめておけ』と言われましたね」。

ユリス・ナルダンのアンティークウォッチ

「手当たり次第に買っている」というナルダンのアンティーク。優れた懐中時計用のムーブメントを作っていたナルダンは、腕時計にはエボーシュを改良したムーブメントを搭載した。とはいえ、いずれも高度にモディファイされている。右は、フェルサのビディネーターを改良して載せたモデル。ストラップが付いていることが示すように、ビッグさんはこれらの腕時計を普段使いする。

ユリス・ナルダンの自社製ムーブメントCal.9を搭載したモデル

左は1930年代から40年代にかけて作られた、ユリス・ナルダンの自社製ムーブメントCal.9を搭載したモデル。ムーブメントは直径23.6mm、厚さ3.8mmの小さな機械だが、その設計は優れた懐中時計用を転用したものだ。中央と右はプゾーもしくはフォンテンメロン。写真のモデルを含めてストラップのほとんどは、東京・南青山のアンティークウォッチショップ「キュリオスキュリオ」製。ケースバックに「座布団」を噛ませているのは、汗で時計を傷めないための配慮である。

「ジャガー・ルクルトというブランドは知っていました。でも、まさか取り扱っている店舗が(当時)三重にあるとは思いませんでしたよ」。彼は津の名店・林時計鋪に足を運び、そこでジャガー・ルクルトの「レベルソ・クラシック・ミディアム・スモールセコンド」に出会ってしまった。ビッグさんがレベルソを見たのは春のこと。さんざん悩んだ彼は、12月にようやく手にしたという。

「レベルソは文字盤の配列やギミックなどに惹かれましたね。時計をムーブメントで買うことはないですが、調べて買うようにはしています」。ここから彼の沼は始まった。「レベルソの購入を悩んでいた期間には、セイコーのダイバーやオリエントのバンビーノを買いました」。セイコーのダイバーを入手した彼は、カーキオートを手放して、手巻きモデルに入れ替えた。

ユリス・ナルダンのアンティークウォッチ

「デザインの面白い時計が好き」と語るビッグさん。この3本は、1940年代から50年代に作られた、凝ったラグを持つモデルだ。一貫してオーセンティックなデザインを好んだ往年のナルダンだが、こういう例外も存在する。ステッチの細かいキュリオスキュリオのストラップは、この年代の時計にぴったりだ。なお、背景に見える当時の広告も、ビッグさんの私物である。

 もっとも念願のレベルソを手にしたものの、ラフに使える防水性がない。そこでビッグさんは普段使いできるようなダイバーズウォッチが欲しくなった。3年前のことである。まず検討したのは、ジャガー・ルクルトの「ポラリス」。しかし、文字盤がキラキラしていて、彼の好みではなかった。彼はさらに検討を続け、ロレックス、ブランパン、グラスヒュッテ・オリジナル、IWC、パネライ、そしてユリス・ナルダンが選択肢に残った。

 ビッグさんの好みによって「最終的に3つに絞りました。IWC、グラスヒュッテ・オリジナル、そしてナルダンですね」。厚くなくて、使い勝手が良く、キラキラしていない腕時計という条件で彼が選んだのは、ユリス・ナルダンのダイバーだった。薄いダイバーが欲しかったと語る彼にとって、このモデルはうってつけだったようだ。

ユリス・ナルダンの懐中時計

ユリス・ナルダンの知られざる傑作が、懐中時計である。17リーニュのCal.7やCal.8、19リーニュのCal.5などは、優れた精度を誇った。後に精工舎がこのムーブメントを模倣したのも納得である。このふたつは、おそらく日本土着の個体。右の個体は、当時のもと思われる箱が付属する。日本に輸入された多くのナルダン製懐中時計に共通して、どちらもニッケルケースである。

「裏蓋はネジ留めだからケースは薄いし、すり鉢状のベゼルや短いラグなどのおかげで、時計が薄く小さく見えるんです」。なるほど、時計選びの基準は明確だ。もっとも彼は、ムーブメントも生半な時計好きよりもずっと詳しい。「このモデルが載せているのは、自社製ムーブメントではないんです。当初はETAベースで、後にセリタに替わったと聞いていたので調べたら、このモデルはETAベースでした。でも脱進機はシリコン製です」。

 そのすぐ後、彼は林時計鋪で2017年に製作された「マリーン 1846」に出会ってしまった。ETA2895A2の改良版を載せた150周年記念モデルとそのレギュラー版である1846に見えるが、ムーブメントはなんと自社製のUN-118。まさか1846のデザインに、自社製ムーブメントを合わせたモデルが存在するとは知らなかった。「ワンショット製作なので、市場ではまず見かけないですね」。このレアモデルを選んだ理由が、やはり彼らしい。

たユリス・ナルダンのアンティークウォッチ

ビッグさんが初めて手にしたユリス・ナルダンのアンティークウォッチがこのモデルだ。おそらくは、プゾー330系を改良したムーブメントを載せた3針モデルである。裏蓋には「T.SHIRO D.SC.1961.11.25 AJINOMOTO CO., INC.」の刻印がある。理学博士に対して味の素が記念品として贈った時計か。決して高価ではないが、良質な実用時計として愛された、ナルダンらしい個体である。

「このモデルは、見返し(文字盤外周のリング)が斜めに入っているから、直径41mmにもかかわらず、コンパクトに見えるんですよ。レギュラーモデルなら買ってなかった」。見返しを斜めにするのは、往年の船舶用マリンクロノメーターに同じ。それでムーブメントがエボーシュの改良版ではなく、UN-118なのだから、これはナルダンファンにとっての聖槍ではないか。

「UN-118入りでマニアックな時計ですよね。ムーブメントもよく出来ていると思います。高精度で丈夫というナルダンらしい作りですしね。ベースムーブメントとして、これほど広く使えるものも少ないんじゃないでしょうか。ルートヴィヒ・エクスリン博士の築き上げたモノが崩れていない」。ここで終わるのかと思いきや、ビッグさんのナルダン愛は短期間でさらに加速することになる。

ユリス・ナルダンのアンティークウォッチ

ユリス・ナルダンならば幅広く集めるビッグさん。コレクションには女性用のモデルも含まれる。上のふたつは、1960年代から70年代と思われる手巻きモデル。おそらくは、プゾーを改良したムーブメントを搭載したものだ。下は20年代から30年代にかけて作られた個体。非常に小ぶりだが、ナルダンらしい優れたムーブメントを搭載する。「ヴィンテージものは、ブリッジの面取りや仕上げもきれいですね」とビッグさんは語る。なお、これらのモデルも彼は普段使いしている。

「林時計鋪にダマスコを買いに来たんですよ。ブラックコーティングケースのクロノグラフ『DC-86』が欲しかったんです。でも、そのタイミングで流れてしまったので、在庫のあった『クラシコ ポール・デイヴィッド・ナルダン』を買いました。マリンクロノメーターのひと月後ですね」

 筆者はいろんなコレクターに会ってきたが、ポール・デイヴィッドのオーナーは初めてだ。3針、スモールセコンドに日付表示を備える本作は、ユリス・ナルダンの中でも極め付きに地味な時計である。枯れたコレクターならさておき、ビッグさんは時計を買い始めてたった数年なのである。

ユリス・ナルダンのアンティークウォッチ

「2023年に揃えた」という、珍しいレクタンギュラーのモデル。ムーブメントはおそらくプゾー110系をナルダン向けに改良したもの。ビッグさん曰く「当時のナルダンは、腕時計用の自社ムーブメントも作れる技術力はあったと思います。しかし、腕時計に注力できなかったのでしょう」。いずれも、お馴染みの林時計鋪で修理したもの。これら以外にもパリス管タイプのプラチナケースを修理中とのこと。数を増やすよりもきちんと直して使うところにビッグさんのスタイルがある。

「ポール・デイヴィッドはエナメル文字盤を載せているモデルより値段が高いんですよ。しかも一番野暮ったいですよね。でも、ケースを含めて、このモデルの外装はすべて専用設計なんです」。ここまでくれば、病膏肓に入る、ではないか。

 ちなみに〝ナルダン沼〞に入る前、ビッグさんはヴィンテージウォッチも集めていたという。定番のオメガは分かるが、グリュエンやロードエルジンにも手を出したというから、これまた渋い。「古着が好きだから、古い時計に抵抗がないんです」。そんな彼が、ユリス・ナルダンのアンティークを集め出したのは当然だろう。

ユリス・ナルダンのアンティークウォッチ

アンティークの時計は、程度よりも心惹かれたモノを購入するとのこと。見つけるのは、主にヤフーオークションとメルカリだ。「時計の状態は見るけれども、それ以上に心惹かれたモノを選びます」という彼のスタンスを感じさせるのが、小ぶりな3つのユリス・ナルダンだ。なるほど、ビッグさんの好むフレンチミリタリーの古着とよくマッチする。個人的に惹かれたのが、右の手巻きモデル。ストラップのテイストも、腕時計とよく合っている。

「集めるのはデザインに一癖あるモノが多いですね。だから1970年代の女性用や、ラグが特徴的な時計に目が行ってしまいます。でも最近は、ムーブメントまで手を広げるようになり、初期の自社製ムーブメントが入ったナルダンの腕時計も買うようになりました。どんどん古くなって、今では30年代から40年代のモデルを集めています」。もっとも、服から時計に入った彼は、いわゆるコレクターとはマインドがちょっと違う。「ヴィンテージの時計も、仕事で使ってますよ。特に冬の時期は着けていますね」。短い期間でナルダンに熱中するようになったビッグさん。その距離感は面白い。

「ユリス・ナルダンは90年代の迷走期もいいですね。150周年で力を入れるようになったけど、2000年代後半からはっちゃけてしまった。この時代のモデルには惹かれないですね。今はいろんなブランドがはっちゃけたデザインの時計を作っているけど、昔のナルダンはやりすぎたんじゃないでしょうか。ただ、そういう不器用なところも、今の煮え切らないところも好きですよ」。好きなブランドを煮え切らない、と言い切れるのは、よほどの愛ではないか。他のブランドに目が向かなかったのか、という問いに対して、他の選択肢もあったかも、と漏らすビッグさん。しかし、やっぱり彼はナルダンの人だ。

ユリス・ナルダンのノベルティグッズ

ユリス・ナルダンを偏愛するビッグさんは、なんとノベルティグッズまで揃えるようになった。写真はそのごく一部である。写真の通り、時計を収納するボックスや書類ケースなどを多く持つ。真ん中に見えるのは、林時計鋪が取り扱っているNATOストラップ。いずれも、ビッグさんが実際に使っているものだ。左の写真は、1950年代製と覚しき手巻きのムーブメント。エボーシュに手を加えたものだが、穴石の形状が示す通り、かなり高級である。筆者の私見だが、ムーブメント単体を買うようになると、コレクターとしては(良い意味で)“終わり”である。

ユリス・ナルダンのピンバッジ

ユリス・ナルダンのピンバッジ。左上のモノはしばしば見かけるが、右のバッジはかなり珍しい。

「ナルダンって腕に着けるまでの選択肢に挙がらないでしょう。だいたいIWCやオメガに流れてしまう。でもここ数年で認知が上がり、ナルダンを選ぶ人は増えてきましたよね。ナルダンはロレックスになって欲しいとは思わない。でも、ジャガー・ルクルトやIWCにはなって欲しいですよね」

 一通りナルダン愛を語った後、ビッグさんは林時計鋪のカウンター越しにずっと話し込んでいる。「天文三部作は行きたいし、フリークもいいですね。1990年代後半のワンプッシュクロノもデュアルタイムも欲しいです。今、林さんに、委託でナルダンの『デュアルタイム』が売りに出てるんですよ。エナメル文字盤付きの。正直、今はデュアルタイムで頭がいっぱいです。金策をどうしようかなあ」。

『HISTORY IN TIME』

ビッグさんはユリス・ナルダンに関する書籍も所有する。右は天文三部作について記したカタログ。左は、ユリス・ナルダン創業150周年記念に発行された公式本の『HISTORY IN TIME』である。パスカル・ブラントと、なんとルートヴィヒ・エクスリン博士の共著。以降、ユリス・ナルダンはさまざまな本を発行するが、当事者が手掛けたのはこの一冊のみだろう。なお、この本の前所有者も、実は著名な時計関係者である。


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