“良い時計の見分け方”をムーブメントから解説。良質時計鑑定術<面取り編>

FEATURE本誌記事
2024.06.29

「良い時計」の基準は、人によってさまざまだ。しかし分かりやすいポイントとして、仕上げやつくりが挙げられる。本記事では、ムーブメントの“面取り”から、良い時計をひもといていく。

“良い時計の見分け方”をムーブメントから解説。良質時計鑑定術<ブリッジの仕上げ編>

https://www.webchronos.net/features/117506/
奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2020年5月号掲載記事]


「良い時計」をムーブメントの“面取り”から見極める

パルミジャーニ・フルリエ「Cal.PF110」

パルミジャーニ・フルリエ「Cal.PF110」
受けの外周に付けられた強い丸みに注目。量産品としては珍しく、完全な戻り角(コワン・レントラン)を持つのがCal.PF110である。下地の加工自体はNC旋盤で行われるが、深く入り込んだ部分の仕上げは、ヤスリを使って手作業で仕上げ直す必要がある。面取り自体も現行の高級機としては珍しくかなり深い。

「良い時計」を考えた時、受け(ブリッジ)の上面仕上げ以上に見るべきが、エッジにあたる「面」の仕上げである。手仕上げと機械仕上げでは出来上がりが異なるし、手仕上げであっても、最上級とそれ以外はやはり違う。では、面の仕上げである「面取り」は、どこに注目すべきなのか。面取りの幅と、切り立った角の有無などから、その質を見ていこう。


面取りとは?

 一部の時計好きにとっては、上面よりも重要なのが、受けの面取りである。実際、ムーブメントのグレードは、面取りの仕上げにおおむね準じていると考えてよい。

 ムーブメントのカバーにあたる受けは、切削またはプレスで成形される。そのままだと見映えがしないため、やがて職人たちは、エッジを斜めに磨くようになった。これがそもそもの面取りである。

Cal.Logical One

Cal.Logical One
フィリップ・デュフォーの弟子たるに相応しい仕上げを持つロジカル・ワン。ムーブメントの設計は斬新だが、仕上げの手法はジュウ渓谷に伝わる古典的なものだ。受けの面取りは、磨き棒で大まかな形に成形した後、青粉を塗ったジャンシャンで整面、最後にデグジット砥石で磨くという入念さだ。深い戻り角に注目。
ローマン・ゴティエ「ロジカル・ワン」

ローマン・ゴティエ「ロジカル・ワン」
現行品で最も優れた仕上げを持つモデルのひとつ。9時位置のプッシュボタンを押してゼンマイを巻き上げ、2時位置のリュウズで時刻合わせを行うモデル。駆動系はチェーン・フュジーによる定力装置付き。手巻き(Cal.LogicalOne)。37石(+フュジー26石)。パワーリザーブ約46時間。2万8800振動/時。18KRGケース(直径43mm)。5気圧防水。

 もっとも、地板や受けをプレスで抜くことが当たり前だった1970年代以前、受けの金型には、あらかじめ面取りが施されていることが多かった。そして、職人たちはプレスで抜かれた受けのエッジを、手作業で成形した。60年代までの中堅機が、今の高級機並みの面取りを持っていた理由である。しかし、プレスの精度が上がり、職人の賃金が高騰するようになると、こういう手間のかかるプロセスは省かれていった。

ショパール「Cal.L.U.C 98.01-L」

ショパール「Cal.L.U.C 98.01-L」
極上ではないが、量産品としてはかなり良質な仕上げを持つのが、ショパールL.U.Cのジュネーブ・シール付きとカリテ・フルリエモデルである。4つの香箱を持つムーブメントCal.L.U.C 98.01-Lは、ジュネーブ・シールに相応しく、手作業で丸められた受けの面取りを持つ。面取り自体は深くて歪みも小さいが、量産品のため戻り角は付いていない。なお、いっそう量産型のL.U.Cになると、面取りは工作機械によるダイヤモンドカットだ。
A.ランゲ&ゾーネ「Cal.L093.1」

A.ランゲ&ゾーネ「Cal.L093.1」
大きな受けでムーブメントを覆うA.ランゲ&ゾーネは、他社ほど受けの面取りに重きを置いていない。しかし、写真が示す通り、手作業で施された丸みのある面取りを持っている。NC旋盤で大まかな形を切った後、ハンドツールで角を丸めていく。なお、A.ランゲ&ゾーネ曰く、あえて面取りに戻り角を付けないのは、コストのためではなく、グラスヒュッテの伝統にそぐわないため、とのこと。


面取りのグレード

 面取りにはいくつかのグレードがある。高級品に相応しいのは、手作業で施した、丸みのある面取りである。とはいえ手作業でも差はあり、最も手の込んだものは面取りが完全な鏡面を持ち、しかも幅が広く、切れ込んだ戻り角(コワン・レントラン)と、飛び出した出角(コワン・ソルタン)を備えている。量産機でこういったサンプルを探すなら、パルミジャーニ・フルリエのPF110と、ヴァシュロン・コンスタンタンの1400になるだろう。戻り角と出角が重要なのは、この部分は、ヤスリを使って成形するしかないためである。仕上げを誇る独立時計師の多くは、もちろん言うまでもなく、戻り角と出角を面取りに与えている。もっとも、かつては1枚の板材をヤスリで成形して面取りを施すのが定石だったが、今や、NC旋盤で大まかな形を作り、それを手作業で成形する手法が普及するようになった。

Cal.1400/1

Cal.1400/1
現行の量産機で傑出した仕上げを誇るのが、ヴァシュロン・コンスタンタンのCal.1400である。極めて深い面取りと多用された戻り角に注目。また、外に向かって飛び出した出角(コワン・ソルタン)も、手作業で丁寧に施されている。現在、こういった凝った仕上げを施すことは極めて難しい。しかしジュネーブの老舗は優れた仕上げを今なお一部のムーブメントに残している。
ヴァシュロン・コンスタンタン「トラディショナル・マニュアルワインディング」

ヴァシュロン・コンスタンタン「トラディショナル・マニュアルワインディング」
仕上げを語るなら、このモデルは外せない。搭載するのはVCVJ(ヴァシュロン・コンスタンタン・ヴァレ・ド・ジュウ)が設計した手巻きのCal.1400。現在の基準から見るとスペックは並だが、仕上げは今なお群を抜いている。手巻き(Cal.1400/1)。20石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KWGケース(直径33mm)。3気圧防水。


現在ポピュラーな面取り

 手作業で施した面取りでも、よりポピュラーなのが、丸まった戻り角を意味する丸角(コワン・アロンディ)を持つものだ。こういった面取りの多くは、ハンドドリルで成形される。良質ではあるが、ドリルを使うため、戻り角のエッジは甘くなり、丸角となる。なお、手作業での面取りを見る場合、面取りの幅には注目すべきである。デザインを考慮して細くした場合もあるが、一般的に細い面取りは、コストを考えた結果と考えてよい。

パネライ「Cal.P.3000」

パネライ「Cal.P.3000」
機械仕上げのダイヤモンドカットにもかかわらず、優れた面取りを持つのがパネライである。鏡面仕上げの面取りは、NC旋盤で施したもの。にもかかわらず、切削痕がまったく見当たらない。ダイヤモンドカットで施された面取りを見る場合、切削痕の筋目が目立つか目立たないかはチェックした方がよい。筋目がほとんど見えない本作は最も優れた例だ。

 現在ポピュラーなのは、NC旋盤とダイヤモンドカッターで面取りを施したものである。これは完全な機械仕上げで、量産機の多くが採用している。手作業との違いは、面取りがフラットであること。個人的な意見を言うと、出来の良いダイヤモンドカット仕上げの面取りは、今の高級時計に相応しいように思う。質を判断する際は、面取りに細かな切削痕が残っていないこと、幅が太いこと、そして鏡面を持っていること。そのムーブメントが、幅の広い面取りと完全な鏡面を両立させた場合、そのメーカーには加工技術があると判断できるだろう。ロレックス、グランドセイコー、パネライ、シャネル、IWCなどはダイヤモンドカットによる優れた面取りのサンプルだ。

 愛好家が面取りを重視するもうひとつの理由は、すでに述べた通り、深いジュネーブ仕上げが、しばしば面取りに“段”を残すためである。

Cal.9SA5

Cal.9SA5
ムーブメントの外周にはダイヤモンドカットの面取りを施していたグランドセイコー。高級機であるCal.9SA5は、ムーブメントの受けすべてに面取りが施された。切削痕の筋目が見えない深い面取りは、機械加工によるものとしては最も優れたものだろう。ただし、価格を考えれば、手作業による面取りの方が、いっそう望ましかったように思う。
グランドセイコー「ヘリテージコレクション メカニカルハイビート 36000 80 Hours SLGH002」

グランドセイコー「ヘリテージコレクション メカニカルハイビート 36000 80 Hours SLGH002」
新型ムーブメントを載せたグランドセイコーのフラッグシップモデル。高級品に相応しく、ムーブメントの受けにはダイヤモンドカットで面取り、穴石の周りにも鏡面仕上げが施される。自動巻き(Cal.9SA5)。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KYGケース(直径40mm、厚さ11.7mm)。10気圧防水。世界限定100本。
Cal.12.1

Cal.12.1
シャネルが資本参加したケニッシは、基本的にはチューダーの興した会社である。そのため、J12が搭載するCal.12.1にはチューダーの兄弟会社であるロレックスのノウハウが散見される。一例が、ムーブメント外周に施されたダイヤモンドカット仕上げの面取りだ。幅の広い面に、機械仕上げとはいえ均一に面取りを施すのはかなり難しい。仕上げの良さは、完全な鏡面を持つことからも明らかだ。
シャネル「J12」

シャネル「J12」
自社開発のマニュファクチュール製ムーブメントを搭載したJ12。見た目の変化はわずかだが、ほとんどの構成要素が変更されている。価格も極めて戦略的だ。C.O.S.C.認定クロノメーターを取得している。自動巻き(Cal.12.1)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。高耐性ホワイトセラミックケース(直径38mm)。200m防水。


面取りの種類と見分け方

面取りの種類と見分け方

 ムーブメントの面取りは大きく4つに分けられる。

 ❶は量産品のエボーシュに見られる仕上げ。かつてはプレスで面取りを加えていたが、今や完全に省かれた。ただし仕上げがないからといって、機能に問題があるわけではない。

 ❷はミドルレンジに見られるダイヤモンドカットの面取り。機械で整面するため、面はフラットである。しばしば機械仕上げと揶揄されるが、良いものは下手な手仕上げよりも見映えがする。面取りの幅が広く、切削痕が見られないのが良いものの条件だ。

 ❸は手作業による仕上げ。機械との違いが、面が丸いことである。ただし、十分なコストが割けない場合、面取りの幅は狭くなりがちだ。

 ❹は最上級の例。面取りの幅は広く、丸みも強く、穴石の周りには、切り立った戻り角を持つ場合が多い。ただしコストがかかるため、超高級品しか採用できない。


時計修理の現場から見る「良い時計」とは? 良質時計鑑定術

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“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<針編>

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