「『45GS』が精神的にもよみがえった」。グランドセイコーの45GSデザイン復刻モデルを、時計愛好家がマニアックに深掘りする

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2024.12.28

2024年9月にローンチされた、グランドセイコーの新作モデル「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」Ref.SLGW005。本作を購入した時計コレクターの白苺氏が、グランドセイコー“復刻”の歴史からはじまり、内外の細部にわたってマニアックに深掘りする。特に白苺氏が登場時に「歓喜して実際に小躍りした」という手巻きムーブメントCal.9SA4は必見だ。

45GS

白苺:写真・文
Photographs & Text by Shiroichigo
[2024年12月26日公開記事]


グランドセイコーにとってのハイビートムーブメントCal.45系

 グランドセイコーはセイコーを代表するブランドであり、これまで数多くの“復刻モデル”を登場させてきた。しかしその大部分は、1960年に同ブランドから打ち出された初代モデルがモチーフであった。初代グランドセイコーは、確かに国産時計を実用品から、オメガやロンジン、ロレックスと比肩するような高級ラインに引き上げたエポックメイキングな作品である。デザインの点においても、ドーフィン針から変化させて、国産腕時計を代表するモチーフとなった笹針を与えるなど、見どころが多い。

グランドセイコー 初代

1960年にセイコーから発表された、初代グランドセイコー。当時の販売価格は2万5000円で、大卒者の初任給の2倍ほどの値付けであった。

ハイビートムーブメントの誕生

 しかしグランドセイコーが自らの歴史を語るうえで取り上げているもうひとつの大きな歴史的ポイントは、1968年、ヌーシャテルの天文台クロノメーターコンクールにおいて、上位を独占したことである。その際に活躍したのは初代グランドセイコーのロービートのムーブメントではなく、毎秒10振動のCal.45系ムーブメントであった。実際にグランドセイコーが国際的な名声を得たのは、初代モデルではなく、ハイビートのいわゆる45系セイコー(と自動巻きのCal.61系)なのである。

 毎秒10振動(3万6000振動/時)のハイビートムーブメントは、機械式ムーブメントの精度競争の結果生まれた時計であるが、セイコー以外で量産されたものはロンジンのウルトラクロンとユリス・ナルダンなどが用いたエテルナ(現Cal.ETA2824)ベースのもの、そして現在もつくり続けられているゼニスのエル・プリメロぐらいであった。しかし高振動を実現するために必要となった、高トルクを原因とする香箱をはじめとしたパーツの耐久性の低下もあって、ハイビートムーブメントは数年間で姿を消してしまったのである(エル・プリメロも長い間生産休止して工作機械やパーツ、設計図などが秘匿されていた)。グランドセイコーもCal.56系などの、毎秒8振動ムーブメントに移行していくことになったのであった。

ハイビートムーブメントの復権

 しかしセイコーにとって毎秒10振動のハイビートムーブメントは、錦の御旗であった。クォーツショックの後、セイコーはしばし高級機械式時計の製作を中断していたが、1998年、Ref.SBGR001等のCal.9Sムーブメントを載せたモデルによって、復活させた。それらのグランドセイコーの初期復興後のモデルは出来栄えも良好であり、また2006年以降からリリースされているCal.9S6系ムーブメントなど、非常にバランスの取れた高性能機であったのものの、口の悪い者からは「セイコー版ロレックス」と陰口を叩かれてしまうようなところもあった。毎秒8振動の“穏当”なムーブメントにステンレススティール製の外装が、凡庸とみなされたのである。

 その評価を一変させたのが2009年に登場した、LIGAの導入などにより毎秒10振動化されたCal.9S8系を搭載した、Ref.SBGH001であった。このCal.9S8系の誕生において、グランドセイコーは本来のアイデンティティーのひとつを取り戻したのであった。

グランドセイコー Ref.SBGH001
2009年に登場したRef.SBGH001。自動巻き(Cal.9S85)。37石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約55時間。SSケース(直径40.2mm、厚さ13mm)。10気圧防水。生産終了。

 セイコーはこの毎秒10振動ムーブメントの量産化にあぐらをかくことはなく、次なる段階に歩みを進めた。それが、デュアルインパルス脱進機を持つ新型ムーブメントCal.9SA5であった。今回取り上げる「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」Ref.SLGW005に搭載されているのは、その手巻き版であり、2024年に新たに登場したCal.9SA4となっている。

グランドセイコー 45GS SLGW005

グランドセイコー「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」Ref.SLGW005
手巻き(Cal.9SA4)。47石。36000振動/時。平均日差+5~-3秒。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径38.4mm、厚さ10.4mm)。3気圧防水。世界限定1200本。134万2000円(税込み)


筆者が「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」Ref.SLGW005の購入に至るまで

 先にグランドセイコーは初代モデルの“復刻”ばかりを登場させている、と書いたが、いくつかの例外があった。そのひとつが2013年に登場した、「44GS」のデザインを復刻させた「ヒストリカルコレクション『44GS』限定モデル」Ref.SBGW047である。ムーブメントこそ標準的に用いられてきたCal.9S64を使用していたものの、外装はセイコースタイルを、現代の基準で実現できる範囲で可能な限り忠実に再現したものとなっていた。グランドセイコーを語るセイコースタイル、という言葉はしばしば見られるが、それを確立したのが44GSで用いられた「7000系ケース」なのである。その最大の特徴は、極めて大きな面を持つケースと、斜めのザラツ研磨で磨き上げられたその面にある。そしてこの7000系ケースは、2024年に発表されたヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデルでも用いられたのである。

ムーブメント偏愛家の筆者が驚かされた、Cal.9SA4の登場

 本年の初頭、私は驚くニュースを受け取った。グランドセイコーの誇る毎秒10振動かつ、ロングパワーリザーブを備えたデュアルインパルス脱進機搭載のムーブメントCal.9SA5に、手巻きのCal.9SA4が登場するというのである。

Photographs by Eiichi Okuyama
Cal.9SA4のムーブメント画像。左からケースバック側、文字盤側。グランドセイコーにとって、約半世紀ぶりとなる新しい手巻きムーブメントだ。

 そのモデルはCal.9SA5と同時に登場した「エボリューション9 コレクション」のラインで、ブライトチタンの外装をまとったRef.SLGW003であった。先の「ロレックスのような」という陰口を跳ね返すような独特の針や、“白樺”文字盤を用い、軽量で快適なRef.SLGW003は、理想的な手巻き時計と思われたのである(今でも真剣に最上の手巻き時計のひとつと考えているので、強く推薦する)。しかし私は個人的な事情を理由に、このモデルの購入を見送ったのであった。

 そんなある日、45GSのデザインを復刻したRef.SLGW005は登場した。

 2013年発表のRef.SBGW047が搭載していたのは、グランドセイコーの機械式モデル復活当初から用いられてきた、自動巻とは実質ローターの有無のみが異なる手巻き式のCal.9S64であった。対して今回発表されたRef.SLGW005は、セイコーが「手巻きムーブメント」のために数多くの専用機構を投入した、その技術の結晶体とも言うべきCal.9SA4を搭載している。ムーブメント偏愛家であり、またヴィンテージ時計も愛好する私としては居ても立ってもいられず、身辺整理を幾重にも重ねて、この時計を手にしたのである。

歴史に対する真摯さを感じさせるディテール

 長々と書いてしまったが、いよいよ実際の時計を見ていこうと思う。先に登場したRef.SLGW003との違いはとにもかくにも外装に尽きる。エボリューション9 コレクション Ref.SLGW003がグランドセイコーの最新のモードなのに対して、本作は1960年代の7000系ケースの復刻だ。同様のデザインは44GS復刻でも採用されている。だが、現物を見るとその印象は大きく異なる。少なくとも文字盤側から見れば(注釈をつけた理由は後述する)、44GS復刻はヴィンテージの44GSと近い印象を受ける。その印象は2000年に「セイコーヒストリカルコレクション」として2000本限定で復刻された「キングセイコー」も同様である。ただし44GS復刻では、外装のクォリティーの向上が極まっており、より輝きを増して稠密(ちゅうみつ)な印象が強い。

 しかし今回の45GS復刻は……44GS復刻に対して、非常に大きく見えるのだ。その直径は実は44GS復刻(Ref.SBGW047)の37.9mm径に対して、45GS復刻(Ref.SLGW005)は38.8mm径と、わずか1mmほどしか差がない。しかしセイコースタイル極盛期の大きな、まるで日本刀のような金属の輝きをもたらすザラツ研磨の面が、その迫力感を倍加させているのである。

グランドセイコー 45GS SLGW005

特徴的なケースの意匠も復刻されているRef.SLGW005。広い面はザラツ研磨による鏡面が与えられており、この面同士をつなげる稜線が際立っている。

 とは言っても実際のサイズは40mmを下回っており、厚さも10.4mmと実用的に薄型と感じられるラインである10mm前後を保っているため、大型過ぎて手首の上で邪魔になったり、過剰に存在感を主張したりするほどではない、快適に使用できる範囲には収まっている。

 また44GS(Ref.SBGW047)は、針やインデックスの仕上げをオリジナルから変更してきた。オリジナルは2000年のセイコーヒストリカルコレクションのキングセイコーでも見られる通り、針やインデックスに視認性を高めるためのオニキス(黒い棒状のパーツ)を載せていたのである。この仕様(編集部注:オニキス、あるいは黒い仕上げを針やインデックスに与えること)は、確かに視認性においてコントラストが高まる効果があるので、1960年代後半から1980年代ぐらいまで、セイコーだけではなく世界的に盛んに用いられていた手法である。

白苺氏が今回のメインテーマとして取り上げている45GSデザイン復刻モデルRef.SLGW005との、比較対象として取り上げているRef.SBGW047。セイコースタイルを忠実に再現している。

 なお、セイコーはクォーツ移行後の最高級ラインにして大傑作「キングクオーツ」や「スーペリア」などでオニキスを鬼盛りにして使用しており、それはそれでとてもおもしろく風情がある時計なのである。しかし1990年代以降の機械式時計復興の時代となると、そのデザインモチーフはクォーツが世界を席巻した1970〜80年代よりも、機械式時計の全盛期である1950〜60年代に多くを求めるようになり、オニキスを積極的に用いる手法は廃れた。蓄光塗料の発達による実用性の向上と、コントラストを付ける際には、より伝統的な技法である青焼き等が好まれたこと、また単なる安価な塗装との差別化が難しかったことも、廃れた大きな原因と思われる(実際、私の持っている1980年代のロンジンはオニキスを用いた傑作自動巻Cal.L990.1を搭載した時計と数万円で購入できたクォーツ版との見分けは、分かる人にしか全く分からない。閑話休題)。そのためグランドセイコーでは「デザイン復刻」であっても、オニキスを外した新しいインデックスと針をデザインしてきたのであった。

 このようにオリジナルから変化させる場合、多くのメーカーでは現在多く用いられているモチーフを転用する場合が多い。グランドセイコーならば「笹針」であろう。しかし今回登場したRef.SLGW005は笹針ではなく、多面にカットされた、実にスマートで鋭い針をデザインして、それをオニキスを貼ったものの代わりに用いたのである。

グランドセイコー 45GS SLGW005

Ref.SLGW005の文字盤。12時位置に「SEIKO」および6時位置に「GS」が配されたダブルのブランドネームや、3万6000振動/時のハイビートムーブメントを搭載していることを示す印字などもオリジナルに範を取って再現している。

 このデザインは元の、シンプルで棒のようなモチーフから受ける印象を残しつつ、現代的に高級時計として受け入れられるデザインとなっていて、非常に魅力的である。そんな魅力を支えるのが、極めて高い工作水準だ。通常ラインのグランドセイコーではインデックスなどにうまく光が当たると虹色に輝く「虹引き」で仕上げられていることが多い。これはこれでとても美しい仕上げである。しかし45GSデザイン復刻では虹色に輝かせる代わりに、黒く沈みこむようなブラックポリッシュとしてきたのである。率直に言ってヴィンテージのデザインには華やかな虹引きよりもこちらのブラックポリッシュの方が合っている。針は、以前の初代グランドセイコー復刻では秒針を青焼きにするなどして華やかに仕上げてきたが、あえてオリジナル風の銀のまま、というのもセイコーの今回の歴史に対する真摯さを感じさせる要素となっている。

 文字盤も放射仕上げなどがあえて施されていないシンプルな仕立てとしているのが、またケースや文字盤のザラツ研磨の輝きを引き立てる。ただしそのシンプルな仕立てのために、面が変化せず膨張して見えて、数字以上に「大きい」という印象を与えている点はあると思う。とは言っても、かつての日本の誇る工業製品たるグランドセイコーの姿を、現代のテクノロジーであらまほしき姿によみがえらせたのは、絶賛する他ない。

尾錠やストラップも、オリジナルの45GSをほうふつとさせる仕上がりに。

 外装の話を進めると、今回、もちろんオリジナルを思わせる出来栄えの良い尾錠も復刻されているが、取り上げたいのは革ベルトの秀逸さである。当時の風合いを目指したという薄手のクロコダイルベルトは実にしなやかで装着に快適であり、特筆するべき出来栄えである。率直に言って、これまでのセイコーの革ベルトは、スペック上は十二分と思われるが、耐久性を優先したのか硬すぎたり(これは他の高級ベルトでもしばしば見られるので悪いとは一概には言えないが)、逆にブカブカなぐらいふわふわとしたものだったりと、申し訳ないのだが付いていた純正ベルトに満足したことがなく、毎回取り替えていた。それが今回、先に書いた歴史的なモデルを再現するという取り組みと、手巻きゆえのケース本体の薄さ・軽さのために、実に快適なベルトが装着されているのだ。これはあらためて絶賛したい。


筆者が「歓喜して実際に小躍りした」というムーブメントの実力とは?

 いよいよ話を裏蓋側に進めよう。これまで何度も私は「この時計が大きい」と書いてきたが、その理由は文字盤側からケースを裏返した瞬間に分かる。Cal.9SA4はブルガリ「オクト フィニッシモ」などでも見られる、最近流行の大きく直径を広げて薄くする高性能ムーブメントなのである。そのため、裏蓋から見るとムーブメントがまさにぎっちりと詰まっているのである。1990年代から2000年頃の機械式時計再興当初には、小さな機械を入れて周りに装飾リングを入れて、どうにかメンズのサイズにする時計も多く見られただけに、時計に合ったサイズのムーブメントの存在は時計好きとしては格別のものがあるのだ。

本作に搭載される手巻きムーブメントCal.9SA4は、トランスパレントバックから観賞することができる。

 さてそのCal.9SA4なのだが、このムーブメントが登場した時に、私は歓喜して実際に小躍りした。それは単に私が手巻きムーブメントの愛好家だから、という訳ではなく、このムーブメントに対するグランドセイコーの尋常ならざる気合いを感じたからである。

 自動巻ムーブメントを手巻き化する際に、最も乱暴な方法として、単に自動巻機構を取っ払ってしまう場合が多い。例えばCal.ETA7750クロノグラフの手巻き版たるCal.7760等で、その事例が見られる。それよりももうちょっとマシに、取り払った所は専用のブリッジを充てて見栄えを整えたものが残りの大部分で、これはCal.ETA2824ベースのCal.ETA2801やそのジェネリックで最近多用されているセリタ製Cal.SW216などで見られる。私は手巻き版のCal.9SA5が出る、と話を聞いた時に、せいぜいこれ(ブリッジを被せただけ)と予想していた。その手法でもNaoya Hida & Co.のムーブメントのように、上質なデザインと仕上げを与えれば魅力的なものは作ることができる。しかし実際に出てきたCal.9SA4は、まるっきりの別物だったのだ。

 自動巻機構を外した部位にネジやはめ込みがないブリッジを充てがうどころか、手巻き用に全く新しいデザインのブリッジを作ってきたのである。もちろん基本のメカ的な配置はほとんど自動巻版と同様であろうし、機構的な差異は裏蓋側にパワーリザーブインジケーターが実装されていることぐらいであろう。

Photographs by Eiichi Okuyama
裏蓋側からのぞくパワーリザーブインジケーター(左)とコハゼおよび角穴車(右)のアップ。

 そのパワーリザーブの針に、文字盤側で用いなかった、セイコー得意にして美しい青焼きの針を用いたのも心憎いポイントであるが、ブリッジ自体を美しい曲線的なものとし、またルビーに対してラインを整えたというのが、審美的な面で、自動巻に対して極めて優位に立っているのである。自動巻のムーブメントのデザインは、おそらくベースとなったデザインのアイデア(おそらくV字を強調する)に対してメカをとにかく落とし込んだ印象で、近代的ではあるもののブリッジの端からルビーの距離がまちまちで美しくなかった。まさに「デザインは機能を表現する」の逆となっていたのだ。

 それに対して手巻きのCal.9SA4では、ブリッジとルビーの並びがそろっていることが、19世紀以来の伝統的な機械式時計の歴史を感じさせ、右端に配置されているふたつの大きなルビーがその印象を極めているのである。このムーブメントは21世紀に登場した中でも出色の美しさと機能、独自性をすべて兼ね備えているのだ。

グランドセイコーのメカニカルムーブメントが製造される「グランドセイコースタジオ 雫石」の、近くを流れる雫石川の流れを表現したストライプ模様をブリッジに施している。ルビーの穴石が丁寧に磨かれ、また立体的になっていることにも注目したい。

 さらに手巻き時計として特筆するべきなのが、手巻き版でわざわざ新造された退却式のコハゼである。このコハゼを見せてもらった時に私は興奮しすぎて、どもってしまったほどである。退却式のコハゼは主にドイツ系の時計でよく見られるものであるが、単純なバネ型よりもクリック感が心地よく、まさに手巻き時計の醍醐味を味わえるのだ。かつて超高級懐中時計で用いられたオルガン式(大型なためか現代の時計ではほとんど採用が見られない)と並ぶ、素晴らしい機構なのである。コハゼの形状をセキレイになぞらえたのはセイコーの洒脱なところであろう。その巻き心地は、ドイツ系で見られるカチカチ感を強調したものよりは柔らかめでスムーズなものである。この感触はかつてのパテック フィリップなどでも見られ、まさに高級時計ならではの流儀と言えよう。

 1980年代の機械式時計復興以来、数々のムーブメントが作られてきたが、針合わせの感触については1990年代末や21世紀に入っても軽視される傾向にあった。有名な超高級メーカーの高級ムーブメントであっても針合わせの時にふらついたり置き回り(編集部注:リュウズを操作しても針が動かないこと)したりをすることは現在でもよく見られるのである。近年、そのようなムーブメントでも改良が行われいるのをよく見かけるが、セイコーはその誠実さと質実剛健な設計・工作により、「セイコー5」ですらビシッと回ってビシッと合うのである。この点では最上はグランドセイコーのCal.9Fクオーツムーブメントであろうが、今回取り上げたCal.9SA4(もちろん原作のCal.9SA5も)実に気持ちよく、遊びなく針合わせができるのだ。この点は高額品を装飾品としてのみ考えるのではなく、実用性もきちんと考える日本のメーカーの美点そのものと言えよう。

 Cal.9SA5が出た当初は、そのスペックからの期待に反して実精度が出ないとの声がしばしば見られた。確かに毎秒10振動、オメガのコーアクシャル脱進機とも伍せるデュアルインパルス脱進機に巻き上げヒゲを備えたフリースプラングテンプとなれば、高い精度を期待せざるを得ない。また、特にCal.9S85登場以降のグランドセイコーが、実使用の精度でも向上した点も、高い期待の理由としてあるだろう。

 しかしオメガもコーアクシャル登場当初は手間取り、毎秒8振動を7振動に変更するなど、その改良には時間を要した(今では「スピードマスター ムーンウォッチ」の毎秒6振動すら使いこなしているが)。また、近年のトルクと振り角を200度台に抑えて精度と両立する設計思想は、耐久性では非常にメリットが大きく、額面上は精度も期待できるのだが、実際に使用してみると特に姿勢差などのばらつきが大きく、精度が出にくいことが多い。かつて300度台で振り切らせて高精度を誇っていたロレックスやブライトリングも思想を変換した後、しばらくは疑問符を持たれていた時期があった。こういったメーカーが、今では精度の面でも疑問を持たれていないのと同じように、Cal.9SA系もしばらく時間が経ってからは、期待通り安定して動作するようになった様子である。私が購入した本作も日差3〜10秒以内に収まっている。私は左利きで、特に姿勢差の調整の点で非常に不利なので、この日差は優秀な成績と言えよう。また、『クロノス日本版』2023年11月号のインプレッション(参考URL:https://www.webchronos.net/features/105539/)でもグランドセイコー「エボリューション9 コレクション テンタグラフ」は優秀な精度を示しており、おそらく機構の変更はなくても、工作・調整など何らかの変化があったのではないかと推察している(もし本当に変えて違ってきたのなら知りたいものである)。


結論

 このように「ヘリテージコレクション45GS復刻デザイン 限定モデル」Ref.SLGW005は、グランドセイコーの歴史を体現した見事な外装にセイコーの技術力の結晶を実装した、まさに「『45GS』が精神的にもよみがえった」と言える傑作腕時計と考える。この時計を実現したセイコーには心から敬服するとともに、手巻き時計が好きな愛好家には心から勧めたい。


2024年 グランドセイコーの新作時計を一気読み!

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グランドセイコーが2024年に発表した限定モデル12本をまとめて紹介

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グランドセイコーの最新作、手巻きCal.9SA4搭載モデルの魅力を解き明かすキーワードは「時計との対話」

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