ユリス・ナルダンの「ブラスト フリーホイール」を着用レビュー。本作は、搭載される手巻きムーブメントCal.UN-176がもたらす“機械式時計ならではの愉悦”を、存分に味わえる1本だ。なお、借りたモデルのストラップは手首周り14.7cmの私には大きかったため、実際の着用は男性社員が行い、着用感をヒアリングする形で原稿を作成した。
Text by Chieko Tsuruoka(Chronos-Japan)
[2024年7月6日公開記事]
ユリス・ナルダン「ブラスト フリーホイール」ってどんな腕時計?
ユリス・ナルダンが“大胆な”と標榜する「ブラスト」シリーズの中でも、特に印象的な意匠を備える「ブラスト フリーホイール」。オープンワークの文字盤には12時位置の大きな香箱を中心に輪列が並び、さらに6時位置にコンスタントエスケープメントのユリスアンカーフライングトゥールビヨンを、4時位置に約7日間のパワーリザーブインジケーターを有しており、これらの各パーツが、外観からでは分からないアタッチメントによって、まるで空中に浮かんでいるかのように配置されている。
手巻き(Cal.UN-176)。23石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約7日間。18KRGケース(直径44mm)。30m防水。要価格問合せ。
今回、このブラスト フリーホイールのうち、18Kローズゴールドケースのモデルを着用レビューする。本作を数日使ってみた感想は、「機械式時計ならではの愉悦を存分に味わえた」ということ。なお、付属のストラップが手首回り14.7cmの私には大きかったため、代わりに『クロノス日本版』編集部の男性社員である大橋洋介が実際に着用した。着用感、使用感の面では、彼のレビューにのっとっている。
目で楽しめる内部構造
近年、トランスパレント式のケースバックを採用するブランドは少なくない。ケースバックからムーブメントに施された装飾やテンプの動き、あるいは主ゼンマイを巻き上げる輪列の様子を観賞することは、機械式時計を所有する楽しみのひとつであろう。今回着用したブラスト フリーホイールは、その楽しみを、文字盤全体で味わうことができるのだ。
リュウズを使って主ゼンマイを巻き上げると、12時位置の、約7日間のパワーリザーブを備えた巨大な香箱が回転し、さらに輪列が動き出す。この動きをケースバック側から観賞できるモデルは、前述の通りトランスパレント式であれば珍しくない。しかし本作は、この動きをリュウズを操作しながら、つまり文字盤側から眺められるというのがミソだ。ブリッジで隠されていないため、その仕組みを思う存分楽しむことができるだろう。ケース半分がサファイアクリスタル製であるため、ケースサイドからこのムーブメントをのぞけることも、所有への満足感を高めた。
フライングトゥールビヨンの動きも特徴的だ。6時位置の大きなトゥールビヨンは、コンスタントエスケープメントを搭載している。主ゼンマイの巻き上げ量を問わず、一定のトルクを供給するこのコンスタントエスケープメントを握っているのが、シリコン製ユリスアンカーだ。
中央にアンクルを固定した円形フレームを備えるこのエスケープメントは、さらにふたつのブレードスプリング(板ばね)によって支えられている。このブレードスプリングの直径は、毛髪の4分の1の薄さもないという。ブレードスプリングがバネとして湾曲したり伸びたりすることで、テンプに供給されるエネルギーが均一に保たれている。また、シリコン製のガンギ車やアンクルは摩擦の影響を受けづらいため、エネルギーロスがなく、この均一性を助けている。ただ見た目に印象的なだけではなく、長いパワーリザーブの中で安定した精度を志向して製造されたことが分かるムーブメントである。
言うは易し、とはいったもので、このムーブメントを実現するためには、長年ユリス・ナルダンが培ってきたシリコンパーツを扱うノウハウや、高度な時計製造技術が欠かせない。なお、この高度なメカニズムを持つムーブメントは、274個のパーツで構成される。2015年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)で、トゥールビヨン部門賞を受賞したことも特筆すべき点だ。
こういった機械式仕掛けの、複雑でユニークな機構を手首に載せるというのは、機械式腕時計を所有する愉悦のひとつであるように思う。例えばこのコンスタントエスケープメントは安定した精度を保つための機構だ。高精度を求めるなら、クォーツウォッチやデジタルウォッチを使えば良い。しかし、あえて機械式時計で精度を突き詰めること、そしてただ性能を追求するのみならず、この機構を露出させ、意匠の一部として目で見て楽しませることに、機械式時計ならではの楽しさがある。
ユリス・ナルダンの腕時計は、創意工夫にあふれる意匠や機構を有したモデルのイメージが強い。ともすれば、奇抜さで時計市場でのポジショニングを行っているように思える。しかし、こういった趣味性の根底にあるような、シンプルな“機械式時計の価値”をよく理解し、巧みにブランディングに用いている時計ブランドであることが、本作から伝わってくる。ちなみに動画では消音してしまったが、ロービートならではのチチチチ……という音が心地よかったことも、本作の機械式時計の愉悦を手伝う一端として挙げておく。
ただし、ケースバック側は少しそっけない。トゥールビヨンはもちろん、輪列が文字盤側にセッティングされているため、ケースバックからはメインプレートで覆われているためだ。もっとも、グレーコーティングを施し、表面を荒らしたような仕上げとなっているプレートは、本作のどこか近未来的な要素を強調するようにも感じられる。
操作性は極めて良好
機能自体は2針のみであるため、操作はシンプルだ。約7日間の超ロングパワーリザーブということもあり、頻繁にリュウズを使って何かやらなくてはいけない、というわけではない。とはいえ、搭載されるムーブメントCal.UN-173は手巻きムーブメントだ。ロングパワーリザーブだが、定期的な主ゼンマイの巻き上げが必要となる。しかも、7日間分の主ゼンマイを巻き上げなくてはならないため、たくさんの回数、リュウズを回すことになる。そのためリュウズが小さすぎたり、エッジが立ちすぎていて指に刺さったりすると、この巻き上げの行為が辛くなってしまうのだが、本作は程よい大きさで、指の腹に刻まれた溝のエッジが当たるなどといったこともなかったため、快適な巻き心地だった。
手巻き式腕時計の、「主ゼンマイを巻き上げる」という行為に喜びを覚えるユーザーは少なくないだろう。たくさん巻き上げが行える本作は、この点でも「機械式時計ならではの愉悦」という価値を、我々に与えてくれるのだ。
ダイナミックな見た目に反して、快適な装着感
冒頭でも記した通り、今回のモデルはストラップ内寸が私には大きかったため、『クロノス日本版』編集部の大橋洋介に代わりに着用してもらい、ヒアリングしたレビューを原稿に落とし込んでいる。
なお、大橋は普段はケースサイズ33mm~36mmくらいの、小径モデルを着用しているという。そのためケースサイズ44mmの本作は、やや大きいはずだ。しかし「かなり手首になじむ」と絶賛。また、手首から浮くようなこともなく、快適に着用できたという。
重量は109gと、18Kローズゴールド製モデルとしては軽量であるため、取り回しも良いのだろう。ちなみに私は以前、ユリス・ナルダンの「マリーン トルピユール」を着用レビューした。マリーン トルピユールもケース直径42mmと、決して小さくはない。しかし非常に装着感に優れており、とても驚かされた。ユリス・ナルダンはただ奇抜な機構や意匠の時計を作っているブランドではなく、実用性も犠牲にしない、誠実な時計ブランドであることが、この「着用感」という点からも分かる。
バックルの脱着にも難はない。よくある両開き式で、バックルサイドに取り付けられたプッシュボタンを押すことで、取り外しができる仕様だ。バックルで痛い思いをすることもなかったと大橋は話しており、そのあたりはユリス・ナルダンほどの時計ブランドともなれば“当然”とも考えられるだろう。ただし、バックルは大きめで、デスクワークの際は少し気になったという。
最後に大橋は、こう語った。「海の底から引き揚げられた、アトランティスのオーパーツを手にしているようで、しかし実用もできるこの時計は、見て触って楽しいモデルである」。
機械式時計の最高峰とは、かくあるものなりや
ユリス・ナルダンのブラスト フリーホイールを着用レビューした。本作は、機構そのものも、この機構の“魅せ方”も、そして操作の妙も、あらゆる面において機械式時計の愉悦を味わえる腕時計であった。時計愛好家の心に刺さることは、間違いない。
もっとも、価格は高額だ。ブランドの公式ホームページでは要価格問合せとなっているので正確には分からないが、数百万円といった価格ではないだろう。また、ユリス・ナルダンというブランドが大量生産していないこともあり、いつも気軽に買える腕時計というわけではない。こういったハイレベルなポジショニングであるがゆえに、本作は機械式時計の最高峰のひとつともいえるのではないかと思い、頑張って(宝くじを当てるなどして)このモデルを買えるようになろうと決意したところで、筆を置く。
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