昔のジャガー・ルクルト好きならば、彼の名前を聞いたことがあるに違いない。レベルソ好きさんは、2002年以降、時計の中でも、とりわけジャガー・ルクルトの蒐集と研究を続けてきた愛好家である。しかし、そんな彼は、実のところ他の時計にも目線を向けてきた。そんなレベルソ好きさんに、20年に及ぶ趣味の歴史を語ってもらおう。
大手企業に勤めるビジネスパーソン。結納返しで手にしたチューダーをきっかけに時計にのめり込むようになる。20年変わらぬハンドルネームが示す通り、日本を代表するジャガー・ルクルトコレクターのひとり。その情熱は、かつてのジャガー・ルクルト日本代表のアレクシ・ドゥ・ラポルトにも会い、親交を深めるほどだ。
Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2021年3月号掲載記事]
「ジャガー・ルクルトはスイスの源流。同社を知ることは、ジュウ渓谷の時計産業を知ることだと思います」
今回の時計愛好家特集には旧友のひとりにもご登場願おう。ジャガー・ルクルトのコレクターおよび研究者としては、日本屈指のひとりであるレベルソ好きさんだ。彼と会ったのは約20年前のこと。以降の彼がどんな時計を手にしてきたのかは断片的に聞いて来たし、見もした。しかし、その豊かなコレクションの全貌は、よく分からなかった。であれば、彼のコレクションを眺めつつ、「私たち」の時計人生を回顧してもいいだろう。
「大学の時は機械工学を、修士課程でも精密加工を学んでいました。だから機械物には昔から親しんでいたんです。ちゃんとした機械式時計を買ったのは1996年です。社会人になった後、結婚して、結納返しでチューダーのサブマリーナーを手にしたのが始まり」。ロレックスではなく、いきなりチューダーというのが渋い。「その次に買ったのは、いわゆる『バラチュー』ですね。これでいいと思ったけど、その後、大沢商会の展示会でビデオを見たんです」。彼が見たのは当時、大沢商会が輸入してたゼニス「エル・プリメロ」のビデオだった。毎秒10振動を強調したビデオを見た彼は、エル・プリメロを手にすることになる。
「変わった時計に目が行くのは、自分の性格だと思うんですよ。それにロレックスを買ったら趣味はおしまいだ、と昔からなんとなく思っていました」
その後、ノモスの「ラドヴィック」を買った彼は当然、百貨店の担当者に顔と名前を覚えられる。レベルソ好きさんが次に勧められたのは、その百貨店担当者が愛用していたジャガー・ルクルトの「レベルソ・サン&ムーン」だった。
「サン&ムーンの載せている823はヤバいでしょう。(ベースとなった)822はテンプに意味のないチラネジが付いていた。あれで悩殺されましたね」。ちなみに彼は、ジャガー・ルクルトの中でも手巻きのレベルソに載っている822の大ファンだ。
「もともとのムーブメントは818。60周年の『レベルソ・ソワサンティエム』の機械が6振動となって822に変化した。息の長いムーブメントだと思いませんか?」
レベルソに魅せられた彼は、立て続けに「レベルソ・メモリー」「レベルソ・グランスポール」を手にした。彼の凝り性は、時計という趣味を加速させただけでなく、彼の社会的立場も高めていった。
「時計趣味が加速したのは2ちゃんねると、そこから分離した時計掲示板の@Unitas以降でしょうね。あの時代はいわゆる『賢人』(時計に詳しい人たちをそう呼んでいた)たちと絡んだし、面白い時計もいろいろ話題に上った」。話題の中心は国産やスポーツウォッチではなく、いわゆるムーブメントの良い時計。「あの時代にはジャガー・ルクルトのジオマティックやオーデマ ピゲのVZSS等を譲ってもらいましたね」。その後、彼がハマったのは多くの時計仲間と同じで、ヘンチェルやベンツィンガーといった「地に足のついた独立系」の時計だった。確かに凄い時計は持っているが、彼の時計選びのスタンスは昔から一貫している。安定感があり良質で、でもちょっとひねくれた時計だ。
「50歳を過ぎて思うんですよ。パテックフィリップのグランドコンプリケーションが良いのは分かっている。F.P. ジュルヌもそうですね。でも俺の時計じゃないなって。だったらジャガー・ルクルトを使っているほうが楽しい」。ジャガー・ルクルトへの愛情を深めた彼は、一時期すべてのジャガー・ルクルト製ムーブメントを集めようと思ったそうだ。それは断念したものの、以降の彼は、ジャガー・ルクルトの蒐集に没頭するようになる。
「ジャガー・ルクルトってメインストリームではないけど、スイスの源流でしょう。ジャガー・ルクルトを知ることはジュウ渓谷の時計産業を知ることだと思っています」
手巻きクロノメーターの「ジオフィジック」のステンレススティールモデルを買った後は18KゴールドモデルをeBayで落札。続いてヴァシュロン・コンスタンタンの「クロノメーター・ロワイヤル」を購入。
そんな彼は当然、ジャガー・ルクルト製ムーブメントの入った傑作も手にするようになる。まずは直径35mmのオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」。そしてオーデマ ピゲの2120こと、ジャガー・ルクルト920を載せた初代「ロイヤル オーク」。今でこそ値は上がったが、当時はオリジナルのロイヤル オークは、そんなに値の張るものではなかった。選んだ理由が振るっている。
「ジャガー・ルクルトの920は何が何でも欲しかったんですよ。となると、920改(28-255)を載せたパテック フィリップの『ジャンボ エリプス』か初代ロイヤル オークしかなかった」。本誌でも再三書いてきた通り、彼が言う920は、自動巻きムーブメントを代表する傑作だ。ロイヤルオークだからではなく、920だから欲しいというのは、いかにも彼らしい。
ジャガー・ルクルト(とそのムーブメント)の蒐集と研究が深まるにつれて、彼は他の時計にも目を向けるようになる。しかし、いわゆる3大メーカーに向かうのではなく、より自由になったのは面白い。
まず手を出したのは国産時計。セイコーのダイバーズウォッチに感心したレベルソ好きさんは、ロードマーベルや初代グランドセイコーを買うようになった。長年にわたって時計を見てきた彼の国産アンティーク時計に対する評価は極めて的確だ。「この時代の日本の時計って、基本的に海外製品の模倣じゃないですか。でも持てる技術をすべて投じて、徹底してやっている。よくまとまっているのは、海外の時計をちゃんと見ていたからでしょう」。
続いて彼は、変わった時計にも魅せられつつある。「1970年代以降の、出来が悪くなる時代の時計も好きなんですよ。またこの時代の『アホデザイン』も好きですね。エリプスの出来は悪くないけど、今エリプスを買いたい自分が面白い」。
彼はジャガー・ルクルトのファンであるが、精度はあまり気にしていない。また、定番の「マスター・コントロール」や「ビッグ・レベルソ」はもちろん、アラーム付きの「メモボックス」も所有していない。彼は正真のジャガー・ルクルト蒐集家だが、自分が本当に好きなモノにのみ忠実であり続けたのである。一見まとまりがなさそうなコレクションに共通するのは、彼の変わらぬ「好き」である。そして、時計の多くは、人とのつながりの中で集まってきた。
レベルソ好きさんは語る。「時計って、モノよりもそれを取り巻く人との付き合いが面白いんですよ。趣味の世界であれば、どんな人とも対等に話せるでしょう。そういう機会って滅多にないことだと思っています。大事なのは楽しくやることとプロセスを楽しむこと。楽しんでいれば時計は勝手に集まってくると思います」。
かつて、フランスの著名な美食家であるブリア=サヴァランは「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言い当ててみせよう」と記した。時計も同じである。どんな時計を持っているかで、その人の歩みは分かる、と筆者は感じている。20年をかけて、自分の好きを突き詰めてきたレベルソ好きさん。そのコレクションが語る彼の時計人生は、途方もなく深遠だ。
https://www.webchronos.net/features/69456/
https://www.webchronos.net/features/109249/
https://www.webchronos.net/features/109487/