2024年に誕生10周年を迎えたApple Watch。今でこそ、スマートウォッチとして不動のポジションを獲得した同シリーズだが、その道のりは決して容易ではなかった。これまでの10年間でAppleがどのようにしてコンセプトを定め、製品を改良してきたのか。そして10年間の集大成であるSeries 10の完成度を、テック系ジャーナリストにして、歴代Apple Watchを着け続けてきた本田雅一が振り返る。
Text by Masakazu Honda
“ウォッチ”の概念を大きく変えることになったApple Watchの誕生から、もうすぐ10年が経過しようとしている。新たに投入された「Apple Watch Series 10」は、パッと見ただけでは従来との違いを大きくは感じないかもしれない。
しかし、ここまでの進化を振り返り最新技術のもとで再構築した、次の10年に向けた新しいスタートラインをAppleは設定している。Apple自身がApple Watchという製品を再解釈し、より魅力的で手放せない道具として、新たなる進化の新しいスタートラインを作ったのだ。
通常使用時の駆動時間約18時間、省電力時約36時間。アルミニウムもしくはTiケース(縦46mmまたは42mm)。5万9800円(税込み)〜。
Appleはこの10年でスマートウォッチを運動習慣の健康管理の道具としてだけではなく、医療機関との連携で疾患を診断する領域にまで踏み込むようになり、一方では「Apple Watch Ultra」でアスリートを支えるデバイスにも進出している。
Apple Watch Series 10では、さらに設計の深い部分に手を入れることでケース厚1mmの薄型化を果たし、この設計変更に伴う極めて細かなフィッティングの調整を行っている。そしてAI処理能力を強化することで、利用者をより積極的にサポートするための基礎を作ろうとしている。新しく追加された睡眠時無呼吸症候群の診断機能は、そうしたさまざまな改善、それに各国の保険当局との連携の積み重ねが実現している。
そんな新しいApple Watchの詳細に言及する前に、少しばかりこの10年を振り返り、Apple Watch Series 10の足元がどこにあるのかを再確認したい。
未知の領域を探索した10年
思い返せば10年前、最初に登場したApple Watchは、アップル自身もどのようにしてこの製品を発展させ、市場に定着させるのかを迷っていた。“少しばかりピントがズレていた”とも言えるが、当時はまだ誰も切り開いたことがない道だった。
18Kゴールドをケースに用いた「Apple Watch Edition」は、手間とコストをかけて高級腕時計の“真似事”をしてみたものの、電子製品の本質的なライフタイムと、ケース自身に与えられているタイムレスな価値がお大きく乖離する、有り体に言えばコストが見合わないアンバランスなモデルだった。
最初の製品だけに、腕時計産業の歴史に対する強いリスペクトがあったのだろう。ステンレススティールモデル向けに設計されたリンクブレスレットは、コマの連結をを全て手動で行える上、実に緻密で高精度な仕上がりだった。
しかし、Apple Watchを積極的に取り入れた主な消費者は、第一には生活習慣に対する意識が強い人たちであり、次にカジュアルにスポーツやトレーニングを楽しむそうだった。そして健康志向の強い消費者と対話するように進化させていく中で、ついにはウェルネスからヘルスケア、そしてメディカル領域にまで踏み込み、人々の健康と生命を守るという大きな目標を持つようになる。
さらにこの間、内蔵するプロセッサーやセンサー、ディスプレイなどの進化にで商品価値を高める一方で、長期間にわたるアップデートで旧モデルでも、その価値を大きく減じることなく使い続けられることも証明してきた。
もちろん最新モデルと同じ機能ではないが、筆者の感覚で言うならば「Series 4」あるいは「Series 5」以降であれば、大きな不足なくApple Watchの世界を堪能できるはずだ。デジタル製品は陳腐化が早いという常識を覆すには、それを証明する時間が必要だ。
しかしAppleは丁寧にこのミッションを遂行している。
Series 10は“次の10年”へのスタートライン
そして、この数年、Apple Watchにもデバイス内でAI処理を行うためのエンジンが搭載されるようになっていた。Neural Engineというものだが、最新のSiP(主要機能を実現する要素を1パッケージにまとめた、機械時計でのムーブメントのようなものだ)では最新設計の処理コアを4個搭載している。
ディスプレイのサイズや視野角、それにケースの薄さなども変更されているが、長期的に見るならば、この変更が次の10年へのスタートラインとして最も大きな変更だと思う。
Neural Engineはさまざまな部分で、いろいろな価値を生み出している。
既に昨年実現されているものではあるが、親指と人差し指を軽く2回合わせるダブルタップジェスチャーの認識はNeural Engineによるもので、より高速かつ正確なジェスチャー認識になっていることを体感できる。
音声アシスタントSiriの呼び出しと音声の識別も応答速度が向上し、音声で文字認識させた入力を行う場合も、認識の正確性が高まっていた。ユーザーの行動パターンや時間帯に応じて最適な情報を表示し、ユーザーに示す“スマートスタック”という機能も、最近のApple Watchなら等しく使えるが、より高い電力効率と賢さで違いを出せる。
細かなところだが、お気に入り写真を文字盤で活用する際、適切に文字盤をレイアウトしてくれるのも、Neural Engineの推論能力の高まるが背景にある。
さらには、オンラインでネットに接続されていない場合でもリアルタイムに音声翻訳が可能になり、Apple Watchで電話に応答した際、自分の声だけを分離して背景ノイズを消すといった処理も担当している。
AIによる推論処理の長所は、雑多な異なる情報を集約し、そこから最も適切、確からしい結論を見出せることにある。腕に集まってくる雑多な情報から、ユーザーに適切な情報を与えたり、ユーザーの曖昧な仕草や指示を意味のあるものにするため、Neural Engineの進化は必要不可欠であり、これからの10年の進化を支える基盤になるだろう。
米国FDAとほぼ同時に日本で提供される睡眠時無呼吸症候群診断
Neural Engineが活用されている分野は、もうひとつある。それが睡眠時無呼吸症候群の検出機能だ。Appleは、過去にも、血中酸素濃度の検出や心房細動の検出、心電図計測などメディカル領域と連携する機能をApple Watchに搭載してきた。しかし、過去の同種の機能追加においては、米国の開発が大きく先行し、日本での厚生労働省の認可を得るまでには時間がかかっていた。
それが今回は事前に厚生労働省とのスムーズな連携があり、米国での認可とほぼ同時期に日本でも利用が可能になった。
その機能は加速度センサーのデータをリアルタイムで分析し、呼吸パターンの乱れを高精度で検出する。まさに雑多な情報を集約し、どのような状態であるかを推論すると言うAI処理に有効な活用方法と言えるだろう。この機能を実現するために新しい4コアのNeural Engineが活用されている。
今回の診断においては中等症あるいは重等症の患者に対して警告を発する機能になっている。あなたはもしかすると睡眠時無呼吸症候群かもしれませんよと警告した上で、医師に対してその根拠となるデータを示すレポートを作成する機能までを備えている。
睡眠時に呼吸が停止してしまうと言うこの疾患は、糖尿病を始めとする様々な病気のスタート地点と言われている。一方で、日本国内だけで900万人の患者がいると推定されているのに対し、実際に診察を受けていない人が80%を超えるとも言う。つまりほとんどの人が自分自身が睡眠時無呼吸症候群であるかどうかも知らないか、確信が持てずに病院に行っていないということだ。
Appleは、さまざまな医療チームや研究組織と連携してApple Watchから得られる。バイタルデータをどのようにして人々の健康にフィードバックするのかを数多くの知見を通じて研究している。その成果は今後も製品に生かされていくだろう。
そのための基本となる能力として、Neural Engineは今後より重要なものになっていくに違いない。
Series 3以来の大きなデザインアップデート
Appleのウェブページを見に行けば、1mm筐体が薄くなったことを強調している部分を見ることができると思う。実際、薄くなっている事は見た目でも分かる。しかし、装着感全体のもっと細かな部分の改良により実現されていた。
ストラップを取り付けるリンク部分が、バックケース面により近い位置に変更されているのだ。これにより手首とストラップの間に隙間が生まれにくくなり、より優れたフィット感となった。
この改良は、実は決して簡単な方法では実現されていない。
このデザイン変更を行うために、Appleは裏蓋を裏蓋として作るのではなく、まるでスマートフォンの強体の1部のように、アンテナを豚の周辺に埋め込む設計に変更している。中央部センサーの素材は同じだが、その周囲はアルミニウムになっており、さらに裏豚の周辺はプラスティック素材で埋められている。
このデザインがiPhoneの金属筐体を接合する部分と共通するところだ。なぜこのようになっているかと言うと、ここにアンテナを埋め込み通信機能をスマートに埋め込んでいるのだ。
実際にどれだけ装着感が変化しているのか、また縦横比がわずかに横に広がり、全体の面積ではApple Watch Ultraも超える画面サイズにもなった。ディスプレイは、より視認性が高く、指での操作がやりやすくなった。
この辺はぜひとも店頭で確認してほしいところだが、新しい10年を進んでいくスタート地点としては悪くない。
10年で学んだことを次の10年で活かす
冒頭で18Kゴールドケースをフラッグシップに据えたAppleを批判するような書き方をしたが、しかし彼らはいろいろなことを、その後、学んでいる。
この間、Appleはセラミックケースの提供等にも挑戦していたが、最終的にステンレススティールケースを廃止してチタニウムケースを採用することを選んだ。昨年の段階ではステンレススティールケースのモデルが残されていたが、今年の新作ではチタニウムの仕上げをより光沢感のあるものに変更した上でDLC処理を施すことによりステンレスの置き換えとしている。
SSの完全な鏡面仕上げには至らないが、質感と軽さなどを考慮し、フィットネスでの活用例が多いことなども考えて上位モデルの主軸をチタニウムに移したのだろう。これに合わせて、SS製ストラップの色味が、チタニウムケースモデルの色合いに合うものに変更された。
なおApple Watch Ultra向けに開発されたミラネーゼループ(ロックメカなど、よりスポーティーな改良もされている)には、DLCチタンを採用しており、オプション購入することで利用できる。ただしリンクブレスレットは、加工の問題からチタン化が行われていない。
純粋にグロス仕上げのケースが欲しい消費者向けには、アルミケースに対してグロス仕上げとなるジェットブラックと言うモデルが用意されている。
ジェットブラックはiPhone 7発表時に採用されたものと同じ名称だが、仕上げは全く異なるものだ。
シリカナノ粒子を使用したケミカルポリッシュでの研磨を経て、微細な孔を表面に付けるマイクロパーフォ処理が行われる。そこに染色処理を行い、アルミの深い部分までブラックで染め上げた上で、数段階の陽極酸化プロセスを施していき、最後にDLCコーティングが施されるという。
SS製と比較するものではないだろうが、アルミケースでここまでのグロス仕上げができるのであれば、こちらが良いと言う人も当然多いだろう。圧倒的に軽量な事は言うまでもない。
さらに、エルメスとのコラボレーションも継続され、新たに「Torsade」や「Twill Jump Attelage」、そして初のメタルバンド「Grand H」が登場している。
他にも6mまで潜ることが可能になり、水深計測機能を備えることでスノーケリングに対応するなど、Apple Watch Series 10には他にも見所はある。スマートウォッチという歴史を切り開いたApple Watchが、次の新たなる10年でどのような時代への扉を開くのか、これから我々は何を目撃するのか。
より洗練された次の10年に期待したい。