時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将がロレックスの「オイスター パーペチュアル GMTマスター Ⅱ」の、左リュウズのモデルを着用レビューする。ムーブメント、外装ともに「良い時計」と評しつつも、この時計オタクが気になる点とは?
Photographs & Text by Masayuki Hirota
[2024年12月18日公開記事]
ロレックス「オイスター パーペチュアル GMTマスター Ⅱ」の“レフティ”を着用レビュー!
年末のインプレッションとして手渡されたのは、ロレックス「オイスター パーペチュアル GMTマスター Ⅱ」Ref.126720VTNRである。リュウズを左に設けた本作は、基本的に左利きの人が、右手に着ける時計だ。ムーブメントをずらして入れただけに見えるが、実はそうでないのである。ロレックスの常で非常によくできた時計。ただし、残念ながら、装着感は筆者の好みでなかった。
自動巻き(Cal.3285)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径40mm)。100m防水。
左利き用の時計を作るのは案外難しい
リュウズを9時位置に設けた時計はしばしば見られる。ジンの「EZM3」、パネライの「ルミノール」シリーズの“レフティ”、タグ・ホイヤーの「タグ・ホイヤー モナコ」など。ジンは誤操作を防ぐためだが、それ以外の時計は、左利きの人が右腕に着けることを想定して、左リュウズになっている。作り方は簡単で、ムーブメントを180度回転させるだけ。しかし、真面目に作ろうと思ったら意外と大変なのだ。
機械式時計には、姿勢差誤差という問題がつきまとう。例えば、リュウズを下にした場合と、上にした場合で精度は大きく変わるのだ。そのため多くの時計メーカーは、リュウズ上の状態での精度を捨て、リュウズ下での精度を改善するよう時計を調整する。実際のところ、リュウズを上にした状態で時計を使うことはほとんどないためだ。
ムーブメントの位置を180度ひっくり返すと、普段使わないリュウズ上の精度がむしろ重要になる。右腕に着ける場合は問題ない。しかし左腕に着ける場合、リュウズ下が下方向になるため、精度は大きく変わってしまうだろう。いわゆる“レフティ”を作るのが難しい理由だ。着ける腕が変わって、精度が大きく変わるようでは実用時計とは言えないだろう。ではロレックスのGMTはどうなのか?
どの姿勢でも精度はほとんど変わらない
今回のテストにあたって、筆者はロレックスを意地悪くタイムグラファーにかけてみた。そのデータは以下の通り。
文字盤上:260度 +004秒 0.1ms
文字盤下:255度 +004秒 0.1ms
9時上:224度 -001秒 0.1ms
6時上:227度 +000秒 0.1ms
3時上:247度 +002秒 0.1ms
12時上:216度 +001秒 0.0mw
※前から振り角、歩度(精度)、片振りを記載。
いずれも主ゼンマイをフル巻きした状態での数値である。ゼンマイがある程度解けた状態でも計測したが、振り角以外の数値は大きく変わらなかった。ムーブメントの精度は非常に良い。
そもそもロレックスのムーブメントは、テンプの振り角を上げないようにしている。理由のひとつは、テンプの「振り当たり」を防ぐため。振り角が上がると時計の精度は安定するが、上がりすぎるとむしろ極端に進んでしまうのである。そのためロレックスは振り当たりを避け、その代わり、低い振り角で精度を出せるような味付けにしている。テストした個体もロレックスの常で振り角は低め。しかし、きちんと精度が出ている。しかも、ロレックスの自動巻きは巻き上げ効率が高いため、腕に巻いている限りは、高い精度を維持し続けるだろう。
加えてこのムーブメントは、姿勢差誤差が極端に小さい。つまり、左利きの人が右腕に着けても、右利きの人が左腕に着けても、精度に大きな違いはないだろう。ロレックスが強いて「左利き用」と宣伝しない理由も納得だ。この時計は、利き腕を選ばないぐらい、精度が安定しているのである。左腕に着けても、これなら全く問題ないだろう。
え、日付表示は瞬間切り替えなの?
不勉強はお詫びして、今までの記事を訂正いたします。筆者はロレックスのGMTは日付が瞬時送りでないと思っていた。しかし本作が搭載するCal.3285は、日付が瞬時に切り替わる。この個体の場合は、11時59分に瞬時に切り替わった。GMTウォッチで日付の瞬時送りが付いているのは非常に珍しいが、あった方が便利なのは間違いない。時間をかけて瞬時送りのバネをチャージするにもかかわらず、針を先に進めた時、または逆戻しした時の感触は驚くほど滑らかだ。機能が増えるほど感触が悪くなる、あるいはムラが出るという常識は、ロレックスには当てはまらないようだ。かなり凝った機構を載せていると予想できるが、手触りはそれを感じさせない。
残念ながら、「ここ」がイマイチ
外装の出来も比類ない。フラッシュフィットとケースの噛み合わせはそれこそ完璧だし、セラミックスをあしらった回転ベゼルも、簡単には傷が付きにくい。加えて言うと、ブラックとグリーンの色の境目も、非常に明瞭である。彩色したセラミックリングの半分を化学処理でブラックに変えて作られるロレックスのセラミックベゼルは、かつて色の境目がかなり曖昧だった。しかし本作では、まるで2色のセラミックをつなぎ合わせたような仕上がりとなった。リュウズのガタもないし、回転ベゼルもスムースと、時計としては言うことない。
ほとんど文句の付けようがないロレックスのGMTマスター IIだが、ただし弱点はある。筆者はこの時計を数日間着けたが、装着感には満足できなかった。その理由は、極端にテーパーをかけたブレスレットである。ラグ側20mm、バックル側15mmという極端にテーパーをかけたブレスレットは、重い「頭」を支えるには全く不向きだ。よくできたエクステンション機能が付いているとはいえ、重いヘッドを「点」で支える構成はどうも好きになれなかった。頭の軽い“ラグスポ”ならこういった構成はアリだが、テストした個体は実測値で148gもある。今のトレンドを意識した、またはできるだけ軽く作ろうという理由だろうが(どちらかといえば後者の理由の方が大きいように思える)、過剰なテーパーは、改善すべき点に思える。時計全体の作りが傑出しているだけになおさらだ。
あくまで私見だが、次作のGMTマスター IIはより大きなムーブメントを載せることで、おそらくはヘッドを軽くするに違いない。となると、ブレスレットのテーパーをゆるくしても(=ブレスレットを重くしても)、バランスは取れるだろう。時計としては間違いなく進化するだろうが、しかし、新しいムーブメントがCal.3200系ほどの完成度を持てるかは未知数だ。