スタイルをリードするファッショニスタたちから熱い支持を受けるエドックスのブランドコンセプトは“THE WATER CHAMPION”。140周年を迎えたブランドの偉大な歴史をあらためて振り返れば、防水時計の草分けとして時計界に果たしてきた功績が少なからず大きいことも分かる。卓越したスペックと洗練されたデザインを融合し、さらにはコスト面も徹底追求してきたエドックスを正当に理解するため、その魅力と本質を深掘りする。
ローマ神話の“海の神”(ネプチューン)に由来する人気ダイバーズのロングパワーリザーブ版。ラ・ジュー・ペレ製をベースとした自動巻きCal.EDOX808により、約68時間駆動を実現した。300m防水のタフな作りにして、直径42mm、12.3mm厚のサイズ感とゴールドPVD仕上げ、艶やかなブラックラッカー文字盤が、エドックスらしいラグジュアリー感を引き出している。逆回転防止式ベゼルにセラミックインサートを採用。35万2000円(税込み)。
(左)クロノオフショア1 ベゼルロック クロノグラフ オートマティック
同社フラッグシップモデルの新作は、一般的な逆回転防止機構に加え、ベゼルを左右どちらにも動かないようロックするセーフティ機構を左サイドに初搭載したダイバーズクロノグラフ。直径45mm、16mm厚の屈強なケースの10時位置にヘリウム自動排出バルブを搭載し、“THE WATER CHAMPION”のブランドコンセプトにふさわしい500m防水を備える。海だけでなく街にも映えるブルーグラデーションの仕上がりも秀逸。63万8000円(税込み)。
大野高広:取材・文 Edited & Text by Takahiro Ohno (Office Peropaw)
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]
途絶えることなく時計製造を継続してきた140年の歴史
1950年代から60年代にかけて、時計界では防水時計の開発競争が激化した。ブランパンがフィフティ ファゾムスを開発し、ロレックスがサブマリーナーを発表したのは1953年。ダイバーズウォッチという新ジャンルを開拓した両モデルは、ともに100m前後の防水性を実現していた。57年にはオメガのシーマスター300とブライトリングのスーパーオーシャンが登場し、ダイビングのレジャー化にともなって、人々のライフスタイルに広く浸透していく。その防水競争の先頭グループで異彩を放っていたのが、エドックスである。
1884年にスイス・ビエンヌに設立されたエドックスは、創業者の生み出す審美性に優れた懐中時計で名を馳せ、1920年代には腕時計に注力していく。52年から取り組んだ防水機構の開発は、55年に独自の防水時計として結実。この年、スイス時計界の最先端を行く近代的な工場を構えるなど、その勢いは止まるところを知らなかった。
しかし、ねじ込み式リュウズなど防水ケースに関する多くの特許をロレックスが握っていたため、防水時計の開発競争において、各ブランドはオリジナルのアプローチをとらざるをえなかった。だが、急成長していたエドックスには潤沢な資金をつぎ込む余裕があったに違いない。技術陣も惜しみない努力と情熱をそそぎ、ついに61年、ねじ込み式リュウズなしで200m防水を実現する画期的な技術「ダブル・Oリング」で特許を取得。ラバーとナイロンで作られた高品質のガスケットふたつを、リュウズとケース側チューブの間に設置することで、この部分に防水シールを完成させたのである。同年、この特許技術を初搭載した200m防水の「デルフィン」を発表し、さらに65年には500m防水の「ハイドロサブ」を開発。ロレックスが610m防水のシードゥエラーを発表したのが67年だったこと、そしてダブル・Oリングの特許が切れた後、その技術が多くのスイス時計ブランドに広まったことからも、当時のエドックスの防水技術がいかに優れていたかが分かる。エドックスはまぎれもなく、ダイバーズウォッチの〝先駆者〞だったのだ。
53年にロレックスが特許を取得したツインロック式リュウズの機構図を見ると、リュウズ側とチューブ側へガスケットがひとつずつ別々に配置されている。対してダブル・Oリングは、リュウズとチューブが接する1カ所にふたつのガスケットを密着させたレイアウトだ。これによって「特に水中での操作において、防水効果を実質的に倍増させています」とエドックスのスイス本社は胸を張る。実はクォーツ革命の影響を受け、エドックスは70年代から83年にかけて現スウォッチ グループである「ASUAG」傘下にあった。「そのASUAG時代に、残念ながらほぼすべてのアーカイブが失われてしまい、歴史的な資料が残されていないのです」と打ち明ける。それでも「エドックスは、現在でもダブル・Oリングの基本構造を受け継いでいます。当初からスペック的には、100m/10気圧の水中で腕時計の巻き上げや時刻合わせを行うことができたのですが、責任あるメーカーとして水中操作はあまり推奨していません(笑)」。
さらに聞けば「500mや1000mといった大深度防水を達成している現行モデルの技術的なキーポイントは、ねじ込み式のリュウズやプッシュボタンに加えて、サファイアクリスタルやケースバック、ガスケットの耐圧性を強化している点にあります。かつて一般的なケースバックを防水試験機でテストしたところ、ステンレススティール製の部品の中には、1000mの水圧でストレスを生じるものがありました。当然のことながら、このレベルの性能ではエドックスとして容認できず、徹底的に補強対策したのです」。
実際に現行の300m防水モデルと1000m防水モデルではサファイアクリスタルやパッキンの厚みが違う。そもそもこの水準の防水性を工業的に担保するには、各パーツの耐久性に加えて、工作精度や組み上げ誤差を含め極めて厳密に品質管理を行う必要があるはずだ。
もちろん現在も、エドックスの挑戦は続いている。フラッグシップコレクション「クロノオフショア1」から登場した第5世代機にあたる新作は、シースルーバックにして500m防水。ベゼルの不意の回転を防ぐロック機能は単なるギミックではなく、プロ潜水士の安全性を高めるための装備だ。そのしっかりした操作感や、ディテールの作り込み、どの角度から見ても個性的なルックスは、エドックスの現行モデルすべてに共通するもの。140年間も時計製造を継続してきた伝統と革新、そして現代のエドックスが獲得した美的センスを高度に融合した、まさに唯一無二の存在感に満ちている。
エドックスの歴史
1884
腕利きの時計職人だったクリスチャン-リュフリ=フルーリーが、ビエンヌに時計工房を設立。古代ギリシャ語で“時間”を意味する「エドックス」と名付け、1900年にシンボルの砂時計マークを考案。これらは現在も受け継がれている。
1955
1920年代に懐中時計から腕時計製造に舵を切り、第2次世界大戦後にスイス時計業界の発展とともに事業を拡大していく。55年には当時のスイスで最も近代的と称される巨大な工場を構え、技術者500人を抱える大企業となった。
1961
リュウズのねじ込みなしで防水性能を高めるダブルガスケット機構「ダブル・Oリング」を発明し、1961年に特許を取得。同年、この技術を搭載してエドックス初の防水時計「デルフィン」を発表。その防水性は200mに達していた。
1965
「ダブル・Oリング」の成功で“防水時計の先駆者”として広く認知されたエドックスは、その機構をさらに進化させた500m防水の「ハイドロサブ」を発表。高い防水性と衝撃吸収力を実現した技術は、時計界に多大な影響を与えた。
2008
Class-1パワーボートレース世界選手権のオフィシャルタイムキーパーに就任した2006年、「クラスワン」が鮮烈デビュー。その2年後に、1500m防水の驚愕スペックとCOSCクロノメーター認定を誇る世界限定500本のクラスワン発売。
THE WATER CHAMPION
EDOX QUALITY
スイス時計界にはプロ仕様のスペックを売りにするブランドがいくつか存在する。硬派な機能美は確かに魅力的だ。一方、エドックスがスイス時計界でも独自の立ち位置を築くことができたのは、スペックの高さだけでなく、ラグジュアリーなデザイン性を評価する時計愛好家が多かったから。例えば、これだけ防水性に注力しながらISOダイバーズ規格の取得を目指さないのはなぜか。
海洋環境保護を目指す「アナンタ・エクスペディション2」と共同開発し、標準装備品に採用された冒険者のためのプロ用ダイバーズクロノグラフ。医療用器具にも使われる耐傷性や耐アレルギー性に優れた316Lステンレススティールを採用しているのは同社のSS共通の仕様だ。頑強なケースに3mm厚のサファイアクリスタルと硬質なセラミックス製のベゼルを組み合わせた。黒文字盤はベゼルロックレバーがレッドとなる。自動巻き(Cal.EDOX011/セリタSW500ベース)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径45mm、厚さ16mm)。500m防水。各63万8000円(税込み)。
「私たちも以前、ISOダイバーズの認定基準を満たす時計を作ろうとしたことがあります。しかし、これらの要求事項のいくつかは、エドックスの特徴的なスタイルを損なうことにつながり、最終的にはコストアップが価格に大きな影響を与えると考えました。私たちは、これらの基準を可能な限り尊重することを目指していますが、単に認証を取得するために各要件を満たすより、エドックス独自のスタイルとアプローチを維持することを重要視するべきだと判断したのです」
新しい「クロノオフショア1 ベゼルロック クロノグラフ オートマティック」が、極地探検プロジェクト「アナンタ・エクスペディション2」の要請を受けて共同開発したプロ仕様ダイバーズクロノグラフでありながら、従来通りの45mm径に抑えられたのは、普段使いできるサイズを念頭に開発したからにほかならない。同じくシースルーバックは、日常的にオーナーが見て楽しめることを優先させたため。また、シャープなラグの角度に合わせて下向きに取り付けたラバーストラップが、腕に沿うよう丸みを帯びた形状で、装着時の快適性を高めていることや、海中で視認性の高いベゼルロック機構のカラーが、タウンユースで絶妙なアクセントとして際立っているのもすべて、プロフェッショナル仕様であると同時に、街ダイバーズとしても愛されてきたエドックスのポジショニングを大切にしているからだ。しかも、飽和潜水に対応するオートヘリウムエスケープバルブ付きで60万円台の値付けは、ISO規格を目指さなかったことの見返りとしても、十分すぎるコストパフォーマンスと言える。
文字盤はみずみずしいブルーグラデーションのほか、精悍なブラックダイアルも選べる。また、グレーPVDケース仕様にも2種類のダイアルが用意されている。もう少し控えめなスタイリッシュ感が希望なら、「ネプチュニアン グランデ リザーブ デイト オートマティック」が選択肢に入ってくるだろう。オーソドックスな3針ダイバーズの意匠には安定感があり、オン・オフ問わず腕元をスマートに格上げしてくれる。袖口にすっきり収まる42mm径のサイズ感と、約68時間のロングパワーリザーブも心強い。
いずれにせよ、防水時計の先駆者として真摯に時計作りと向き合ってきた情熱と矜持は、確実に現代に引き継がれている。そして快適な着け心地や洗練されたデザイン性は、普段使いしてこそ真価を発揮し、ありふれた日常を刺激のある特別な時間へと変えてくれるに違いない。
従来のネプチュニアン オートマティックより直径を2mm、厚さを3.3mm小型化して取り回しのいいサイズに。海を強く感じさせるブルー文字盤のほか、ブラックやライトブルー、グリーンなど全5色がそろう。自動巻き(Cal.EDOX808/ラ・ジュー・ペレG100ベース)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.3mm)。300m防水。34万1000円(税込み)。