時計業界の著名人たちに2024年に発表された時計からベスト5を選んでもらう企画。今回は日本を代表する時計愛好家、くろのぴーすが、ジュネーブの現地で実際に見てきた新作時計から傑作をピックアップ。選出の鍵は、「意欲を持って魅力的な新作を世に出すブランド」だ。
1位:ビアンシェ「フライング トゥールビヨン グランドデイト」
ついついあのブランドに比べられがちで、私も見つけてから数年食指が動かなかったのだが、本作とGMTが発表された瞬間に「ブランドとして脱皮した」と感じ、今回2本をその場で購入してきた。トノー型のケース形状、文字盤配列、スケルトンブリッジの意匠とその全てが「フィボナッチ数に従う」という黄金率によって一から設計されており、5000Gの耐衝撃性と100メートル防水、セラミックボールベアリング採用と、1000万円台前半のトゥールビヨンとしては、実用性ナンバーワンと言える。そして何より見た目も仕上げも美しい。しかも、デイトディスクの回転が恐ろしく速く、せっかちな人にはぴったりのデイト付き時計。
手巻き(Cal.B1.618)。20石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約90時間。100m防水。1336万5000円(税込み)。(問)株式会社ユーズカンパニー contact@bianchet.jp
2位:ボヴェ「アペルト1」
ボヴェ本来の意匠はなかなか日本ウケしない。そんな中、私もすでに2本集めているが、ピニンファリーナコラボのものはモダンとクラシックが融合し、他のブランドには見られない格好よさが光る。本作も極端に肉抜きされたムーブメントにチタンケースで、恐ろしいほどの軽さ。当然、巻き上げ効率を高める特許機構も搭載。実は昨年ジュネーブで見ていたのに発売が1年遅れたのだが、なんとストラップのジョイントも改良されてついに発売された。タダでは遅らせないのだろう。オーナーのラフィ氏と話したところ、パーツ数を足してでも美しい左右対称に、徹底的にこだわるとのこと。アバンギャルドな本作にもブランド哲学が盛り込まれている。実用時計として欲しい1本。
ボヴェとピニンファリーナのコラボレーションは、今回で14年目、かつ第8作目を数える。手巻き(Cal.15BMPF09-OW)。38石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約7日間。Tiケース(直径42mm、厚さ10.95mm)。30m防水。要価格問合せ。(問)ボヴェ1822 ジャパン Tel.03-6264-5665
3位:クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー「クロノメーター FB RES」
フュゼチェーンとルモントワールを組み合わせてしまうという、なんとも贅沢な精度へのこだわりを見せた本作。彼らの作品はショパールオーナーのサポートの下、妥協のない徹底した品質を貫き、精度も恐ろしくよく、故障率も非常に低いというのが特徴。しかも故障しても修理は無償で、且つ製品の生産より優先してくれる。本作はインナーベゼル色や文字盤色、ケース形状を組み合わせてカスタマイズできるため、自分もその場でオーダーしかけたが、結局動きが表から見えるシリンディカル・バランススプリングを搭載したCHRONOMÈTRE FB 3SPCの方を選んでしまった笑。
手巻き(Cal.FB-RE.FC)。58石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約50時間。Tiケース(直径44 mm、14.26mm)。30m防水。(問)ショパール ジャパン プレス Tel.03-5524-8922
4位:クロノスイス「ストライク・ツー」
この10年ぐらいはあれ? これはアジア諸国にウケても日本ではなぁ? という配色や文字盤構成の新作ばかり出ていたが、いきなりレギュレーターの儀礼を壊してきた。それを90度傾けた本作を出してきたのだが、サイズ径や厚さもこれまでのものに対して抑えることによって、着け心地もかなりよくなった。左右非対称でも奇抜な時計が多い中で、最近ではStudio Underd0gで見られるような、あたかも狙ったかのような絶妙なバランスに落ち着いていて、直感的にこれは欲しいと思ってしまった。ただ、惜しいのは昨今の為替事情で、感覚的に高い値付けになってしまっているのだけがマイナス点。
自動巻き(Cal.C.6000)。パワーリザーブ約55時間。SSケース(直径40mm)。3気圧防水。世界限定100本。予価205万7000円(税込み)。
5位:アンジェラス「インスツルメントドゥ ヴィテッセ」
カルティエにも搭載された、ジュルヌ御大によって開発されたモノプッシャークロノグラフのムーブメント。それが搭載されているのがこのアンジェラス新作。つい数年前まではひたすらスポーティーなトゥールビヨンに特化していた同社が、突然イケてるクロノグラフを作り始めた。自分は好み的に、よりアバンギャルドなクロノデイトのアイスブルーを買ってしまったが、自分がドレスよりを好むタイプであれば確実にこの時計を買っていただろうと思う。それぐらい懐かしくて、程よく小ぶりで、なのに最新のクロノグラフを積んでいるという、「脱いだら私凄いんです」系ビンテージ風クロノグラフであり、これは最高です。
手巻き(Cal.A5000)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径39mm、厚さ9.27mm)。30m防水。世界限定各25本。予価1万7100スイスフラン。(問)アーノルド&サン相談室 Tel.0570-03-1764
総評
昨年の活気と比べて、W&Wを含む2024ジュネーブウォッチウィークはひと味違う空気を感じさせた。2023年はコロナからの脱出もあり、好景気の中にも仕切り直しとしての投資やモデルローンチがあり、結構なワクワク感を身に感じていたのであるが、今年は時計市場の落ち込みもあり、熱と冷、アクセルとブレーキ、先行投資とコスト削減のバランス臭が各ブランドに漂い、正常化の兆しがうかがえた。パテック フィリップやロレックスの新作はカラバリや文字盤違い、素材違いが中心となり、その他の大手ブランドもその傾向が強い。独立系はここ数年での蓄えが顕著に表れており、カラバリに終わる中小ブランドには色々察するところがあった。しかしそのような中でも、意欲を持って魅力的な新作を世に出すブランドも見受けられ、今年の選出は必然的にそちらが中心となった。
選者のプロフィール
1000円のチープカシオ、1970年代のデジタルウォッチ、1億円を超えるパテック フィリップのミニッツリピーターまで、700本以上の時計を収集する腕時計愛好家。独立系腕時計ブランドを取り扱うクロノセオリーをプロデュースし、ニューヨークタイムズにも2度取り上げられた。日本を代表する時計コレクターのひとり。
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