フランスの時計ブランドであるペキニエが、2023年の創業50周年を機に発表した、「コンコルド」40mmモデルをインプレッションする。ペキニエの中ではスポーツシックなデザインを持つ本作は、搭載される自社製ムーブメントのカリブル イニシャルとの組み合わせにより、時計仕上がり厚さは9.25mmに抑えられた。ジャケットスタイルとの相性の良い、エレガントで柔和なデザインを持つモデルである。時計産業の歴史、ブランド理念、デザインの背景など、多角的に深く理解したうえで時計の魅力を見出すユーザーに届いて欲しいと思う1本であった。
Text & Photographs by Shin-ichi Sato
[2024年6月4日公開記事]
時計産業の歴史を簡単におさらい
現代の“機械式時計産業の中心”といえばスイスであり、統計の数字もそのことを示している。スイスの中でも時計産業が盛んであるのはスイス西部地域、すなわちフランスと国境を接する地域で、代表例がジュネーブやル・ロックル、ラ・ショード・フォンだ。ぜひ一度、地図を眺めて欲しい。
スイス西部に時計産業が根付いたのはフランスの歴史、特に宗教弾圧の歴史と深く関わる。16世紀中頃に興ったキリスト教のプロテスタントの教義が広まる中で、勤勉な労働を肯定する教えが職人層との親和性が高く、時計職人の間でも広まりを見せた。しかし、16世紀後半および17世紀後半にフランス国内ではプロテスタントに対する迫害が激化。この迫害から逃れるために時計職人がフランス近郊のスイス西部へ移住。現在の時計産業の素地になったとされる。長い歴史を持つヴァシュロン・コンスタンタンが1755年にジュネーブで創業したことを付記しておけば、おおまかな時計産業の歴史をご理解いただけることだろう。
フランスのマニュファクチュールの再興を目指すペキニエ
アブラアン-ルイ・ブレゲが1775年以降にパリで活躍するなど、その後のフランスにも時計産業は残ったが、1970年代のクォーツレボリューションによって伝統的な時計産業は大きく衰退してしまう。このような歴史的背景の下、“フレンチ マニュファクチュール”の再興を目指すのが、1973年創業のペキニエである。ペキニエは「一定地域で古くより受け継がれてきた伝統的あるいは高度な専門技術を有する企業」として、フランス政府によるフランス無形文化財企業(EPV)の認可を受けており、2006年に新設したモルトーの自社工房にて時計作りを行う。また、フランス政府の資金的支援を受けながら、自社製ムーブメント「カリブル ロワイヤル」を開発。2011年に発表した。
カリブル ロワイヤルは、動力の伝達効率を高めながらモジュール実装に頼らない多機能化を実現する設計思想によって製造される。そのため、このムーブメントを搭載する「ロワイヤル」コレクションには、クラシックとコンテンポラリーが融合したデザインに、複数の機能が整然と配置されたモデルが並んでいる。もっとも、語るべきポイントの多いムーブメントおよびモデルではあるものの、幅広い層というよりも玄人受けするコレクションであることは否めなかった。
ペキニエ50周年を機に発表された新作「コンコルド」
今回インプレッションする「コンコルド」は、2023年のペキニエ創業50周年を機に発表されたコレクションで、スポーツシックなデザインのブレスレットモデルである。組み合わされるのは21年、新開発の自動巻きムーブメントとして発表された「カリブルイニシャル(Cal.EMP03)」だ。カリブルイニシャルは21年にクラシカルなドレスウォッチ「アティチュード」に搭載されてデビューしており、コンコルドは、その2作目となる。インプレッションする40mmモデルのほか、共通するデザインの36mmモデルも用意される。
自動巻き(カリブルイニシャル/Cal.EPM03)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径40mm、厚さ9.25mm)。10気圧防水。81万4000円(税込み)。
コンコルドは、フランスの歴史と深く関わりのある「コンコルド広場」から着想を得てデザインされている。スクエアケースに円形ダイアルの組み合わせや、長円型の時分針から、この着想源を感じ取れる。シルエットは、ラグが極めて短いこともあって真四角な印象。ブレスレット取り付け部はコンコルド広場のオベリスクをサンプリングした切り欠きのあるタイプで、ブレスレットはその切り欠きが反復したデザインだ。
完成度の高いブレスレットと重心の低い着用感
ペキニエ マニュファクチュールの従来モデルにはブレスレットのラインナップが極めて少ないため、時計を受け取るまではその出来栄えに少し心配があったのだが、筆者の予想を裏切る使い心地の良さであった。コマは薄手の仕立てで可動範囲が広く、動きは滑らか。ブレスレットはテーパーがついておらず、すべてのコマに固定のネジが見える。すべてのコマは分解・交換可能で、長さ調整の自由度が高いのだ。
ブレスレットにテーパーがついていないため、物理的および視覚的な重量感はそれなりとなるものの、ヘッドとのバランスは取れている。これは、時計の仕上がり厚さが9.25mmであり、かつ重心が低く抑えられていることも効いている。ケースデザインおよび風防がフラットであるため、薄い仕立てが際立つ仕上がりだ。
ラグが短く、ラグ部およびブレスレットの可動範囲も広いため、手首の細いユーザーから太いユーザーまでフィットすることだろう。なお、40mmと36mmのケースサイズを見比べた時、40mmは数値なりの存在感であるのに対して、36mmモデルは数値から受けるイメージよりもわずかに大きく感じた。手首周長約18cmの筆者ならどちらを選んでも、腕の細いユーザーならラグ部が浮かない36mmの方が良好なフィット感が得られるだろう。可動部の広いラグとブレスレットの構造および2サイズ展開によって、かなり幅広い手首サイズにマッチするラインナップとなっているのではないだろうか。
搭載されるカリブルイニシャル(Cal.EMP03)の完成度
ペキニエは、カリブル ロワイヤル(Cal.EMP01)、カリブル ロワイヤル マニュアル(Cal.EMP02)、そして本作のカリブル イニシャル(Cal.EMP03)の3つの自社製ムーブメントを擁する。Cal.EMP02はCal.EMP01をシンプルに再構成した手巻きムーブメントであり、Cal.EMP03は完全新設計となる。Cal.EMP03の特徴は、モジュールによる多機能化を見越した設計がCal.EMP01と異なり、次世代の基幹ムーブメントとして設計されたのであろう。また、従来のムーブメント同様に、多くの部品をフランス国内で製造しており、Cal.EMP03ではその割合は72%、残りはスイス製となる。
手に取って時刻合わせしてみると、リュウズ操作は適度な重さがありつつスムースで、進み・戻し間の遊びも少なく、操作感が良好である。Cal.EMP01が軽い操作感であったので、Cal.EMP03のこの点は好ましいと感じた。日付送りも明確で、その切り替わりもクイックだ。さらに、カレンダー操作禁止時間帯も無い。パワーリザーブは約65時間。厳密なテストはできなかったが、長時間にわたって安定して稼働してくれていた。
ケースバック側からムーブメントを鑑賞可能で、回転錘にはフランスでは馴染み深い「フルール・ド・リス」(アイリスの花の紋章)と、フォンテーヌをかたどった肉抜きが与えられている。プレート及びブリッジには、デコラシオン・エスカルゴとも呼ばれるコリマソナージュ装飾が施される。これは、テンワの回転軸を中心に放射状に広がる仕上げで、浅く、上品に仕上げられている。外周部に施されるペルラージュも緻密であった。面取りが入るとなお良いが、実用機としては上質な仕上げであると感じた。
コンコルドは柔和で落ち着いた印象にまとめられたインフォーマルウォッチ
コンコルドはペキニエの中でスポーティーなモデルに分類されるが、着用例に示したようなジャケットスタイルとのマッチングが良く、マルチパーパスなインフォーマルウォッチに分類した方がしっくりくるように思う。
改めてディティールに注目すると、柔らかな曲線を描くケースとベゼル、円形ダイアル、長円型の時分針がアイコンで、それらとコントラストをなす直線的なインデックスが全体の印象を引き締めている。ベゼルとケースの上面部分およびブレスレットは筋目が細かく上品な趣のサテン仕上げを基調とし、ベゼルの斜面部分やケースエッジはポリッシュで仕上げられており、落ち着きと端正さがある。こういった仕上げや薄手の仕立てによって、スポーティーというよりもむしろ、控えめで、エレガントさや上品さ、柔和な印象を受ける。
インフォーマルウォッチ市場を見回すと、ドレスウォッチに寄ったラウンドケースモデルや、エッジの効いた“カッコイイ”デザインが多く、コンコルドのような“カワイイ”とか“柔和”な印象を受けるモデルは少数派であるように思う。
コンコルド広場は、その歴史の中で紆余曲折の末に「親和」を意味する現在の名となった経緯がある。そういった背景を取り込んだうえで、本作は柔和で落ち着いたモデルとして仕立てられているのであろう。
控えめでエレガントなコンコルドを選ぶユーザー像
ペキニエのオーナー兼社長のウグ・スーパリスは、ペキニエのユーザー像について「自由な精神を持ち、美しいものが好きな方。そして見せびらかすのを好まず、クワイエットラグジュアリーが好きな方」と語っている。なるほど、コンコルドはまさに、そんなユーザー像にフィットするモデルである。
フランス文化を尊重するフランス企業のペキニエによる腕時計であることから、フランスの料理やファッションなどの文化に関わるユーザーにとって、本作は魅力ある選択肢となるだろう。また、コンコルドのモチーフからつながる親和の尊重の思想に共感するユーザーにも響くことだろう。
控えめでエレガントに仕立てられたコンコルドにはさまざまな背景情報がある。本作に注目するのはおそらく、物事を多面的に捉えて魅力を見出す方でなかろうか。そのような方は個々の価値観の違いを尊重し、多様性にも寛容であることだろう。筆者はこれを理由に、本作にフランスらしさを感じ取るのであった。
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