時計ハカセこと『クロノス日本版』編集長の広田雅将が、傑作ムーブメントについて記したコラムを6回分、webChronosに掲載する。第3回は、世界初のシリコン製脱進機を打ち出したユリス・ナルダンの、Cal.UN-250をひもとく。
Text by Masayuki Hirota(Chronos Japan)
[ムーブメントブック2023 掲載記事]
フリークに搭載される、「Cal.UN-250」
コンセプトモデルをベースに生まれたのがフリーク ヴィジョンの搭載するCal.UN-250だ。シリコンの採用で、脱進機や自動巻き機構はさらに性能が向上。このムーブメントの量産版が、2023年に発表されたCal.UN-240である。1万8000振動/時。19石。パワーリザーブ約50時間。60分カルーセル。フリースプラング。
2001年に発表されたユリス・ナルダンの「フリーク」は、機械式時計の歴史を変えた時計といって過言ではない。ムーブメント自体が回転して時間を示すこの時計は、加えて、世界で初めてとなるシリコン製の脱進機を備えていた。もっとも、携わった人たちを聞けば、その内容にも納得だ。原案を考えたのは、後にカルティエやタグ・ホイヤーで数々の傑作ムーブメントを手掛けるキャロル・カザピ。そこから天文3部作を作り上げたルートヴィヒ・エクスリンが具体化。そしてシリコン脱進機を加えたのは、ユリス・ナルダンの基礎を固めた、ピエール・ギガックスだった。
加えて同社は、毎年のようにこの実験機を進化させていった。シリコン脱進機にダイヤモンドコーティングを施したダイヤモンシル脱進機や、シリコン製のテンワなど。その完成形が、18年に発表された「フリークヴィジョン」と、それが搭載するCal.UN-250だ。設計の基になったのは、17年のプロトタイプ「イノヴィジョン2」。デュアル・コンスタント脱進機こそ採用されなかったが、ショックに強く、慣性の小さいシリコン製のテンワと、爪で主ゼンマイを巻き上げるグラインダー自動巻きは、そっくり転用された。
主ゼンマイをムーブメントの裏側に置いたフリークには、自動巻きを重ねるスペースがなかった。しかし、イノヴィジョン2とフリークヴィジョンでは主ゼンマイが小型化され、自動巻きを載せられるようになった。このグラインダー自動巻きは、爪で巻き上げるラチェット式の完成形と言える。ペリフェラルローターの内側に柔軟性のあるシリコン製の4つの爪を取り付け、それが直接、主ゼンマイを巻き上げる。機構がシンプルなため、この自動巻き機構の巻き上げ効率は、一般的なものに比べて約2倍も高い。
脱進機も、やはりシリコンの特性を生かしたものだ。シリコン製のアンクルを持つユリス・ナルダン アンカー脱進機は、屈曲するバネの力でテンプを駆動するため、一種のコンスタントフォースのような役割を果たす。理論上の精度は、普通のレバー脱進機に比べて間違いなく高いはずだ。
加えて、1時間に1回転するムーブメントも、セラミックス製のボールベアリングで固定されるため、機械にかかる抵抗もはるかに小さくなった。ベゼルを回してムーブメントを回転させたときの滑らかな感触は、ちょっと類を見ないものだ。
ユニークな機構はそのままに、シリコンの特性を生かして大きく進化を遂げたCal.UN-250。とりわけ高性能な自動巻きと、新しい脱進機は、この唯一無二の時計に、普通の機械式時計以上の実用性をもたらした、と言えるだろう。2001年に発表されたフリークは、ここに完成を見たのである。