ローラン・フェリエ 〝時計師たちが作りたかった時計〟の極北

FEATURE本誌記事
2024.06.11

2009年に創業されたローラン・フェリエは、15年に今の所在地であるプラン・レ・ワットに移った。理由は、生産規模が拡大したため。しかし同社は、それに合わせて工房を充実させていった。部品を組み立てるエタブリスールであるのは今までに同じ。しかし、新しく設けられた装飾部門を含めて、作業のいちいちが入念なのだ。同社の名声を支えるのは、この非凡な工房とそこに集ったスタッフたち、だ。

クラシック・ムーン

実用性と審美性の両立に挑み続けるローラン・フェリエ。2024年の新作は、逆戻し可能なアニュアルカレンダーに、南北の月齢表示を加えた「クラシック・ムーン」である。トランスパレントバックからは、搭載されるCal.LF126.02を観賞できる。ハーモニーを重視する同社らしく、直線と丸というモチーフは、ムーブメントと文字盤にも多用されている。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan),
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]


プラン・レ・ワットの工房を訪れて分かった、ローラン・フェリエ躍進の理由

Cal.LF619.01

 筆者の知る限り、創業当初のローラン・フェリエとは、サプライヤーから供給される部品を組み立てるエタブリスールだったし、そう謳っていたはずだ。ローラン・フェリエの人脈があれば、第一級のサプライヤーを揃えるのは難しくなかったし、ムーブメントの開発に関わったラ・ファブリク・デュ・タン(現ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン)も、やはりエタブリスールであることに、誇りを持つ会社だったのである。

 しかし、ローラン・フェリエは良い意味で大きく変わった。エタブリスールでありながらも、ムーブメントの装飾を社内で行うようになったのである。「数年前からデコレーションを専用の部門で行うようになった。少量なら時計師でもできるが、生産本数が増えたので別部門を立ち上げた」とローラン・フェリエは語る。

ローラン・フェリエの自社工房

ローラン・フェリエの大きな特徴が、整然と用意された組み立て用のキットだ。マイクロメゾンらしからぬ準備の良さが、このメゾンの優れた品質を支えている。

 仕上げられた部品を組み立てるのは、15名の時計師だ。時計部門チーフのバジル・モナはこう語る。「いろいろな会社に所属してきたが、一番合っていたのがここだった。アトリエにはいろんなテクニックがあって学べるしね」。ローラン・フェリエが短期間で名声を得た理由は、工房を回って納得がいった。まずはサプライヤーから納品された部品のチェック。2名がフルタイムで確認するとのこと。「エステティックは全部チェック、平滑さなども確認する」とモナは説明する。

穴石やブッシュの作業書

時計師の机に貼られた、穴石やブッシュの作業書。ムーブメントごとに作業書と図面が用意され、時計師たちは必ずそれを見て作業する。優れた時計師たちには不要なはずだが、徹底してヒューマンエラーをなくすという姿勢が貫かれている。穴石に関しては、2/100mmの公差で厳密にアガキが指定されている。

ローラン・フェリエの自社工房

実際に、穴石の作業書を見ながら、地板に穴石をセッティングする様子。こうしたプリアセンブリングも時計師たちが分担して行っている。

 組み立てのプロセスも面白い。キャリバーごとに分けられた部品のキットに組むのは他社に同じ。しかし、キットにはそれぞれ対応する部品名が記され、整然と分類されている。複数のムーブメントを同時に組み立てるためだが、完璧に用意されたキットや、入念な作業手順書は、大メーカーの工房でもあまりお目にかからないものだ。

Cal.LF619.01

工房内では「グランドスポーツ・トゥールビヨン」が搭載するCal.LF619.01が組み立て中だった。スイスレバー脱進機とダブルヘアスプリングを搭載するこのムーブメントは、高い精度を誇る半面、組み立て・調整が難しい。だが、ローラン・フェリエに所属する時計師たちは、基本的にCal.LF619.01を組み立てられる。

 ちなみにローラン・フェリエの時計師たちは、スイスでも極め付きの腕利きばかり。しかし、彼ら・彼女らは、図面や手順書をいちいち確認しながら机に向かっている。組み立て部門の責任者を務めるアレクシー・ペレが説明してくれた。「慣れるとミスが起こる。そのためプロセスをきちんと踏むのが重要だ。また、マンネリにならないよう、組み立てるムーブメントのローテーションを行っている」。

ネジの頭を磨く作業

部品の装飾は現在、工房内の仕上げ部門で行われている。しかし、ローラン・フェリエで働く時計師たちの大多数は、仕上げができる腕を持っている。そのため、いくつかの部品は時計師たちによって卓上で仕上げられている。写真はネジの頭を磨く作業。亜鉛の板にダイヤモンドペーストを塗り、そこにネジを軽く当てて鏡面に仕上げる。磨いたネジを組み付け、ばらした後に再度研磨をするとのこと。また、ネジの先端も同様に磨かれる。
アニュアルカレンダーに使われる規制バネを仕上げるプロセス

アニュアルカレンダーに使われる規制バネを仕上げるプロセス。仕上げ部門に同じく、ジャンシャンにダイヤモンドペーストを塗り、手作業で磨いていく。

 ひとりの時計師が、部品の組み立てからケーシングまで行うのもハイエンドのマイクロメゾンに同じ。ムーブメントを2度組みするのも、決して珍しくはない。しかし、ある時計師が細かく説明してくれた。「私たちは1回目の組み立てでも2回目同様の注油をする。その後オイルを落とし、微調整して2度目の組み立てになる」。その理由はふたつ。ひとつは最初の組み立て後に、マイクロダストが生じるため。注油した部品を洗浄するのはかなりの手間だが、ゴミを落とすと思えば納得だ。また、1回目と2回目の組み立て精度が変わるのもその理由とのこと。主ゼンマイのトルクなどがわずかに変わるため、2度目の組み立てでないと本当の精度が分からないそうだ。

 これらの部品を仕上げるのが、部品の装飾部門である。ローラン・フェリエ自身は、長らく仕上げ部門を社内に設けたかった、と漏らす。

部品の面取り作業

サプライヤーから納入された部品を面取りする作業。これも時計師が行っている。

仕上げの作業仕様書

仕上げの作業仕様書。時計師の仕上げ作業にも、仕上げ部門と同等の美観が求められる。

「私たちがやっているのは、40年前のパテック フィリップと同じ。手仕上げには価値がある、というのも人の温かみが出て、見て癒やされるからだ。だから私たちは、ケースもムーブメントも手作業で磨く。仕上げで言うと、フィリップ・デュフォーは素晴らしいね。まだ彼の作品には及ばないが、私たちもやはり究極を目指したい。お客さまや時計師たちに驚いてもらうためにもね」。ローラン・フェリエは事もなげに言うが、彼の基準はかなり厳しい。

ローラン・フェリエの自社工房

工房の一部屋に設けられた仕上げ部門には、合計8名の職人が所属する。もっとも、手狭になったため、サンドブラストの機械などは、2階の温室に置かれている。ローラン・フェリエ曰く「今の工房が手狭になったため、2024年12月には工房と本社を移転する。床面積は約5倍になる」とのこと。

ローラン・フェリエの自社工房

仕上げ職人の机には、仕上げ用のツールが並ぶ。これは、スティールパーツを仕上げるためのもの。40年前のパテック フィリップに同じ、との説明通り、古式ゆかしき焼き入れ用の道具が右下に見える。

 その一例が、地板に隙間なく施されたペルラージュだ。ゴム砥石を当てて模様を施すのは他社に同じ。しかし、模様がかなり細かいのである。また削り粉が出るたび、エアブラシでいちいちゴミを飛ばしている。ゴミを噛んで、傷を付けないためだ。地板1枚にペルラージュを施すには、なんと2時間を要するとのこと。ローラン・フェリエに、大きな模様を入れた方が作業時間が短くなるのでは、と尋ねたところ、「模様は小さい方がきれいだから」と即答された。

受けに施す面取りの作業

受けに施す面取りの作業。角を潰した後、20ミクロン、3ミクロンと細かいラップフィルムで表面を磨き、最後はダイヤモンドペーストを付けたジャンシャンを当てて、鏡面に仕上げていく。面取りの幅は5/100mmと、かなり深めだ。
筋目仕上げが施されたアンクル受け

トゥールビヨンのアンクル受けにはごく浅い筋目仕上げが施される。穴石の周囲に施された鏡面仕上げにも注目。

 仕上げ部門の責任者はマリレンヌ・バティスタ。名だたる時計メーカーでキャリアを積んできた彼女は、そのノウハウを引っ提げてローラン・フェリエに加わった。仕上げ自体は他社に同じだが、ペルラージュに同じく、かなりの手間をかけている。「トゥールビヨンのキャリッジは、まず角を潰しながら成形し、その後磨いていく。入り角が多いと本当に大変で、トゥールビヨンの場合はなんと13もある!」。

アンクル受けに筋目仕上げを施すプロセス

上の写真の部品に筋目仕上げを施すプロセス。ラップフィルムを貼った回転するディスクに部品を軽く当て、浅い筋目を付けていく。この後、外部でメッキを施され、社内の検品を受けて、時計師に回される。作業自体は他社にも見られるが、担当するのがすべて熟練した職人であること、そして検品の厳格さが、ローラン・フェリエの質を支えている。

 正直、ローラン・フェリエで行われる作業に、特別なものがあるわけではない。しかし、そのいずれもが、驚くほど念入りなのだ。創業間もないこのマイクロメゾンが、時計愛好家を鷲掴みにしたのは、工房を見て合点がいった。なるほど、彼らは自分たちの作りたい時計を作っているのだ、と。

スティールで出来たトゥールビヨンのキャリッジ

スティールで出来たトゥールビヨンのキャリッジ。左は、手作業で深い面取りを施した状態。右は、さらに上面を鏡面に仕上げた状態である。担当者が「ポリ・ノワール」と語るように、角度によって黒色に見えるブラックポリッシュが施されている。仕上げは亜鉛とダイヤモンドペーストだ。

ペルラージュを施す作業

ちょっとした遊びとして、ペルラージュを施す体験をさせてもらった。真鍮製の板に、ゴム砥石を軽く当て、模様を付けていく。製品に同じく、完全なフリーハンドのため、均一に施すのはかなり難しい。なお、ローラン・フェリエは「手作業は個人差があるからこそ良い。それが人の手の温かみを感じさせるから」と強調する。



Contact info: スイスプライムブランズ Tel.03-6226-4650


2024年 ローラン・フェリエの新作時計を一気読み!

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『クロノス日本版』編集長・広田雅将が解説するローラン・フェリエの魅力

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ため息こぼれるムーブメント装飾は必見。ローラン・フェリエの限定モデル「クラシック マイクロローター - サロン・デ・オルロジェ エディション」

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