先日、IWCにお邪魔した時、話題は個人的なIWC語りになった。筆者はIWCも「ポルトギーゼ」も好きだし、実際、結構な数の記事を書いてきた。しかし、そんなに好きなら改めてポルトギーゼへのラブレターを書いてよ、と頼まれた。オタク語りでいいなら喜んで。
Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2024年8月30日公開記事]
よく出来た普段使いの時計を探して
よく出来た普段使いの時計を聞かれて、時計好きがまず頭に思い浮かべるのはロレックスの「デイトジャスト」だろう。丈夫なオイスターケースに高精度な自動巻きムーブメント、そして視認性に優れる文字盤を持つデイトジャストは、いわゆる「良質な実用時計」の条件をほぼ完全に満たすものだ。
しかしロレックスはあまりにもメジャーすぎ、出来も良すぎなので、うかつに手にすると時計趣味が強制終了されてしまいそうだ。事実、旧友のYは、ロレックスの「サブマリーナー」を買った後、「時計はこれでいいと思います」という謎のコメントを残して時計趣味から足を洗ってしまった。
よく出来た普段使いの時計は欲しいが、時計に興味がなくなるのも困る。というわけで、筆者はよく出来た普段使いを「ロレックス以外」で探してきた。仕事でもプライベートでもいろいろ見てきたが、一押しは変わらずIWCの「ポルトギーゼ」だ。ただの身びいきだが、これはひょっとしてデイトジャストに代わる時計の最右翼じゃないか。もっとも、ただ偏愛を連ねても誰も読んでくれないので、それっぽい理由を述べてみたい。
広田がIWC「ポルトギーゼ」を愛する理由
限られたサイズで頑強さと精度、そして視認性を突き詰めたのが今の腕時計であり、その完成形のひとつがデイトジャストだ。丈夫さで言えばG-SHOCKは唯一無二だが、良質という条件を加えると、デイトジャストになるだろう。ほかにも優れた時計は多いが、普段使いの時計に重要な欠点の少なさで言えば、デイトジャストはピカイチだ。むかつくけれど。
IWCのポルトギーゼも目指す方向性はデイトジャストに同じである。しかし、そのアプローチは潔いというか、はっきり言うと荒々しい。普通はやらないだろという手法で、IWCは実用時計を仕立ててしまったのである。
「大きいことはすべて良いことだ」
2020年に発表された、現行「ポルトギーゼ・クロノグラフ」。デザインやサイズは大きく変えていないものの、自社製ムーブメントCal.69355を搭載し、トランスパレント式のケースバックを採用するようになった。自動巻き(Cal.69355)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SS(直径41mm、厚さ13mm)。3気圧防水。123万7500円(税込み)。
時計の精度を上げたければ、細々とムーブメントをチューンするのが王道だ。ジャガー・ルクルトのエボーシュを仕立て直したオーデマ ピゲやヴァシュロン・コンスタンタン、ETAに魔改造を加えたブライトリングなどがよい例だろう。
対してポルトギーゼは「大きいことはすべて良いことだ」を地で行くように、大きな懐中時計用のムーブメントを無理矢理腕時計に載せてしまったのである。クルマにたとえると、日産の「スカイライン GT-B」、シェルビー「コブラ」、ランチア「テーマ 8.32」みたいなものだろうか。大きなムーブメントを載せるとケースも大きくなり、わざわざ針やインデックスを立体的にしなくとも、文字盤は見やすくなる。ちなみにこの手法は、軍用時計ではしばしば見られたものだ。ロンジンのチェコ軍用や、オメガのクロノグラフなどは、懐中時計のムーブメントを転用することで、腕時計の精度と視認性を大きく改善した試みである。しかし、民生用の時計でこのアプローチを選んだ時計はほとんどない。ほぼ唯一の例外はポルトギーゼだったのである。
ミリタリーウォッチの手法で時計の正確さと見やすさを改善したポルトギーゼ。その考え方は理にかなっていたが、普通の人々にはまったく受けなかった。このモデルが発表されたとされる1939年当時、腕時計の標準的なサイズはせいぜい30mm程度だった。直径42mmのケースを持つポルトギーゼは、よほどの物好きか、マニアにしか刺さらなかったのである。正直、2000年代に入るまで、ポルトギーゼいう時計は一種のキワモノだったし、実際筆者も全然興味を持てなかった。時計というのは小さくて凝縮感のあるもの、という世間の常識から、ポルトギーゼはあまりにもかけ離れていたのである。
しかし、デカ厚時計が広まり、ビッグウォッチに対する心理的な抵抗が少なくなると、ポルトギーゼはいきなり注目を集めるようになった。しかも大きなケースには、高精度という分かりやすい理由があったのである。加えて、ポルトギーゼのデザインは、一見平凡だが、よくよく見るとほかにない個性を持っていた。
ポルトギーゼの個性
2024年にコレクションに加わった、新色の「ポルトギーゼ・オートマティック 40」。18Kホワイトゴールドケースにホライゾンブルーの文字盤を備えている。自動巻き(Cal.82200)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWGケース(直径40.4mm、厚さ12.4mm)。5気圧防水。288万7500円(税込み)。
ポルトギーゼの大きな特徴は、アラビア数字のインデックスである。ドレスウォッチならばバーやローマ数字インデックスとなるが、ポルトギーゼはそもそも船乗りたちの要望から生まれた時計だ。見やすいアラビア数字を選んだのは当然だろう。しかも、インデックスは別部品を固定したアプライドではなく、文字盤と一体成型のエンボス仕上げだった(現在はアプライドに変更)。理由はおそらく、ショックを受けてもインデックスが剥がれないため。軍用時計のようなディテールが示すのは、あくまでも実用時計という立ち位置だ。
ポルトギーゼを含めて、世間にはアラビア数字インデックスの時計は少なくない。しかしポルトギーゼはベゼルとの組み合わせがほかとは違う。普通、アラビア数字インデックスを持つ時計のベゼルは、実用性を重視するため太くなる。エンボス仕上げのような実用的な文字盤を持つ時計ならなおさらだ。しかし大きなムーブメントを載せたポルトギーゼは、ケースをギリギリまで小さくするため、ベゼルを細く絞らざるを得なかった。アラビア数字と細いベゼルという組み合わせは、一見ありそうだが非常に珍しい。ポルトギーゼがカジュアルにもドレッシーにも見える理由が、このインデックスとベゼルのユニークな組み合わせにある。
良質なムーブメントにも注目したい
ムーブメントも良質だ。そもそもは懐中時計用のCal.74やCal.98を搭載していたが、1990年代以降はまずクロノグラフにエボーシュのETA7750を採用した。直径30mm、厚さ7.9mmもある自動巻きムーブメントは、大きなケースを持つポルトギーゼにはうってつけだ。それをIWCは魔改造して、クロノメーター以上の精度に仕立て直したのである。2000年以降はそこに巨大な自動巻きが加わり、最新型は2万8800振動/時で動くフリースプラングテンプを持つようになった。そして今ではクロノグラフも自社製(正確に言うと設計のみ自社)のムーブメントを持つ。これもポルトギーゼの伝統に恥じない、高い精度を持つものだ。筆者はIWCが改造したETAムーブメントを大変好むが、長期間の耐久性を言えば、自社製の方がもちろん優れている。とりわけ、7日巻きのCal.52000系と「ポルトギーゼ・オートマティック40」が搭載するCal.82000系は、セラミック素材を自動巻き機構に使うことで、ネックだった自動巻きの耐久性を格段に改善した。
ポルトギーゼへのラブレター
今や目ざとい人たちは、小さいドレスウォッチに目を向けつつある。しかし、意味のある大きさは、時計を使えるものとするうえでは重要だ。正直、意味のないビッグウォッチは今後淘汰されていくだろう。しかし、大きなムーブメントで時計の実用性を引き上げようとしたポルトギーゼの存在意義は、今後も決して薄れないのではないか。その証拠に、今筆者が一番欲しいのは、ポルトギーゼなのである。いろんな時計を見てきたが、ポルトギーゼはやっぱいい時計っす。