時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2024。「外装革命」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載していく。今回は、IWCオタクである編集長の広田雅将が、「もはや手の入れようがないと思っていた」ポルトギーゼ・コレクションの、新作モデルからその進化を分析する。
Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited & Text by Chronos Japan Edition (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年7月号掲載記事]
外装に進化の方向性を見いだしたIWC「ポルトギーゼ」
2015年に発表された「ポルトギーゼ・オートマティック」と、2020年に発表された「ポルトギーゼ 40」は、2000年に始まった同コレクションの、いわば完成形だった。もはや手の入れようがないと思っていたが、今年、IWCは両モデルの外装をリファイン。併せて、すべてのポルトギーゼ・コレクションに新色を追加した。
新作モデルで「ポルトギーゼ」はどのように進化したのか
ここ数年、IWCが地味に取り組むのが、ケースの改良である。例えばパイロットウォッチ。見た目は変わらないものの、防水性能が6から10気圧に向上している。この取り組みは「ポルトギーゼ・オートマティック」と「ポルトギーゼ40」も同様だ。
ポルトギーゼ 40のゴールドモデルも、ダブルボックスサファイアの外装に改められた。変化はわずかだが、ポルトギーゼらしい線の細さがより強調された。自動巻き機構などは変更なし。自動巻き(Cal.82200)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KRGケース(直径40.4mm、厚さ12.4mm)。5気圧防水。272万8000円(税込み)。
文字盤と針の組み合わせも従来に同じ。しかし、風防が立体的になり、文字盤がボックス状に改められた結果、クラシカルな印象が強調されている。大きく重い風防はあえてのパッキン固定だ。理由は接着剤の経年変化を嫌ったためである。自動巻き(Cal.52011)。31石。2万8800振動
/時。パワーリザーブ約7日間。SSケース(直径42.4mm、厚さ12.9mm)。5気圧防水。196万3500円(税込み)。
今年の新作は写真が示すとおり、風防がボックス状に改められ、ベゼルはかなり細く絞られた。また側面を細く見せるため、裏蓋にもボックスサファイアがあしらわれた。そのため裏蓋はねじ込みではなくネジ留めになったが、防水性能は5気圧に向上している。大きくなった文字盤を強調するためか、文字盤にはシルバームーン、オブシディアン(ブラック)、デューン、ホライゾンブルーの4色を追加。いずれの文字盤も表面にクリアラッカーを15層施して研ぎ上げるという凝りようだ。ラッカーの厚塗りは150周年モデルで採用されたものだが、光り方が抑えられ、表面もフラットになった。近年カラフルな文字盤を指向するIWC。新作はその帰結と言えそうだ。
永遠の定番たるクロノグラフは外装に変更なし。しかし、文字盤には新色が追加された。これはシャンパンカラーのデューン。いわゆるサーモンカラーよりもいっそう淡く、金色の針を邪魔しない。新色を追加しても、視認性を考慮するのはいかにもIWCだ。自動巻き(Cal.69355)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約46時間。SSケース(直径41mm、厚さ13.1mm)。3気圧防水。123万7500円(税込み)。
ちなみに今年のハイライトはセキュラーカレンダーを搭載した「ポルトギーゼ・エターナル・カレンダー」。リュウズを回すだけで調整可能な永久カレンダーに8つの歯車を加えることで、理論上は3999年までカレンダー調整が不要となった。また、ムーンフェイズ表示も、4500万年に1日(!)しか狂わないとのこと。これより簡潔なエターナルカレンダーは存在するが、実用性では群を抜く。
100年に1度の日付調整すら不要としたセキュラーカレンダー。既存のムーブメントをベースに開発されたのが本作だ。3999年まで調整不要なカレンダーに加えて、4500万年で1日の誤差というムーンフェイズを備えるにもかかわらず、サイズは既存の永久カレンダーにほぼ同じだ。文字盤はサファイア製。自動巻き(Cal.52640)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約7日間。Ptケース(直径44.4mm、厚さ15mm)。5気圧防水。要価格問い合わせ。
堅牢なムーブメントに、良質な外装を合わせた新作ポルトギーゼ。筆者はこの新しいポルトギーゼを手にしようか、正直迷っている。
2021年に発表された手巻きトゥールビヨンの9時位置に、地球をかたどったデイ&ナイト表示を加えた新作。また、アンクルとガンギ車には前作同様に、ダイヤモンドコーティングがされたシリコン素材(ダイアモンシル)を採用している。手巻き(Cal.81925)。22石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約84時間。18Kアーマーゴールドケース(直径42.4mm、厚さ10.8mm)。6気圧防水。1212万7500円(税込み)。
(右)IWC「ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー 44」Ref.IW503703
Cal.52000系搭載モデルは、ケースが全面改良された。ベゼルを絞り、風防と文字盤をボックス状に改めることで、文字盤を大きく、時計全体もスリムに見せている。またCal.52616は、脱進機をニッケル合金製に改めることで、耐磁性を改善した。個人的に好ましい1本。自動巻き。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約7日間。18KWGケース(直径44.4mm、厚さ14.9mm)。5気圧防水。710万6000円(税込み)。
[IWC/R&D部門責任者を取材]LIGAテクノロジーがもたらした極めて簡潔なエターナルカレンダー
今年、永久カレンダーをベースに、最も使いやすいセキュラーカレンダーを完成させたIWC。この大作を説明してくれたのが、開発部門の責任者であるステファン・イーネンだ。
1972年、スイス生まれ。ドイツ・オルデンブルクで時計師としての教育を受けた後、オッフェンブルクの大学で精密工学を専攻。2002年、IWCに入社し、06年までムーブメントの開発に携わる。06年9月から、R&D部門の責任者を務める。設計者として自動巻きクロノグラフのCal.89360などを手掛けた彼だが、その知見は、今や外装にも広がっている。
「もともと、ふたつのプロジェクトが存在していた。セキュラーカレンダーと永久カレンダーだね。前者については、クルト・クラウスもアイデアを持っていた。しかし、今回のエターナルカレンダーは、若い技術者のアイデアだった」。そもそもIWCの永久カレンダーは、1日に1回進むデイトリング状の部品を動力源として、すべてのカレンダーを送る。機構としてはかなりシンプルだが、100年に1度の再調整が不要なセキュラーカレンダーに改めるには、かなりのスペースが必要だ。というのも減速用の中間車を収める必要があるためだ。
「ダ・ヴィンチ パーペチュアル用ムーブメントの直径30mmに対して、ポルトギーゼのそれは38mmある。スペースはあったが、そもそも部品の製造ができるのかと思った」
対して開発陣は、普通の減速ギアではなく、マルテーゼクロスを用いたプログラミングホイールの採用を思いついた。
「経営陣から、サイズは永久カレンダーと同じにしろと言われた。そこで、簡潔にまとめることを考えた。ソフトウェアのプログラムを開発し、2兆7000億通りの計算を行ったよ。結果、ふたつのマルテーゼクロスを含む8つの歯車だけで済んだ」
もっとも、説明を聞くとかなりの大事だ。
「メインの歯車は4年に1回転する。歯数は5枚。そのひとつにフィンガーを付けることで、20年に1回転する歯車が出来る。そこに噛み合う歯は400年に1回転。結果、100年ごとの日付調整が不要になった」。彼が強調するのは、LIGAテクノロジーの重要さだ。
「これらの歯車は極端に精密に出来ている。正直、今までの製法ではできなかったが、LIGAのおかげで、追加した歯車の歯形やサイズなどを最適化できた」
この手間は、4500万年に1日しか狂わないムーンフェイズも同様だ。「計算に数週間は費やしたよ。もっと精度は上げられるけど、月は毎年3cmから4cm、地球から遠ざかる。だから、あまり厳密に追い込んでも仕方ないと判断したよ(笑)」。
ちなみに今年のポルトギーゼは、巨大なボックス風防を、なんと標準的なOリングのみで支えている。
「私たちは紫外線を使った接着剤は好まない。というのも、接着剤の量で固定強度が変わるからだ。風防はOリングを介してベセルに押し込むだけ。しかし、安定させるリングなどを加えて、防水性は完全にコントロールしたよ。リュウズは大きいが、防水性は全く問題ない」
今や華やかなイメージを持つに至ったIWC。しかしステファン・イーネンの話を聞くに、同社を支えるエンジニア魂は今なお全く不変だ。やはりIWCはこうでないと!