2024年新作のハミルトン「カーキ アビエーション パイロット オート」を実機レビュー。本作は、視認性に優れたシンプルなダイアルと、リュウズガード付きのモダンなケースを組み合わせた、デイリーユースにぴったりなパイロットウォッチだ。
Photographs & Text by subasa Nojima
[2024年12月11日公開記事]
ハミルトンと航空界の結びつきを象徴する「カーキ アビエーション」コレクション
視認性に優れたシンプルなダイアルが特徴の「カーキ アビエーション パイロット オート」。2024年新作のパイロットウォッチだ。自動巻き(Cal.H-10)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径39mm、厚さ11.6mm)。10気圧防水。16万8300円(税込み)。
アメリカ生まれの時計ブランドであるハミルトン。鉄道時計やフィールドウォッチ、エポックメイキングなエレクトリックウォッチによってアメリカの発展に貢献してきた同社だが、航空分野でも輝かしい功績を上げてきている。1918年にはアメリカ初のワシントンD.C.~ニューヨーク間の定期アメリカ郵便、1930年代にはアメリカの主要民間航空会社4社の公式時計に採用され、さらにニューヨーク~サンフランシスコ間の初の大陸横断便の公式タイムキーパーにも抜擢された。2011年に山岳救助隊エアーツェルマット社、2022年に同じく山岳救助隊のエアー グラシエ社とのパートナーシップを締結するなど、その姿勢は現代にも受け継がれている。そして、これら航空界との深い結びつきを象徴するコレクションが「カーキ アビエーション」であり、2024年に新作として加わったのが、「カーキ アビエーション パイロット オート」である。
カーキ アビエーション パイロット オートは現在、ケース径36mm、39mm、42mmの3種類、さらにそれぞれに、カラーバリエーションやベルトの仕様違いによる豊富なラインナップが用意されている。42mmケースモデルにはデイデイトカレンダーが搭載されているが、36mmと39mmはノンデイト。その他の基本的なダイアルデザインは共通だ。今回はその中から、39mmケースにブラックダイアル、ステンレススティールブレスレットを組み合わせたモデルをレビューする。それでは早速見ていこう。
パイロットウォッチらしいシンプル明快なダイアル
一目見てパイロットウォッチだと分かる視認性に特化したダイアルは、ドイツ空軍で使用されていた“Bウォッチ”のタイプBを彷彿とさせるデザインを持つ。ダイアルの内側に1から12までの数字を配し、その外周に分用の目盛りを加えた構成だ。視線を投げれば自動的に時刻が帰ってくるようなレイアウトには、まさに実戦の中で磨かれ研ぎ澄まされた雰囲気が漂う。
ダイアルの全体は、マットなブラックに仕上げられている。アワーインデックスのアラビア数字は小さく、逆にミニッツインデックスはそれよりも大きめ。これらのアラビア数字は蓄光塗料ではなくホワイトのプリントによるものであり、ぷっくりとわずかに盛り上がっている。キズミを使って見てもカスレはなく、印字精度の高さがうかがえる。12時側のブランドロゴと、6時側の“AUTOMATIC”の文字も同様だ。
12時位置の三角と、3、6、9時位置のバーインデックスは、蓄光塗料によって暗所で発光する。三角のインデックスによって、例えば電気を消した部屋で机の上に時計を置いていたとしても、簡単に時計の向きを判別できるという訳だ。
チャプターリングはすり鉢状に立ち上がり、60分割された目盛りが配されている。立ち上がった形状によって詰められた針と目盛りのクリアランスが、判読性を各段に上げている。
時分針は、パイロットウォッチによく見られるローザンジュ型。ただし、おおよそ半分がくり抜かれ、スケルトンになっている。計算されたものだろうか、先端がくり抜かれた時針は、その枠の中にちょうどアワーインデックスが収まるようになっている。
幅広の分針は、シンプルなデザインの中で一際目立つ。こちらは根元をくり抜くことによって、時針と分針が重なった際に、時針を完全に覆い尽くしてしまうことを防いでいるようだ。
チャプターリングの外周ギリギリまで真っすぐに伸びる秒針も、本作に迫力をプラスしている要素だ。矢印型の先端には蓄光塗料が塗布され、秒針の位置を瞬時に把握することができる。
リュウズガードを備えたモダンなケースデザイン
ケースは直径39mm、ラグからラグまでの長さが実測で47mmと、コンパクトなサイズ感だ。オリジナルのBウォッチはかなり大型だが、これであれば日常使いにもふさわしい。わずかに見えるベゼルの側面がポリッシュだが、外装のほとんどはヘアライン仕上げ。いかにもツールウォッチらしいデザインだが、不思議と武骨さは感じられず、スタイリッシュな印象だ。
その鍵となっているのは、ちょこんと突き出たリュウズガードだろう。現行モデルでも、クラシックなデザインのパイロットウォッチには、リュウズガードがないものが多い。恐らく、初期のパイロットウォッチの多くが手巻きムーブメントを搭載しており、かつグローブを着用した指でのリュウズ操作を想定しているからではないだろうか。
この意外な組み合わせがリュウズガードの存在を強調し、スポーティーな印象を決定づけているのだろう。加えて、リュウズガードがあることによってケース中央からラグの先端に向かうラインがギュッと絞られ、実際よりもベルトの幅を小さく錯覚する。
モダンなデザインのリュウズは、ねじ込み式でないため、簡単に操作することができる。時刻表示以外の機能を持たない本作は、リュウズを押し込んだ状態で主ゼンマイの巻き上げ、一段引きの状態で秒針規制が働き、時刻調整というシンプルな操作感だ。リーズナブルな価格帯のノンデイト仕様の時計では、デイト付きのムーブメントをそのまま使っていることも珍しくない。その際、リュウズが二段引きであることや、時刻調整で24時間分進めるとカチッとデイトディスクが送られる音がする場合もあるが、それらとは異なり本作が“本当の”ノンデイト仕様であることは強調しておきたい。
薄型のケースバックはシースルー仕様。内部に搭載したムーブメントの動きを楽しむことが可能だ。本作が採用しているのは、ETA社のCal.2824-2をベースとしてハミルトン専用に開発されたCal.H-10である。信頼性の高い設計をベースに、磁気や湿気に強いニヴァクロン製のヒゲゼンマイや約80時間のパワーリザーブなど、実用性に優れた仕様を持つ。このあたりは、さすがスウォッチグループといったところだろう。
ステンレススティール製のブレスレットは、やや肉厚なコマによって構成されている。スポーティーな3連タイプであり、側面を含めヘアライン仕上げを主体としているが、コマとコマの継ぎ目にあたる面がポリッシュのため、動かす度に控えめに輝きを放つ。
バックルは、プッシュボタンによって開閉する三つ折れ式だ。ボタンの操作はスムーズで簡単に操作することができる。ワンタッチで微調整できるような機構は備わっていないが、バックル側面に3つの穴が開いており、バネ棒の位置をずらすことで若干の手首回りを調整することが可能だ。
弓カンの裏には2本のレバーが付いており、これを内側にスライドさせることによって、簡単にブレスレットとケースを分離させることができる。クリーニングやベルト交換を行いやすいのは大きな魅力だ。
安定感のあるデイリーユース向きの装着感
先述したようにケースは直径も縦も大きすぎず、また厚みも11.6mmと標準的。さらに薄めのケースバックは、重心を低くすることにも寄与している。まさにデイリーユースとして理想的な構成は、目立った欠点のない安定した着用感をもたらしてくれる。視認性は言わずもがな、正面から見ても斜めから見ても、あるいは暗所であっても容易に時刻を読み取ることが可能だ。
その前提であえて気になるポイントを挙げるならば、ブレスレットががっしりし過ぎていることだろうか。コマ自体が厚く長さもあるため、腕に装着した際にいかにも金属を巻き付けているような感触となり、若干の窮屈さを感じる。もっとも、レザーストラップにでも変更すれば、この点はすぐに解消されるはずだ。低重心な本作ならば、軽量なストラップに付け替えても、装着感を悪化させることにはならないだろう。
形態は機能に従う
パイロットウォッチは、多くのブランドが手掛けるメジャーなジャンルだが、一方で明確な規定が存在しない。確かに、TESTAFあるいはそれをベースとしたDIN8330はパイロットウォッチの規格だが、これらが想定するVFR(有視界計器飛行方式)という状況は少々特殊だ。規定がないにもかかわらず、パイロットウォッチのデザインはクロノグラフウォッチ、GMTウォッチ、航空回転計算尺を備えたもの、あるいは余計な装飾を排し視認性のみに特化したものなど、ある程度分類することが可能である。パイロットと一口に言ってもその職業はさまざまに細分化されており、それに合わせてパイロットウォッチも進化を重ねてきたということなのだろう。類似したデザインに収斂されるのは、“形態は機能に従う”という言葉の通りなのかもしれない。
本作はと言えば、清々しいほどに視認性を追求したデザインが特徴だ。ブラックダイアルにホワイトのインデックスが高いコントラストを生み、大きく真っすぐに伸びる針は、指し示すべきインデックスや目盛りにしっかりと到達している。カレンダーすらなく、何時何分何秒なのかをユーザーに正確に伝達することに特化したデザインからは、一瞬の油断が命取りとなる過酷な環境に置かれたパイロットの緊迫感が伝わってくるようだ。特別な機能は何もない。しかし一瞬一瞬の大切さを深く知る人にこそ、本作はふさわしいのではないだろうか。