「コレクションに統一感はないですね」こう語るY.S.さんだが、披露していただいた数々の時計を見渡すと何か共通するものが感じられる。Yさん曰く「ヘンなものが好きなので」と。確かにデザインやメカが個性的な時計が多い。究極はユリス・ナルダンの最新作、まるで未来から飛来した謎の物体のようなあのサプライズ満載の「UFO」だ。
運送関係に携わるY.S.さんは今年42歳。根っからの機械好きで、とりわけ情熱を傾けるのはクルマとエンジン。今や17台以上も所有し、自身でクルマをバラして整備するというから趣味といっても半端ではない。そんな機械好きを魅了するもうひとつの世界が時計。機械的に面白いことが、Y.S.さんの時計選びの基本になっている。
菅原茂:取材・文
Text by Shigeru Sugawara
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]
「毎日を楽しくしてくれるのは機械的に面白くてちょっと“ヘン”な時計」
ここは湘南の閑静な住宅街。立派な門構えから敷地の中に入ると、深紅のスポーツカーやパワフルなラグジュアリーカーが目に入る。多分かなりのクルマ好きに違いない。クルマ好きの時計好きを絵に描いたような趣味人なのだろうか? 興味深い話が聞けそうだ。
そんなYさんにお目にかかってまず驚かされたのは、最近手に入れたというユリス・ナルダンの「UFO」だ。ドーム状のガラス容器に収められた異形のテーブルクロックは、同社が創業175周年を記念して開発し、2021年春に発表したもの。「UFO」という意味深な名に象徴されているように、この前代未聞のクロックは、同社の伝統に根差すマリンクロノメーターの現代的な再現といったレベルのものではなく、ブランドによれば175年飛躍した未来を先取りしているのだそうだ。75個が限定生産される、この時計を日本で所有しているのはYさんだけではないだろうか?
「発表前から情報はあり、これはもうぜひ手に入れなくてはと思いましたね」
その理由を尋ねると、「面白いから」とあっさり。これほど何のてらいもなく「面白い」と直球で返してくる時計愛好家も珍しいと思った。Yさんが時計の品定めをする際の基準は、クルマなどと同様に機械として「面白い」かどうか。前代未聞のデザインや奇想天外なメカニズムを特色とする、メカニズムの面白さ満点の「UFO」が無類の機械好きを自認するYさんの心をつかまないはずがない。
「3つの文字盤による時刻表示を動かす複雑な歯車の仕組みがすべて見える。こんな時計は他にありませんよね。箱に入れてしまっておくのではなく、居住スペースに置いて日常的に楽しんでいます。眺めていて見飽きないですね」
機械的な面白さに加え、Yさんの話で印象的なのは「ヘン」なものに魅かれるという点。それは、奇抜とか風変わりというより、大勢とは一線を画すというか、一貫した哲学をもって我が道をゆくオリジナリティーもあってこその「ヘン」なのだと察する。ユリス・ナルダンの腕時計では、各種の歯車が一見ランダムに散らばり、ムーブメントの仕組みがどうなっているのか見当がつかないトリッキーな「ブラスト フリーホイール」も所有する。
「残念ながら今日はここにはないのですが、中が見えるこの時計の面白さは抜群です」と再び機械の面白さに言及するYさん。見れば見るほど摩訶不思議な異次元の世界に引き込まれていくこのトゥールビヨンの魔力は「UFO」の場合もまったく同じだ。ちなみに、やはり最近手に入れたコルムのクラシカルな「ゴールデンブリッジ」もムーブメントの機構が露わに見える実に楽しくて面白い時計だが、「ヘン」なという個性の持ち主という点でも共通したものがある。
現在のスイス高級時計でそのあたりを大胆に追求しているのがユリス・ナルダンにほかならない。実際、Yさんのコレクションに含まれる同社の時計には、未来的なデザインとカルーセル機構を融合した「フリーク」や、革新的なアラームウォッチの「クラシコ ソナタ」、独創的なGMT機能を搭載した「クアドラート」、優美なトノーケースの「ミケランジェロ」などがあるが、どれもひと味異なる個性派ばかり。
「ユリス・ナルダンの時計はしっかり作られていて、非常に高い技術が駆使されているのに、べらぼうに高価というわけでもないところもいい」と称賛する。また、腕に着けたときの感触も重視するYさんは、ユリス・ナルダンのケースは引っ掛かりのない滑らかなラグ形状が素晴らしいと加える。
現在40代前半、時計が好きになったきっかけが特にあったわけではなく、若い頃は時計を着けていないと落ち着かないというか、そういう程度だったという。そんなYさんが20年くらい普段使いしてきたのはロレックスの「オイスター パーペチュアル デイトジャスト ターノグラフ」だ。ただこの「オイスター パーペチュアル デイトジャスト ターノグラフ」は、巷に多いロレックス好きの愛用品というのとはちょっと違い、あくまでもオンオフを問わず使いやすい便利な時計という位置付けのようだ。
「時計愛好家というと、昔だとロレックスを一通り揃えるような人のイメージが強かった。でも、自分は違っていましたね。年齢を重ねるにしたがってだんだんと時計好きになり、魅力的なモデルを集めるようになりました。ブランドにもこだわりはないほうですね」とこれまでを振り返る。
さらに「こんな腕時計もよく着けているのです。海に行くときに重宝します。この価格でクォリティが高く、よく出来ていますよね」と取り出したのは、使い込んだオリスのダイバーズウォッチ「オリス アクイス デイト」だ。最初に拝見した「UFO」とは対照的な、極めて現実的な実用時計もYさんにとって大切なひとつなのだ。
「以上でだいたいコレクションの4分の1。統一感ないですよね」と謙遜するYさんだが、統一感の重視よりも、好きなものを揃え、実際に使うことに楽しさを見いだすのもひとつのスタイルだ。人の嗜好は年齢とともにスタンダードなものやオーセンティックなものに落ち着きがちだが、このYさんのように「面白さ」を常に求め、「ヘン」に触発されるのは、常に好奇心を持ち続けているからに違いない。17台以上も所有するクルマの場合も多分同じなのではないだろうか?
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