2009年に創業されたローラン・フェリエは、15年に今の所在地であるプラン・レ・ワットに移った。理由は、生産規模が拡大したため。しかし同社は、それに合わせて工房を充実させていった。部品を組み立てるエタブリスールであるのは今までに同じ。しかし、新しく設けられた装飾部門を含めて、作業のいちいちが入念なのだ。同社の名声を支えるのは、この非凡な工房とそこに集ったスタッフたち、だ。
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広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan),
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
プラン・レ・ワットの工房を訪れて分かった、ローラン・フェリエ躍進の理由
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筆者の知る限り、創業当初のローラン・フェリエとは、サプライヤーから供給される部品を組み立てるエタブリスールだったし、そう謳っていたはずだ。ローラン・フェリエの人脈があれば、第一級のサプライヤーを揃えるのは難しくなかったし、ムーブメントの開発に関わったラ・ファブリク・デュ・タン(現ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン)も、やはりエタブリスールであることに、誇りを持つ会社だったのである。
しかし、ローラン・フェリエは良い意味で大きく変わった。エタブリスールでありながらも、ムーブメントの装飾を社内で行うようになったのである。「数年前からデコレーションを専用の部門で行うようになった。少量なら時計師でもできるが、生産本数が増えたので別部門を立ち上げた」とローラン・フェリエは語る。
仕上げられた部品を組み立てるのは、15名の時計師だ。時計部門チーフのバジル・モナはこう語る。「いろいろな会社に所属してきたが、一番合っていたのがここだった。アトリエにはいろんなテクニックがあって学べるしね」。ローラン・フェリエが短期間で名声を得た理由は、工房を回って納得がいった。まずはサプライヤーから納品された部品のチェック。2名がフルタイムで確認するとのこと。「エステティックは全部チェック、平滑さなども確認する」とモナは説明する。
組み立てのプロセスも面白い。キャリバーごとに分けられた部品のキットに組むのは他社に同じ。しかし、キットにはそれぞれ対応する部品名が記され、整然と分類されている。複数のムーブメントを同時に組み立てるためだが、完璧に用意されたキットや、入念な作業手順書は、大メーカーの工房でもあまりお目にかからないものだ。
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ちなみにローラン・フェリエの時計師たちは、スイスでも極め付きの腕利きばかり。しかし、彼ら・彼女らは、図面や手順書をいちいち確認しながら机に向かっている。組み立て部門の責任者を務めるアレクシー・ペレが説明してくれた。「慣れるとミスが起こる。そのためプロセスをきちんと踏むのが重要だ。また、マンネリにならないよう、組み立てるムーブメントのローテーションを行っている」。
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ひとりの時計師が、部品の組み立てからケーシングまで行うのもハイエンドのマイクロメゾンに同じ。ムーブメントを2度組みするのも、決して珍しくはない。しかし、ある時計師が細かく説明してくれた。「私たちは1回目の組み立てでも2回目同様の注油をする。その後オイルを落とし、微調整して2度目の組み立てになる」。その理由はふたつ。ひとつは最初の組み立て後に、マイクロダストが生じるため。注油した部品を洗浄するのはかなりの手間だが、ゴミを落とすと思えば納得だ。また、1回目と2回目の組み立て精度が変わるのもその理由とのこと。主ゼンマイのトルクなどがわずかに変わるため、2度目の組み立てでないと本当の精度が分からないそうだ。
これらの部品を仕上げるのが、部品の装飾部門である。ローラン・フェリエ自身は、長らく仕上げ部門を社内に設けたかった、と漏らす。
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「私たちがやっているのは、40年前のパテック フィリップと同じ。手仕上げには価値がある、というのも人の温かみが出て、見て癒やされるからだ。だから私たちは、ケースもムーブメントも手作業で磨く。仕上げで言うと、フィリップ・デュフォーは素晴らしいね。まだ彼の作品には及ばないが、私たちもやはり究極を目指したい。お客さまや時計師たちに驚いてもらうためにもね」。ローラン・フェリエは事もなげに言うが、彼の基準はかなり厳しい。
その一例が、地板に隙間なく施されたペルラージュだ。ゴム砥石を当てて模様を施すのは他社に同じ。しかし、模様がかなり細かいのである。また削り粉が出るたび、エアブラシでいちいちゴミを飛ばしている。ゴミを噛んで、傷を付けないためだ。地板1枚にペルラージュを施すには、なんと2時間を要するとのこと。ローラン・フェリエに、大きな模様を入れた方が作業時間が短くなるのでは、と尋ねたところ、「模様は小さい方がきれいだから」と即答された。
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仕上げ部門の責任者はマリレンヌ・バティスタ。名だたる時計メーカーでキャリアを積んできた彼女は、そのノウハウを引っ提げてローラン・フェリエに加わった。仕上げ自体は他社に同じだが、ペルラージュに同じく、かなりの手間をかけている。「トゥールビヨンのキャリッジは、まず角を潰しながら成形し、その後磨いていく。入り角が多いと本当に大変で、トゥールビヨンの場合はなんと13もある!」。
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正直、ローラン・フェリエで行われる作業に、特別なものがあるわけではない。しかし、そのいずれもが、驚くほど念入りなのだ。創業間もないこのマイクロメゾンが、時計愛好家を鷲掴みにしたのは、工房を見て合点がいった。なるほど、彼らは自分たちの作りたい時計を作っているのだ、と。
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