“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<インデックス編>

2024.03.29

SNSや本誌を含む時計関連の媒体を見ると 常に新しく、魅力的なモデルが掲載されている。しかし、時計のニュースが増える一方で、なぜその時計が良いのか、という情報は相変わらず乏しい。では、何が理由で、その時計を良く感じたのか?今回は、本誌でも人気を集める「時計の見方ABC」をもう少し広げ、よりディープに時計を見られるトピックとともにお届けしたい。

“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<ダイアル編>

https://www.webchronos.net/features/110623/
奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
野島翼、佐藤しんいち、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Tsubasa Nojima, Shin-ichi Sato, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]


アプライドインデックス

 別部品のインデックスをアプライドインデックスという。通常は2本の脚で固定するため、大きく重いインデックスを載せられる。また、別部品のため、文字盤に凝った仕上げを加えやすい。ただし一般的に、アプライドを採用できるのは、金属製のプレーンな文字盤に限られる。価格を問わず、密着度の高いものが良いものとされる。

エボシューリョン9 コレクション クロノグラフ GMT SBGC251

今や多くのメーカーが採用する、多面体のインデックス。先駆けとなったのはグランドセイコーだ。本作もダイヤモンドカッターで複数の面に、完全な平面を与えている。注目すべきは12時位置の太いインデックスだ。ショックでも外れないよう、文字盤に差し込んだインデックスの脚をプレスで押しつけ、接着剤で固定している。

 文字盤の表情を決めるインデックス。最も標準的なのは別部品を貼り付けたアプライドである。ダイヤモンドカッターによる多面カットで、明快な個性を打ち出したのはグランドセイコーだ。もっとも、面の数が増えるほど歩留まりは悪くなる。また、面が広くなるほどビビりが出てやはり歩留まりは悪い。ハイエンドの「エボリューション9」コレクションは高価格を反映して、かなり凝ったアプライドインデックスを持っている。

 対して、プレスで文字盤ごと一体成型したのが、エンボスインデックスだ。インデックスが別部品でないため、ショックを受けても外れることはない。日本製のダイバーズウォッチが好む理由である。ただし、インデックスごと文字盤をプレスで打ち抜くため、この文字盤は下地に繊細な処理を加えるのが難しい。ふたつを両立させた試みには、セイコーのダイバーズウォッチがある。

エボシューリョン9 コレクション クロノグラフ GMT SBGC251

グランドセイコー「エボシューリョン9 コレクション クロノグラフ GMT SBGC251」
GMT表示とクロノグラフを搭載した多機能モデル。ダイアルの3時位置側に集中したデイト表示や積算計は、袖口からでも簡単に確認できるよう配慮されたレイアウトだ。表示の多いダイアルでありながら、太くはっきりとした針とインデックスによって、抜群の視認性がもたらされている。自動巻きスプリングドライブ(Cal.9R86)。50石。パワーリザーブ約72時間。Tiケース(直径45.3mm、厚さ15.8mm)。10気圧防水。151万8000円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617

 質の良し悪しが分かりやすいのがプリントインデックスだ。印字の周囲にビビりがなく、色のりが均一であること。加えて印字の凹凸が少なければなお望ましい。好例はカルティエだろう。

 そんな同社は、2023年にステッカーを使ったインデックスを採用するようになった。安価な価格帯では存在したが、高価格帯の時計では極めて珍しい。あえて選んだ理由は、メタリックな仕上げを与えるため。今までは、こういった仕上げを施す場合、貴金属の粒子を塗料に混ぜていた。しかし粒子が細かすぎるとメタル感は損なわれ、逆に粗すぎると高級感に欠ける。メタルで成形したインデックスをステッカーとして貼り付けることで、本作は望ましい仕上がりを得た。

オーデマ ピゲのインデックス

幅の狭いバーインデックスも、アプライドにすれば厚みを持たせやすい。繊細さと視認性を高度に両立させたのが本作。一見クラシカルだが、ダイヤモンドカッターで4つの平滑面を施し、造形をモダンに見せている。また、インデックスの上面に夜光塗料を充填することで、シチュエーションを問わず使えるようにした。
年次カレンダー ムーンフェイズ 4947/1A

一見地味だが、極めて良質なのがパテック フィリップのアプライドだ。写真の「年次カレンダー ムーンフェイズ 4947/1A」が示すとおり、表面は平滑ではなく、あえて立体的に仕上げられている。バーインデックスではなく、こういう形のものを歪みなく磨き上げるのは難しい。また、インデックスは文字盤に対して極めて密に固定されている。


エンボスインデックス

 別部品のアプライドと異なり、ベースとインデックスをプレスで一体成型するのがエンボスインデックスだ。レトロ感が出せるほか、強い衝撃を受けるスポーツウォッチにも向く。しかし、プレスの技術が必要なため、採用できるメーカーは限られる。価格を問わず、インデックスの周囲に歪みがないものが良質だ。

プロスペックス 1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン GMT SBEJ009

エンボスインデックスが好んで使われるのは、主に日本製のダイバーズウォッチだ。インデックスの外周まで仕上げられた文字盤は、一体成型のエンボスとは思えない。また、アプライドに比べて高さを出しにくいため、夜光塗料をはみ出すギリギリまで充填し、容積を稼いでいる。アプライドインデックスの傑作だ。
プロスペックス 1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン GMT SBEJ009

セイコー「プロスペックス 1968 メカニカルダイバーズ 現代デザイン GMT SBEJ009」
1968年の同社製ダイバーズウォッチのデザインを踏襲した、マッシブなケースラインと4時位置のリュウズが特徴。落ち着いたグリーンの発色を持つベゼルインサートには、耐傷性に優れるセラミックスを採用している。搭載するCal.6R54は、GMT機能に加え、約3日間のロングパワーリザーブを誇る。自動巻き(Cal.6R54)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.9mm)。200m防水。20万9000円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室 Tel.0120-061-012


プリントインデックス

 アプライドに並ぶ時計業界の標準が、転写によるプリントインデックスだ。理想的なのは表面張力で盛り上がったもの。ただし一部のパテック フィリップのように、あえて極端に薄いものもある。質を判断しやすいのは、暗色の地に、明るいインデックスを載せたもの。色のりが良く、表面の凹凸の少ないものがベストだ。

サントス ドゥ カルティエ

今も昔も、カルティエのプリントインデックスは完成度が高い。光をかざすと立体的に見えるのは、粘度の高い塗料を表面張力であふれるぐらい盛り、乾燥に時間を掛けるから。一方、粘度の低い塗料を使うと、表面に凹凸が出やすくなる。また、盛り上がっているにもかかわらず、インデックスの外周にビビりは見られない。
サントス ドゥ カルティエ

Vincent Wulveryck © Cartier
カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」
エレガントなダイアルと、控えめなリュウズガードを備えるスポーティなケースを組み合わせた、汎用性の高さが魅力。ブレスレットには、ワンタッチで脱着できるクイックスイッチと、簡単に長さ調整が可能なスマートリンクシステムを搭載する。自動巻き(Cal.1847 MC)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(縦47.5mm×横39.8mm、厚さ9.38mm)。10気圧防水。117万4800円(税込み)。(問)カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00

F.P.ジュルヌ

いわゆる「切れのある印字」の好例。明るい印字は下地が透けやすいため、濃い文字盤に載せる場合は、何度も重ねる必要がある。粘度の高い塗料を重ねると、どうしても周囲にビビりが出る。本作は、適度な厚みを持つだけでなく、ビビりも全くない。その非凡な仕上がりは、レイルウェイトラックの細い線からもうかがえる。


ステッカーインデックス

 電気鋳造で成形したインデックスを使ったもの。固定方法は接着である。かつては安価な時計に見られたが、厚みが増し、盛り上がったような表面を持てるため、今や高級メーカーもロゴなどに使うようになった。金や銀色のロゴで、粒子感のないものがそれに該当する。加えてここ数年は、インデックスへの採用例も増えてきた。

タンク フランセーズ

一見プリントインデックスに見えるのが、カルティエのステッカーインデックスだ。近年の電鋳製インデックスは、表面張力で張ったようなニュアンスを持てるようになった。本作はその利点を強調すべく、立体的でメタリックなインデックスを採用した。下地に筋目を施したのは、見た目のためだけでなく、食いつきを良くするため。
タンク フランセーズ

Antoine Pividori © Cartier
カルティエ「タンク フランセーズ」
1996年に発表されたタンク フランセーズが、遂にリニューアル。リュウズを半ばケースに埋め込み、外装をサテン仕上げ基調とすることで、ケースとブレスレットが織り成す一体感を一層高めている。ローマンインデックスは、プリントではなくアプライド仕様を採用。印象を大きく変えることなくアップデートに成功している。自動巻き。SSケース(縦36.7mm×横30.5mm、厚さ10.1mm)。日常生活防水。86万9000円(税込み)。(問)カルティエ カスタマー サービスセンター Tel.0120-1847-00


夜光

 今や夜光塗料の標準となったのがスーパールミノバ(SLN)である。これは長らく使われていた自発光塗料のトリチウムと異なり、外部からの紫外線を吸収して光る蓄光塗料のこと。日本の根本特殊化学が完成させたルミノーバ(N夜光)を、スイスのRC トライテック社が「スーパールミノバ」という名称で生産するようになった。

ルミノール マリーナ クアランタ

一貫して視認性を重視してきたパネライは、その時点で一番優れたスーパールミノバを採用してきた。写真のクアランタもそのひとつ。見た目は昔のルミノールに同じだが、夜光塗料には最もグレードの高いX1を採用する。顔料はBGW9。X1グレードは、標準グレードに比べて、2時間後の残光量が60%も多い。

 スイスの時計メーカーが採用する夜光塗料は名称こそ違えど、基本的にはほぼすべてがスーパールミノバだ。崩壊しながら発光するトリチウムと異なり、スーパールミノバは外部の紫外線で発光する。つまりトリチウムのような毒性がない上、長期間使用しても理論上は劣化しない。また素材がアルミン酸ストロンチウムであるため、強い衝撃を受けても割れにくい。半面、トリチウムと異なり長時間発光させるのが難しかった。また、長らくその色はグリーンに限られた。

 現在スーパールミノバには18種類の色と、8種類の残光色、そして3つのグレードがある。主な顔料はC1、C3、C5、C7、C9、BGW9。数が小さいほど輝度は高いが、C1はC3の約31%の照度しかない。もともとはグリーンとブルーしかなかったが、後に顔料を加えて、色を調整できるようになった。色の付いた夜光塗料を嫌うメーカーは長らくC1を使ってきたが、近年はC3と輝度が変わらないBGW9も見られるようになった。白い夜光は光らない、というのは昔の話である。

ルミノール マリーナ クアランタ

パネライ「ルミノール マリーナ クアランタ」
パネライの歴史ある「ルミノール マリーナ」の最小サイズとなる40mmモデル。最小とはいえ十分な存在感があり、ひと目でそれと分かるデザインコードを引き継ぎつつ、都会的に洗練された印象に仕上がっている。そのため、コアなファンのための新たな選択肢に留まらず、新規ファン獲得の視点でも重要なラインナップと言える。自動巻き(Cal.P900)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40mm、厚さ12.45mm)。100m防水。108万9000円(税込み)。(問)オフィチーネ パネライ Tel.0120-18-7110

 残光色はブルー、グリーン、バイオレット、ホワイト、イエロー、オレンジ、ピンク、ウルトラマリンブルー。ただし残光色は光り方とあまり関係がない。最も重要なのはグレードだ。スタンダード、グレードA、グレードX1の3種類があり、X1が2時間後の発光量で一番明るく、コストも高い。

 基本的にすべてのモデルにX1グレードのスーパールミノバを採用するのがパネライである。写真が示すとおり、夜光はかなり鮮やかだ。同じルミノバでも、性能は明らかに異なる。

ロレックスのクロマライト ディスプレイ

ロレックスのクロマライト ディスプレイは、ロレックスのために作られたルミノバと言われている。採用は2008年。15年頃からは標準的なモデルにも採用されるようになった。面白いのは光の色だ。最も明るいイエロー(C3相当)ではなく、残光時間の長いブルーが選ばれている。実用性を重視するロレックスらしい選択だ。


セイコー プロスペックスの「SBEJ009」を使う! コストパフォーマンスに優れたスタイリッシュなダイバーズ ウォッチ

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1世紀を経てなお進化を続ける時計業界のアイコン、カルティエ「サントス ドゥ カルティエ」

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時計に使われるルミノバとは何なの?/ぜんまい知恵袋〜時計の疑問に答えます〜

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