9月に発売されたApple Watch Series 10。ケースが薄くなり、純粋な時計としての魅力がアップしたのはもちろんのこと、ディスプレイの大型化やチップの改良など電子機器としての進化も遂げている。そんな同作をテックジャーナリストの本田雅一は、「10年にわたるApple Watch進化の集大成」と言い切った。その魅力に迫る。
Text by Masakazu Honda
Apple Watchを新しいスタートラインに立たせるSeries 10
Apple Watchが誕生から10年を迎え、新たな節目となるSeries 10が発表された。
思い起こせば10年前、最初のApple Watchは少しばかりピントがズレていたように思う。18Kゴールドをケースに用いたApple Watch Editionは、明らかに製品のライフタイムとケース自体のコストが見合わないアンバランスな企画だった。
腕時計産業に対する強いリスペクトを感じさせるストラップ、ステンレススティールモデルにも宿るクラフトマンシップには驚かされたものの、果たしてこのジャンルがどこまで育つのか、Apple Watchに対する消費者の投資が価格に見合うものなのか、疑問を感じていたのは筆者だけではないだろう。
しかし、彼らは「スポーツ向け」というアプローチで突破口を開きながら、ウェルネスの領域からヘルスケア、そしてメディカルの領域へと活路を広げ、日常的にウェアラブルデバイスを装着することで、健康と生命を守るという新しい価値観をApple Watchに見出してきた。
その歴史を振り返りつつ、最新モデルがもたらす新たな価値を探っていこう。
Apple Watchの歴史
Apple Watchの進化の歴史は、まさにスマートウォッチ市場の成長と軌を一にしている。2世代目で実現した50m防水機能は、電子機器としては画期的なものだったが、さらに3世代目でセルラー機能を搭載することで、iPhoneから独立して通信が可能となり、緊急時の連絡にも利用可能になった。
4世代目では大幅なデザイン変更を行い、以降はSeries 4の外観を基本としながら、内部機能の向上に注力してきた。その歴史の中で、当初の高級腕時計の価値観を後するような意識は大きく薄れ、よりカジュアルに日常をサポートするデバイスとして、世界中に広がっていった。
Apple WatchはiPhoneとともにしか利用できないことから、必ずしもすべての人のためのデバイスとは言えない。しかし、それでも世界のベストセラーになり続けたのは、最も完成度の高いスマートウォッチとして、ライバルの追随を許さなかったからに他ならない。
10世代目となるApple Watch Series 10の進化
では10世代目となる今回、Apple Watchはどのような進化を遂げたのだろうか。
最も注目すべきは、その薄型化とディスプレイの大型化の両立だ。従来モデルから約10%薄くなりながら、Apple Watch Ultraをも上回る大型ディスプレイを実現。しかも、これまでのストラップとの互換性を維持している。
この薄型化とディスプレイ大型化の両立は革新的な技術と設計変更の相乗効果によって実現されている。
中でも最も注目すべきは、アンテナを筐体自体に統合した新しい金属製バックケースの採用だ。これまでジルコニアのバックケースの奥にアンテナを配置していたが、バックケースとアンテナのパーツを一体化することで大幅な薄型化を達成している。
こうした改良は、簡単な設計変更だけで行えるものではない。無線通信機器としての設計技術と加工技術の組み合わせが必要だ。さらに小型化に関しては半導体技術も寄与している。
新しい半導体パッケージのS10 SiPは、より薄型のプロファイルを実現するよう最適化。スピーカーシステム再設計されて30%も小型化されている。デジタルクラウンを含む他の内部モジュールもより小さくなり、貴重な内部スペースを節約している。
ケースデザインにも工夫が凝らされており、コーナーをより丸みを帯びさせ、アスペクト比を広くすることで、わずかにケースサイズを大きくしながら、大幅に大きなディスプレイを実現している。この巧妙な設計により、全体的な厚みを抑えつつ、ディスプレイ面積を拡大し、なおかつストラップの互換性までも確保することに成功した。
これまでのApple Watchは、ジルコニア製バックケースの丸みある形状が手首の上で本体を浮かび上がらせるような設計になっていた。しかし、新しいApple Watchは薄型化に伴って手首にぴったりとフィットする新しいデザインを採用している。
ケースにはアルミと久々に復活のチタン
ケース素材に関しても、大きな変更が加えられた。
これまでのラインナップは、初期の18Kゴールド及びセラミックスを除けば、カジュアルなアルミニウムモデルと高級感のあるステンレススティールモデル(一部モデルでチタン)で構成されていた。ユーザは、軽量なスポーツ向けのアルミニウムモデルと、高級感のあるステンレススティールモデルのいずれかを選択しなければならなかった。
しかし、新シリーズではアルミニウムモデルに、より高級感のあるDLCコーティングが施されたジェットブラックが用意され、さらにステンレススティールに代わってチタンケースが採用された。
ジェットブラックはiPhone7投入時に採用されたものと同じ名称だが、シリカナノ粒子を使用したケミカルポリッシュでの研磨を経て、30段階の陽極酸化プロセスを施し、最後にDLCコーティングが施される。
ナチュラル、ゴールド、スレートの3色が用意されるチタンケースも、新しいマイクロブラスト加工のテクスチャーが施された。表面に微細な凹凸が生まれ、光の反射を抑えつつ高級感のある仕上がりを実現した。
使用されているチタンは航空宇宙グレード。Apple Watch Ultraでは詳細なグレードが非公開だったが、Apple Watch 10で採用されているものはグレード5だという。従来のステンレススティールモデルに比べ(素材として)20%軽量で、よく知られているようにアレルギー反応へのリスクも低く、熱伝導率が低いなど、利点はあらためて言及するまでもないだろう。
新しいミラネーゼループやリンクブレスレットは、チタンケースの色味にマッチするよう更新されている。さらにエルメスとのコラボレーションも継続され、新たに「Torsade」や「Twill Jump Attelage」、そして初のブレスレット「Grand H」が登場している。
初代モデルで18Kゴールドモデルを投入し、その後セラミックスなどのケースも試みたAppleだが、基本的にはスポーツ向けにアルミニウムケースを主軸としたラインナップ展開を行ってきた。それが今回、チタンケースに向かったのは、スポーティーな軽量モデルとしながらも、高級感を目指すという製品の進化軸がはっきりと明確になったからだろう。
加えて、毎日装着し続ける製品としての展開をかなり強く意識しているようだ。ワイヤレス充電の速度が向上したことも、そうした使い方を想定しての方法だろう。30分の充電で80%までの充電が可能になった。
前述したバックケースの薄型化は、実はワイヤレス充電の速度を向上させる上で重要なポイントになっている。
ますます進化を遂げる健康管理機能
健康管理機能も進化を遂げた。年内に利用開始となる予定の睡眠時無呼吸症候群の診断機能は、Apple Watch Series 10だけでなく、Series 9やApple Watch Ultra 2でも利用可能だ。この機能は、加速度センサーを使用して睡眠中の呼吸の乱れを監視し、一貫した睡眠時無呼吸の兆候が見られる場合にユーザーに通知する。
睡眠時無呼吸症候群の診断となると、当然ながら各国の規制当局による法的な枠組みをクリアしなければならない。米国本国のFDAに準拠している事はもちろんだが、日本を含む各国の規制当局の規制もクリアする見込みという。
この機能を実装する上での知見では、Apple Watchが内蔵する加速度センサーによるパターン検出で睡眠時無呼吸症候群の疑いを指摘されたユーザ全員が無呼吸症候群の兆候を有していることが確認されたという。
睡眠時無呼吸症候群を知らないまま、漠然と疲れを感じている人が多いと言われる中、Apple Watchがその発見に役立つのであれば、大きなアップデートと言えるだろう。また、心電図機能の搭載の際にも規制当局へのロビー活動をAppleが行ったことで、他のスマートウォッチメーカーにもその機能が広がった過去の実績がある。
今回の機能追加が、業界全体に広がっていくことも期待したい。
デジタルデバイスとしての進化を象徴する新ディスプレイ
少々記事が長くなって恐縮だが、デジタルデバイスとしての基礎体力も高められていることは言うまでもない。ディスプレイはApple Watch Ultraを超えるサイズまで拡大しただけではなく、その表示品質も高まっている。
視野角を拡大した新しいOLEDディスプレイは、各ピクセルがより広い角度で多くの光を放出するよう最適化され、斜めから見た場合にSeries 9と比べて最大40%明るくなる。チラ見することが多い腕時計では、この違いは小さなものではない。
この広角OLEDディスプレイは省電力性にも優れており、常時表示モードでのリフレッシュレートを1分に1回から1秒に1回に向上させることも可能となった。これにより、選択した文字盤によっては、手首を上げなくとも省電力モードのまま秒針の動きを見ることができる。
水中での使用も強化された。新しい深度ゲージと水温センサーにより、最大6mまでの水深を測定し、水温を計測できる。内蔵の深度アプリケーションは水中でも高い視認性を持ち、時間、現在の深度、水温、水中滞在時間、最大深度を表示する。さらに、Apple Watchが水中に沈むと自動的に起動するよう設定することもできる。
この水中機能に加え、watchOS 11には新しいTidesアプリケーションが追加された。これは、世界中の海岸線やサーフスポットの7日間の潮汐情報を提供するもので、高潮と低潮、上げ潮と下げ潮、潮の高さと方向、日の出と日没の情報がタイムラインに沿って表示される。
10年にわたるApple Watch進化の集大成
このようにApple Watch Series 10は、10年にわたる進化を最新技術で組み立て直した集大成と言える製品だ。薄型化と大型化、軽量化と高級感、機能性と美しさ。相反する要素を高次元で融合させ、次世代のスマートウォッチの姿を示している。
その上で、初期のEditionのような方向性のズレをもたらすことなく、腕時計愛好家にとっても納得のできる、洗練されたデザインと高度な機能性、そして費用対効果をもたらしている。この10年の経験が無駄ではなかったということだろう。
幅広いニーズに応える多機能なウォッチとして新たな時代を切り開いたApple Watchだが、次の新たなる10年でどのような時代への扉を開くのだろうか。