ティソの「PR516 クロノグラフ クォーツ」を着用レビューする。本作は、ティソの1970年代の同名モデルを現代技術で再解釈したクォーツクロノグラフモデルだ。再解釈にあたり、オリジナルとは異なるモダンクラシックな顔立ちが構築され、新たな魅力の開拓に成功している点に注目したい。また、クォーツムーブメントを活かした多機能性も備わっているため、クロノグラフのエントリーモデルとしてもおすすめしたい1本だ。
Text and Photographs by Kento Nii
[2024年4月7日公開記事]
PR516 クロノグラフ クォーツ
「PR516 クロノグラフ クォーツ」は、ティソのヘリテージである「PR516 クロノグラフ」をベースとするコレクションだ。コレクションのラインナップは機械式モデルとクォーツモデルが展開されており、クォーツモデルでは、ブルーダイアル、ブラックダイアルモデルに、コンビネーションカラーのケースを備えたモデルの、計3種のバリエーションが用意されている。
今回レビューするのは、落ち着いた印象のあるブルーダイアルモデルだ。価格は税込み8万2500円で、リーズナブルにティソのヘリテージを堪能できる価格設定となっている。
クォーツ。SSケース(直径40mm、厚さ11.9mm)。10気圧防水。8万2500円(税込み)。
オリジナルモデルの誕生は1970年のこと。65年に登場した3針モデル「PR516」の、クロノグラフバリエーションとして登場した。PR516はスポーティなデザイン性と高い衝撃耐性を特徴としており、その名前の“PR”には、 “Particularly Resistance(特別な耐久性)”という意味が込められていた。
またPR516は、カーレースから着想を得たコレクションとしても知られている。ティソとカーレースの物語は、58年にスイス人ドライバー、ハリー・ツヴァイフェルがティソに「私のティソはすべてのレースで私とともにある」というメッセージを送ったことから始まった。この7年後に、ティソは激しいカーレースにも耐えうる腕時計として、PR516を発表。そして、計器機能を備えたバリエーションモデルとして、現在まで残る名機「PR516 クロノグラフ」を打ち出したのである。
モダンなテイストを添えてリビルドされたレーシングデザイン
多くのディテールをオリジナルモデルから引き継いだ本作だが、まずはそのモダンクラシックな顔立ちに注目したい。同時にリリースされた機械式モデルと比較すると、機械式モデルがオリジナルのカラーリングを忠実に再現しているのに対し、クォーツモデルはカラーリングが抑えられたシックな顔立ちを備えているのだ。再解釈によって開拓された、PR516 クロノグラフの新たな魅力と言えるだろう。
ダイアルのレイアウトは、クォーツクロノグラフで度々見られる、2時位置、6時位置、10時位置にインダイアルを配置した横3つ目を採用。オリジナルよりもゆとりを持ったダイアル配置が行われている。
カーレースなどで使われることを想定したクロノグラフモデルらしく、視認性は高い。文字盤は反射が抑えられており、シルバーで縁取りされたインダイアルはささやかに仕上げを変えることで、ギャップが作り出された。針は分針のみ先端を伸ばしたバトンタイプで、時刻が読み取りやすい。また、風防には傷防止加工と無反射コーティングが施されたサファイアクリスタルガラスが使用されており、屋外でも判読に問題はなかった。
本格的な計測時計としての一面を見せる、タキメーターやパルスメーターも本作の魅力だ。ふたつのメーターが成すツートンカラーのベゼルは、オリジナルモデルにも見られるものである。本作ではブルーとホワイトを組み合わせることで、クールな印象がフェイスに添えられている。また、ミネラルガラスによってその表面はカバーされており、艶のある質感と透明感も与えられた。
総じて、本作でリビルドされた「PR516 クロノグラフ」のデザインは、復刻モデルのようなオリジナルのディテールを備えながらも、再解釈による新たな一面を楽しませてくれるものとなっている。同時にリリースされた機械式モデルを正統進化とするのであれば、クォーツモデルはヘリテージの新解釈を手軽な価格帯で体験できるモデルとなるだろう。明確な住み分けが行われたそのコレクション展開は、見事と言うほかない。
汎用性抜群のクロノグラフウォッチ
早速着用してみると、オリジナルモデルから引き継がれた象徴的なクッションケースが、手首の上で存在感を示した。直径は40mmとちょうど良く、手首の細さでスポーツモデルを敬遠してきた人でも使いやすそうなサイズ感だ。なお、オリジナルモデルの直径は36mmとのこと。4mmのサイズアップによってツールウォッチとしての機能性は高まったように思うが、忠実な復刻を望んでいた人にとっては好みが分かれるところだろう。
ケースの仕上げはサテンがメインで、ベゼルの立ち上がりや、エッジのみをポリッシュとすることで立体感が際立っている。また、ブレスレットについては中コマのみポリッシュ仕上げを施すことで、高級感が強調された。オリジナルモデルや機械式モデルはブレスレットの全面がサテン仕上げであり、この仕様はモダンクラシックが際立つクォーツクロノグラフモデルの特権となっている。
重量は145g。機械式の3針モデルの平均的な重みに近く、軽すぎず、重すぎずといったところ。着用して私生活やデスクワークをこなしてみたが、すぐ疲れるようなことはなく、ヘッドの重みで振られる感覚もなかった。
この良好な着用感はブレスレットのおかげもあるだろう。エッジが落とされた半円形のコマはひとコマが小さく、しなやかに手首にフィットしていた。全体のクラシカルな印象を引き立てつつ、快適な着用感を提供する、影の立役者と呼ぶべき存在だろう。クラスプはダブルロック仕様を採用しており、大きめのサイズ感で、手首にしっかりと腕時計を固定してくれる。腕を振ると個体差なのか少しチャリチャリとした音がしたが、固定自体は確実に行われており、外れる心配はなかった。
なお、このブレスレットには工具なしで簡単に脱着できる機構が備わっている。ファッションアイテムの側面を併せ持つ現代の腕時計らしい仕様だ。その日の気分でラバーやレザーに交換し、よりカジュアルに演出するのもアリだろう。大胆なパンチングが施されていたオリジナルモデルのストラップも合わせてみたくなった。
ちなみに、裏ぶたには「516」のナンバリングとともに、モーターレースを象徴するステアリングホイールと、勝利の証である月桂冠がエングレービングされている。65年より続く、ティソとカーレースとの物語を象徴する仕様だ。
1週間を通して着用したが、ヘリテージを巧みに溶けこませたモダンクラシックデザインに、良好な着用感と取り回しの良さを備えた本作は、その汎用性の高さこそが最たる魅力に思えた。1本持っておけば、多様なシーンで着用できるクロノグラフウォッチと言う得難い存在になってくれることだろう。
豊富な計測機能
クォーツクロノグラフである本機には、正確かつ豊富な計測機能が備わっている。ストップウォッチ機能は、10分の1秒単位で計測可能。さらに本作はスプリット計測機能も搭載しており、計測をスタートし、計測中に4時位置ボタンを押すことで、計測を行いながらラップタイムの計測が可能となっている。計測の開始とともに、インダイアルの中でせわしなく針が回転し始める様子は、見ていてとても楽しい。
また、ベゼルのスケールとクロノグラフ秒針を使えば、タキメーターで60〜220kmの範囲で時速を、パルスメーターで60回から180回までの脈拍数を計測できる。パルスメーターは近年のクロノグラフウォッチではあまり見られなくなったが、本作のようなアーカイブをベースとしたモデルでは度々見られる機能となっている。
なお、時刻調整はリュウズを2段階目まで引き出して行うが、1段階目ではクロノグラフの0点規制ができるようになっている。針ズレが起こってしまった際に役立つ機能であり、実用時計としての抜かりの無さが感じられる。
クラシックモデルとクロノグラフモデルの間口を広げる1本
自分のような若輩者からすると、クラシックデザインの腕時計は懐かしさを感じるものではなく、「クラシック」というひとつのデザインジャンルに属するものだと認識している。好みが分かれるこのジャンルにおいて、「モダンクラシック」という個性を打ち立てた本作は、幅広い需要にマッチする懐の深さを備えているように感じた。
また、タキメーターやパルスメーターといった機能に加え、複雑機構のひとつであるスプリットセコンドクロノグラフを体験できる本作は、クロノグラフ機構の奥深さをインスタントに楽しめる点も魅力に挙げられるだろう。クラシックモデルやクロノグラフモデルに手を出していなかった方々に、ぜひ1本目として手に取っていただきたいモデルだ。
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