自動巻き機構、何が正解なのかをワインディングシステムから研究【片方向巻き上げ】

2024.11.04

自動巻き腕時計が誕生して100年を迎えた2022年の11月号で、クロノス日本版編集部は、自動巻き機構と真剣に向き合った。そのページをwebChronosへと転載していく。今回は自動巻きのワインディングシステムのうち、「片方向巻き上げ式」について、ブライトリングの技術者などから話を聞きつつ、その特徴をひもといていく。

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三田村優、奥田高史、奥山栄一、吉江正倫:写真
Photographs by Yu Mitamura, Takafumi Okuda, Eiichi Okuyama, Masanori Yoshie
広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan), Yukiya Suzuki(Chronos-Japan)
Edited & Text by Chronos Japan Edition (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
Special thanks to Breitling Japan
[クロノス日本版 2022年11月号掲載記事]


自動巻き時計のワインディングシステム「片方向巻き上げ」

Cal.01、Cal.B20、Cal.13

ブライトリングが採用する代表的な自動巻きムーブメント。左から、2009年に発表した初の自社開発による自動巻きクロノグラフムーブメントCal.01、ケニッシとの共同開発による3針デイト付き自動巻きのCal.B20、1984年にレギュラー化されたクロノマットから採用し続けるETA 7750をリファインしたCal.13。

 自動巻きムーブメントの巻き上げ方式について、片方向巻き上げが良いのか、両方向巻き上げが良いのか? ややマニアックではあるが、自動巻き腕時計のユーザーにとっては、巻き上げ効率や耐久性など、そのメリットやデメリットは気になるところだろう。そこで、長年ETA 7750をベースとしたCal.13を採用し、その扱いに最も長けたウォッチメーカーのひとつ、ブライトリングにその基本的な機構を取材した。


ブライトリングの技術者に聞く、Cal.13の特徴と巻き上げ方式

Cal.13

ブライトリング Cal.13
1980年代、ブライトリングがクロノマットを新たな形で復活させた際に採用した自動巻きクロノグラフのエボーシュムーブメントがETA 7750。その後、現在に至るまで採用され続けているため、Cal.13は絶えずブラッシュアップされ、1999年以降にはすべてのムーブメントがC.O.S.C.認定クロノメーターを取得している。ローターを外すと、ムーブメントの3時位置にクロノグラフの操作系を制御するカムが見られる。

 1973年に登場したバルジュー7750(現ETA 7750)。言わずと知れた、時計業界で最も使用されている汎用自動巻きクロノグラフムーブメントのひとつである。このムーブメントを80年代に発表したクロノマットから現在に至るまで使用し続けているのがブライトリングだ。ブライトリングでの名称はCal.13。今回、長年このムーブメントを使用し続け、その機構に精通したブライトリングに、その特徴をうかがった。応じてくれたのはスタジオ・ブライトリング銀座の技術者、林繁氏である。

林繁

東京のスタジオ・ブライトリング銀座において時計技術部ディレクターを務める林繁氏。ブライトリングに所属する時計技術者の中のみならず、世界でも数少ない「技術者のための指導者・技術トレーナー」として活躍。イベントにおける一般ユーザー向けの解説も非常に分かりやすいと好評を得る。

「ETA 7750はローターの動きが軽い印象です。片方向巻き上げなので、より動きが軽い回転方向は、主ゼンマイを巻き上げない空転している状態で、巻き上げる方向の回転はそれに比べて少し重くなりますが、それでも全体の動きは軽快ですね」

 確かに、ETA 7750搭載機を使用したことがある人であれば、経験があるだろうが、腕の動きに合わせて勢いよくローターが回転する振動を腕に感じることができる。よく巻き上がっていると勘違いしてしまうが、この回転方向は主ゼンマイを巻き上げない空回りだ。だが、この空回りに意味がまったくないわけではない。IWCのステファン・イーネンによると、自動巻き機構の分類は、片方向と両方向の巻き上げ方式による分類のほかに、「重力巻き上げ」と「加速度巻き上げ」がある。前者は大きな振動質量で巻き上げ、後者は小さな振動質量で巻き上げるものだ。片方向巻き上げ式は前者の重力巻き上げのため、ローターが生み出す大きなトルクで、後者に比べて少ない回転数で主ゼンマイを巻き上げることができる。加えて、ローターが空回りした後に反転するエネルギーも利用して、主ゼンマイを巻き上げているという。

Cal.13

Cal.13からローターを外した様子。受けの小窓からローターの回転を一方向に制御するリバーシングホイールがのぞく。

Cal.13

片方向巻き上げの巻き上げ方法
Cal.13からさらに受けを外した状態。画像中央の歯車がリバーシングホイール。ローターの回転が伝わり、リバーシングホイールが時計回りに回転する場合は、棒状のバネであるストップクリックがリバーシングホイールの下側の歯に当たり、回転を止める。その際、ローターは空転する。リバーシングホイールが反時計回り(①の方向)に回転する場合は、ストップクリックが下の歯を滑るため、リバーシングホイールは回転し、連結する中間車を②の方向に回転させ、もう1枚中間車を介して角穴車を回転させ、香箱を巻き上げる。

「ブライトリングで自動巻き機構の機能をチェックする場合、まず停止状態からオートワインダーにかけて全巻き状態にするのですが、片方向巻き上げのETA7750は約3時間程度で全巻きになります。対して、リバーサーによる両方向巻き上げのキャリバー01は全巻きになるのに約4時間程度かかります」

 もちろん、ETA 7750とCal.01ではパワーリザーブが異なるため、単純に比較はできないが、片方向巻き上げだから巻き上げ効率が低いとは一概に言えないことは確かだろう。

「ETA 7750は、片方向巻き上げの分、一方向に効率的に巻き上がるように設計されているように感じます」

ワインディングマシンで巻き上げテストを行っている様子

スタジオ・ブライトリング銀座においてワインディングマシンで巻き上げテストを行っている様子。腕時計が止まった状態でオートワインダーにかけ、全巻きにしたうえで5姿勢の精度と振り角をチェックする。ETA 2824とETA 7750は約3時間、Cal.01とETA 2892A2は約4時間で全巻きになるという。

 こう林氏が語るように、確かに、片方向巻き上げは運動量が少ないデスクワーカーでも巻き上がるとはよく言われることだ。古くは、60年代後半に、エボーシュメーカーのア・シルトが、両方向巻き上げよりも片方向巻き上げの方が巻き上げ効率に優れる、という論文を発表している。片方向巻き上げを自社ムーブメントに採用するジャガー・ルクルトも次のように述べる。

リバーシングホイール

Cal.13からローターを外した後に現れる受けの裏側に組み込まれるのが、ローターの回転を一方向のみに伝達するリバーシングホイール。

「片方向巻き上げ機構を採用したのは、オフィスワークの発達に伴い、着用者の運動能力が以前より低下しているといういくつかの研究結果に基づくものです。そこで、より高速に巻き上げられる機構を開発し、その解決策として採用されたのが逆回転防止機構でした。新機構によりエネルギー伝達がよりダイレクトになり、エネルギーのロスが少なくなりました。さらに、この片方向巻き上げローターでは、ごくわずかな動きでも機構を巻き上げることができます」

 すなわち、使用者の生活様式によって、巻き上げ方式の最適解は変わるのだ。だが、ひとつ確かなのは、長年にわたって熟成されたキャリバー13の信頼性は揺るぎないということだ。

リバーシングホイール

リバーシングホイール単体。両方向巻き上げのリバーサーと同じく、内部にクリックとドライバーが組み込まれており、ストップクリックでリバーシングホイールが規制されている時は、リバーシングホイールは回転しないが、内部のクリックがドライバーのウルフティース上を滑るため、ローターのみが回転する仕組みになっている。


片方向巻き上げ information

採用ブランドと主なムーブメント
パテック フィリップ Cal.240、Cal.324、Cal.26-330、ETA 7750、パルミジャーニ・フルリエ Cal.PF331、ブレゲほか多数。

メリット
一方向の不動作角を小さくできるため、実用上の巻き上げ効率がかなり高い。

デメリット
一方向に空転するため、連続で巻き上げにくい。また質量の大きなローターの場合、空転時の振動が過大な場合がある。

[総評]
1970年代以降にリバイバルを果たしたのが、古典的な片方向巻き上げ自動巻きである。分類すると、リバーサーやスイッチングロッカーのような加速度式自動巻きではなく、重力式自動巻きとなる。そのため連続した巻き上げには向かないが、不動作角が小さいため、ローターが小刻みに動くデスクワークでもよく巻き上がる。もっとも空転が大きくなるため、重いローターには向かない機構だ。


採用ブランドに聞く、自動巻き機構の設計思想
パテック フィリップ × Cal.240系、 Cal.324系、Cal.26-330系など

 現在、各社がこぞって採用する片方向巻き上げ式自動巻き。デスクワークでもよく巻き上がり、自動巻きに不具合が起こりにくいこのシステムは、デスクワーカーにはうってつけだ。このシステムを、1970年代から一貫して採用し続けてきたのが、パテック フィリップである。同社の頭脳であるフィリップ・バラは、いかにして同社の自動巻き機構に洗練をもたらしたのだろうか?

フィリップ・バラ

フィリップ・バラ
1961年、スイス生まれ。ジュネーブ時計学校で時計とマイクロテクニックを学んだ後、エンジニアの学位を取得。卒業後、ショパールに入社。同社で各種モジュールの設計を行う。92年、パテック フィリップに入社。年次カレンダーやスプリットセコンド・クロノグラフなどのコンプリケーションをはじめ、数々の傑作の設計を手掛ける。

 ご存じの通り、Cal.240はマイクロローターを載せた自動巻きです。スペースの都合と、他メーカーの流れに逆らって、私たちは片方向巻き上げのムーブメントをリリースしたのです。もっとも当時も、片方向が最も効率的とされていました。大きなローターがないことに加えて、手首のちょっとした動きで、片方向の方が早く巻き上がったのです。その後、片方向巻き上げはセンターローターにも転用され、良好な成績を発揮しました。私たちは今まで両方向巻き上げを採用しませんでしたが、あらゆることにオープンです。今後の採用は、未来が教えてくれるでしょう。

 私たちの片方向巻き上げについて、お客様から騒音や振動の指摘を受けたことはありません。当社の(セラミック)ベアリングは精度が高く、不規則な振動を抑えているからでしょう。また私たちは、自動巻き機構の摩耗リスクを減らすために、手で巻き上げるときに自動巻き機構を切り離す機構を加えました。したがって、自動巻きのためのクラッチレバーはもはや存在せず、弊社が特許を取得したクラッチレバーを採用しています。

 新しい自動巻きムーブメントを開発する際には、基本的には男性、女性、遅巻き派(デスクワーカーなど)、早巻き派(機械を操作する人や激しいスポーツをする人など)といった、異なる母集団でテストを行います。巻き上げのスピードが遅すぎると巻けないし、速すぎると自動巻きが磨り減ってしまう。そのバランスは難しいところですね。しかし、我々は、デスクワークの比率が高いテスターを使って、巻き上げ速度が十分であることを確認しています。


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