2016年に発表されたアイコンは、良質な外装と戦略的な価格により、たちまちモーリス・ラクロアを代表するコレクションとなった。同社マネージングディレクターのステファン・ワザーは言う。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
顧客からのフィードバックがかたちづくった成功
モーリス・ラクロア マネージングディレクター。1975年、スイス生まれ。HECローザンヌ大学を卒業後、タグ・ホイヤーに入社。以降、さまざまな会社でマーケティングに携わった後、2008年、モーリス・ラクロア入社。インターナショナルマーケティングディレクターとしてブランドの知名度を向上させる。14年7月より現職。「アイコン」を打ち出し、さらにコミュニティーとのつながりを持つことで、モーリス・ラクロアを再び成長軌道に乗せた。
「アイコンは私たちの中でも非常に若いコレクション。ですから私たちはここ数年、アイコンに焦点を当ててきました」
だが同社などの成功を受け、他社もブレスレット付きのスポーティーな時計を作るようになった。では、どう差別化を図っていくのか?
「私がアイコンから学んだのは、このコレクションはファッションに近いということ。故に、色や限定モデルなどでコレクションに動きを与えることが大切ですね。例えば、サマーエディションやピンクカラー文字盤を持つモデル、アジア限定モデルなどです。アイコンは今やみんなが欲しがるコレクションになりました。でも人は一度手に入れたら違うものが欲しくなる。だから私たちは新しいモデルを追加するのです」
そんな彼がチェックしているのは時計好きの動向だ。確かに、いわゆる大メーカーのトップで、ワザーほど顧客やウォッチコミュニティーと接点のある人は稀だろう。
「ウォッチコミュニティーの重要性を知ったのは日本から。つまり、モーリス・ラクロアの日本のファンクラブからです。私たちは顧客の意見を聞くようになったし、そのアイデアは非常に興味深い。彼らの声に耳を傾け、その意味を理解できたなら、何を開発すべきかが分かるでしょう」
時計好きの声を受けて2023年に復活したダイバーズウォッチの新作。見た目は前作にほぼ同じだが、防水性能を600mから300mに下げることで、ヘリウム排出バルブを省略。ケースの小型・薄型化に成功した。今のモーリス・ラクロアらしく、価格はかなり戦略的だ。自動巻き(Cal.ML115)。25石。パワーリザーブ約38時間。SS+DLCケース(直径42mm、厚さ13mm)。32万5600円(税込み)。
その一例が、新しい「ポントス S ダイバー」である。
「2019年にインスタグラムの投稿を見ていたら、アイコンのほかに最もコメントが多かったのは、ポントスだったのです。でも製造中止になっていた。復活させなければならないと思いましたね」
13年に発表されたポントス S ダイバーは、良質でスタイリッシュなダイバーズウォッチだったが、人気があったとは言いがたい。しかしポントスへの注目が、リバイバルの後押しとなった。しかし、である。アイコンにもダイバーがあるのに、なぜ新たに復活させようとしたのか?
「アイコンとポントスは、それぞれキャラクターが違うのです。アイコンは都会的ですが、ポントスはもっとライフスタイル寄りですね」。ワザー氏はこうも語った。
「顧客や時計好きは、とても良いアイデアを持っていることもあれば、その逆もあります。しかし、顧客からのフィードバックがなかったら、そして私たちがそれに耳を傾けることがなかったら、モーリス・ラクロアは今のようなブランドにはなっていなかったでしょう」