最近、とみに注目を集めるユリス・ナルダン。「天文三部作」や「フリーク」といった複雑時計で知られている同社だが、近年は、ベーシックな自動巻きムーブメントCal.UN-118を載せたコレクションで、時計好きたちの心をつかみつつある。そんなユリス・ナルダンに一貫して愛を注いできたのが、中京圏在住のビッグ@UlysseNardinFreakさんだ。時計に興味を持ったのは6年前。しかし、時に辛口のコメントを交える彼が示すのは、正真の時計愛だ。

中京圏在住。1994年生まれ。古着好きの両親に育った彼は、就職を機に時計に興味を持つようになった。ダイバーズウォッチでたまたまユリス・ナルダンに触れたことで、ナルダン愛を爆発させるようになった。ムーブメントで時計を選ばない、と語る彼だが、近年はムーブメントだけを買うようになった、とのこと。
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text byMasayuki Hirota (Chronos Japan)
Edited by Chronos Japan (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]
「ユリス・ナルダンは不器用なところも今の煮え切らないところも好きです」

価格に比して質が高いことやユニークなストーリーが注目されて、時計愛好家の話題に上るようになってきたユリス・ナルダン。そんなユリス・ナルダンを偏愛しているのが、コレクターのビッグ@UlysseNardinFreakさん(以下ビッグさん)だ。何度かお会いして、彼の「ナルダン愛」には驚かされてきたが、その深さは想像以上だった。所有するユリス・ナルダンは、現行モデルが3本、アンティークは20本(個)以上、そして山のようなノベルティグッズ。
「なぜ時計にハマったのか、自分では分からないんですよ。ただ、凝り性な部分はあると思っています。でも新しく開拓するのは面倒くさいんですね。勧められたら買ってしまうし、付き合う店もひとつに決めてしまう。だから通っていた店が当時扱っていたナルダンにハマって集めてしまったんでしょうね。他の人に憧れたり、影響されたりではないです」


服好きだったビッグさんは、就職を機に時計に目覚めるようになった、という。
「父親が古着好きだったんです。その影響を受けて、私も服が好きになりました」。就職の際に良い時計、しかもアナログ針のモデルが欲しいと思ったビッグさんに、父親はハミルトンの「カーキオート」を勧めたという。こう言っちゃなんだが、アメカジ好きの御尊父はかなりセンスがいい。
その後、就職したビッグさんは、本人の言葉を借りるならば「2年間は地味に過ごした」後、一転して、良い時計を探すようになったとのこと。「父親は堅い勤め人なんです。高い時計を買うなら『ロレックスはやめておけ』と言われましたね」。
「ジャガー・ルクルトというブランドは知っていました。でも、まさか取り扱っている店舗が(当時)三重にあるとは思いませんでしたよ」。彼は津の名店・林時計鋪に足を運び、そこでジャガー・ルクルトの「レベルソ・クラシック・ミディアム・スモールセコンド」に出会ってしまった。ビッグさんがレベルソを見たのは春のこと。さんざん悩んだ彼は、12月にようやく手にしたという。
「レベルソは文字盤の配列やギミックなどに惹かれましたね。時計をムーブメントで買うことはないですが、調べて買うようにはしています」。ここから彼の沼は始まった。「レベルソの購入を悩んでいた期間には、セイコーのダイバーやオリエントのバンビーノを買いました」。セイコーのダイバーを入手した彼は、カーキオートを手放して、手巻きモデルに入れ替えた。

もっとも念願のレベルソを手にしたものの、ラフに使える防水性がない。そこでビッグさんは普段使いできるようなダイバーズウォッチが欲しくなった。3年前のことである。まず検討したのは、ジャガー・ルクルトの「ポラリス」。しかし、文字盤がキラキラしていて、彼の好みではなかった。彼はさらに検討を続け、ロレックス、ブランパン、グラスヒュッテ・オリジナル、IWC、パネライ、そしてユリス・ナルダンが選択肢に残った。
ビッグさんの好みによって「最終的に3つに絞りました。IWC、グラスヒュッテ・オリジナル、そしてナルダンですね」。厚くなくて、使い勝手が良く、キラキラしていない腕時計という条件で彼が選んだのは、ユリス・ナルダンのダイバーだった。薄いダイバーが欲しかったと語る彼にとって、このモデルはうってつけだったようだ。
「裏蓋はネジ留めだからケースは薄いし、すり鉢状のベゼルや短いラグなどのおかげで、時計が薄く小さく見えるんです」。なるほど、時計選びの基準は明確だ。もっとも彼は、ムーブメントも生半な時計好きよりもずっと詳しい。「このモデルが載せているのは、自社製ムーブメントではないんです。当初はETAベースで、後にセリタに替わったと聞いていたので調べたら、このモデルはETAベースでした。でも脱進機はシリコン製です」。
そのすぐ後、彼は林時計鋪で2017年に製作された「マリーン 1846」に出会ってしまった。ETA2895A2の改良版を載せた150周年記念モデルとそのレギュラー版である1846に見えるが、ムーブメントはなんと自社製のUN-118。まさか1846のデザインに、自社製ムーブメントを合わせたモデルが存在するとは知らなかった。「ワンショット製作なので、市場ではまず見かけないですね」。このレアモデルを選んだ理由が、やはり彼らしい。
「このモデルは、見返し(文字盤外周のリング)が斜めに入っているから、直径41mmにもかかわらず、コンパクトに見えるんですよ。レギュラーモデルなら買ってなかった」。見返しを斜めにするのは、往年の船舶用マリンクロノメーターに同じ。それでムーブメントがエボーシュの改良版ではなく、UN-118なのだから、これはナルダンファンにとっての聖槍ではないか。
「UN-118入りでマニアックな時計ですよね。ムーブメントもよく出来ていると思います。高精度で丈夫というナルダンらしい作りですしね。ベースムーブメントとして、これほど広く使えるものも少ないんじゃないでしょうか。ルートヴィヒ・エクスリン博士の築き上げたモノが崩れていない」。ここで終わるのかと思いきや、ビッグさんのナルダン愛は短期間でさらに加速することになる。

「林時計鋪にダマスコを買いに来たんですよ。ブラックコーティングケースのクロノグラフ『DC-86』が欲しかったんです。でも、そのタイミングで流れてしまったので、在庫のあった『クラシコ ポール・デイヴィッド・ナルダン』を買いました。マリンクロノメーターのひと月後ですね」
筆者はいろんなコレクターに会ってきたが、ポール・デイヴィッドのオーナーは初めてだ。3針、スモールセコンドに日付表示を備える本作は、ユリス・ナルダンの中でも極め付きに地味な時計である。枯れたコレクターならさておき、ビッグさんは時計を買い始めてたった数年なのである。

「ポール・デイヴィッドはエナメル文字盤を載せているモデルより値段が高いんですよ。しかも一番野暮ったいですよね。でも、ケースを含めて、このモデルの外装はすべて専用設計なんです」。ここまでくれば、病膏肓に入る、ではないか。
ちなみに〝ナルダン沼〞に入る前、ビッグさんはヴィンテージウォッチも集めていたという。定番のオメガは分かるが、グリュエンやロードエルジンにも手を出したというから、これまた渋い。「古着が好きだから、古い時計に抵抗がないんです」。そんな彼が、ユリス・ナルダンのアンティークを集め出したのは当然だろう。
「集めるのはデザインに一癖あるモノが多いですね。だから1970年代の女性用や、ラグが特徴的な時計に目が行ってしまいます。でも最近は、ムーブメントまで手を広げるようになり、初期の自社製ムーブメントが入ったナルダンの腕時計も買うようになりました。どんどん古くなって、今では30年代から40年代のモデルを集めています」。もっとも、服から時計に入った彼は、いわゆるコレクターとはマインドがちょっと違う。「ヴィンテージの時計も、仕事で使ってますよ。特に冬の時期は着けていますね」。短い期間でナルダンに熱中するようになったビッグさん。その距離感は面白い。
「ユリス・ナルダンは90年代の迷走期もいいですね。150周年で力を入れるようになったけど、2000年代後半からはっちゃけてしまった。この時代のモデルには惹かれないですね。今はいろんなブランドがはっちゃけたデザインの時計を作っているけど、昔のナルダンはやりすぎたんじゃないでしょうか。ただ、そういう不器用なところも、今の煮え切らないところも好きですよ」。好きなブランドを煮え切らない、と言い切れるのは、よほどの愛ではないか。他のブランドに目が向かなかったのか、という問いに対して、他の選択肢もあったかも、と漏らすビッグさん。しかし、やっぱり彼はナルダンの人だ。

「ナルダンって腕に着けるまでの選択肢に挙がらないでしょう。だいたいIWCやオメガに流れてしまう。でもここ数年で認知が上がり、ナルダンを選ぶ人は増えてきましたよね。ナルダンはロレックスになって欲しいとは思わない。でも、ジャガー・ルクルトやIWCにはなって欲しいですよね」
一通りナルダン愛を語った後、ビッグさんは林時計鋪のカウンター越しにずっと話し込んでいる。「天文三部作は行きたいし、フリークもいいですね。1990年代後半のワンプッシュクロノもデュアルタイムも欲しいです。今、林さんに、委託でナルダンの『デュアルタイム』が売りに出てるんですよ。エナメル文字盤付きの。正直、今はデュアルタイムで頭がいっぱいです。金策をどうしようかなあ」。