SNSや本誌を含む時計関連の媒体を見ると、常に新しく、魅力的なモデルが掲載されている。しかし、時計のニュースが増える一方で、なぜその時計が良いのか、という情報は相変わらず乏しい。では、何が理由で、その時計を良く感じたのか?今回は、本誌でも人気を集める「時計の見方ABC」をもう少し広げ、よりディープに時計を見られるトピックとともにお届けしたい。
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Photographs by Eiichi Okuyama
野島翼、佐藤しんいち、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Tsubasa Nojima, Shin-ichi Sato, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]
進化を続ける時計のケース
2000年代以降、最も進化したのはムーブメント以上にケースだった。製法がプレスから切削に変わることで造形が立体的になっただけでなく、面が整い、エッジが立つようになったのである。かつてこういったディテールは、ふんだんに手作業を盛り込める一部の高級時計に限られていた。しかし、技術の進化は、かつて得がたかったディテールを、手の届く価格帯に広げようとしている。見るべきは磨き、エッジ、クリアランスとチューブだ。
ケースの磨き
製法が進化した結果、以前とは別物になったのが外装の磨きだ。下地がフラットになった結果、面の歪みは小さくなり、立体的な造形はポリッシュとサテン仕上げの、より巧妙な組み合わせを求めるようになったのである。より精密に、より複雑に。こういった流れは、今後一層加速していくに違いない。
価格やメーカーを問わず、大きく変わらないのがケースの製法だ。数千万円のリピーターも、数万円の3針自動巻きも、金属製のブランクを成形し、ポリッシュやサテンを施してケースに仕立てる点に変わりはない。
もっとも、下処理をどれぐらい行うかで、磨きの質は全く変わってくる。強いて言うと、それが価格差の理由だ。例えば、何度も鍛造を重ねて金属を密にすると、磨いた際の歪みは小さくなる。また、切削で表面を一皮剥いても、磨いた面はフラットになる。前者の採用はごく一部のメーカーに限られるが、後者は価格帯を問わず、かなりポピュラーになった。少なくとも、角張ったケースを持つ時計の大半は、切削で整えた面を持つ。
こういったモデルの好例が、グランドセイコーの「エボリューション9」シリーズだろう。ブランクに切削を加えることで、面の数をさらに増しただけでなく、下地も整うようになった。その上に、グランドセイコーのお家芸であるザラツ研磨などを加えて、いっそう面を均していく。切削という工程を加えなかった時代でさえ、ザラツ研磨を駆使することで、グランドセイコーのケースはかなり平滑な面を持っていた。そこに切削が加わったのだから、質が一層良くなったのは当然だろう。
ちなみに切削を加えて面を均すのは、何も角張ったケースに限らない。例えばApple Watchの外装は切削された後に、鏡面に仕上げられる。ロレックスも同様で、その丸まったケースは、実は切削で面を整えたものだ。削るという一手間を加えることで、時計のケースは、より質感を高めたのである。
ケースのエッジ
2015年以降のいわゆる“ラグスポ”ブーム。可能にしたのは、工作機械の進化だった。かつては時計のケースに角張った造形を与えるには、熟練工の手作業によるしかなかった。しかし2010年代以降は、最新の工作機械が、かつての手作業に遜色ないケースを製造できるようになったのである。
2000年代以降普及した新しい工作機械は、優れた工作精度でまず自社製ムーブメントの普及を推し進め、続いては時計の外装を別物に進化させた。象徴するのが、角張った造形を持つラグジュアリースポーツウォッチだ。
1972年のオーデマ ピゲ「ロイヤルオーク」は、金属製のブランクを研削で整え、それを職人が手作業で仕上げていた。プレスで打ち抜いたブランクの精度が低いため、優れた手作業が不可欠だったのである。対して現在は、最新のマシニングセンターが、かつての職人を凌駕する精度で、ケースを成形するようになった。人によって意見はさまざまだが、大きく進化したのは、2010年代以降だろう。好例はティソの「ティソ PRX オートマティック」だ。価格は10万円ちょっと。しかし、角張ったケースの完成度は20年前のラグジュアリーウォッチを凌駕する。
「グランドタペストリー」模様の「ナイトブルー、クラウド 50」ダイアルを持つモデル。深いサテン仕上げとコントラストを成すエッジの鏡面仕上げを非常に高いレベルで両立させ、それぞれの仕上げと造形を引き立てることに成功した。ロイヤル オークの外装が傑出している理由のひとつだ。自動巻き(Cal.4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径41mm、厚さ12.4mm)。50m防水。462万円(税込み)。(問)オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000
もっとも、高価格帯は一層の進化を遂げた。オーデマ ピゲの「ロイヤル オーククロノグラフ」は、少なくとも5年前のモデルに比べて、より角が立っている。工作機械だけでなく、職人も進化したためだろう。不快に感じないギリギリまで角を立てる手腕には、更なる磨きがかかった。
シチズンの「ザ・シチズン キャリバー0200」も、高い工作精度と手仕上げを融合させたものだ。日本製の時計らしく、あえて少し角は落としているが、仕上がりは数倍の価格帯の時計に肉薄する。
エッジの立った時計は魅力的だが、注意すべき点がある。新興メーカーの製品で価格を抑えたモデルには、見えない部分がほぼ未仕上げのものもある。ケース裏側のチェックはお勧めしたい。
1970年代のオリジナルモデルを現代的に再構築した人気作。ドレッシーなダイアルにスポーティーなブレスレット一体型ケースを組み合わせることで、着用シーンを選ばない万能モデルに仕上がった。インターチェンジャブルシステムを備えたブレスレットは、ケースから簡単に脱着可能。自動巻き(Cal.パワーマティック80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.9mm)。10気圧防水。10万100円(税込み)。(問)ティソ Tel.03-6427-0366
ケースとブレスレットのクリアランス
外装部品の隙間が詰まっていれば、時計は高級に見える。車のボディパネルと同じ理屈だ。最も分かりやすいのは、ブレスレットを固定する弓管とケースのクリアランスだ。どんなに高価な時計でも、この部分の間隔が開いてしまうといささか興ざめだ。しかし、切削で仕上げた精密な弓管は、ケースとの噛み合いを大きく改善した。
工作機械の進化は、見えにくい部分にも大きな進化をもたらした。具体的には、ブレスレットを固定する弓管とケースのクリアランスが詰まり、リュウズのガタも抑えられたのである。一見地味だが、今の時計の進化を見る上で、このふたつは欠かせない要素だ。
部品同士の間隔が詰まると、時計の見栄えは良くなる。その最も分かりやすい例が、弓管とケースのクリアランスだろう。ロレックスは、このディテールを詰めることで、この10年、各コレクションの見映えを大きく進化させた。
外装加工に切削が普及することで、かつては板材を曲げて成形していた弓管も、金属の削り出しになった。加工精度が上がると、ケースとの噛み合わせはさらに良くなるだろう。現在の時計が、価格を問わず一見、良く見える理由だ。加えてロレックスは、完成した弓管とケースを細かく分類し、最もクリアランスが狭い組み合わせで取り付けるようになった。結果、弓管とケースのクリアランスは、薄紙さえも通らないほど小さくなった。
リュウズ回りも同様である。ケースの加工精度が上がり、太いチューブが普及するようになった結果、リュウズのガタつきが抑えられるようになったのである。1990年代、こういった個性を持つメーカーはIWCぐらいしかなかった。しかし今では、価格帯を問わず、リュウズはぐらぐらしなくなった。もちろん全てではないが、過去の時計とは大きな違いがある。
ロレックスは極端だが、ある程度の価格帯から時計を選ぶならば、弓管とケースの隙間が狭く、リュウズのガタが抑えられているモデルを選ぶこと。
リュウズとケースをつなぐチューブ
リュウズとケースをつなぐインターフェイスがチューブである。見落とされがちな部品だが、近年はチューブを太くすることで、ガタを抑え、防水性を高めたものが増えてきた。昔から優れていたのはIWC。しかし、より低い価格帯にも、しっかりしたチューブが見られるようになった。今ならではのディテールだ。
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