オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ」を改めて語る。弱点はあるが「“スピマスプロ”は最高です」by 広田雅将

2024.12.28

みんな大好き、でも持っている人は意外と少ないオメガの「スピードマスター ムーンウォッチ」は改めて素晴らしい時計だと強調したい。価格は上がった、装着感も良いとは言いがたい。でも、ツールウォッチとしての完成度はずば抜けているし、最新版はなんと1万5000ガウスもの耐磁性能を持つのだ。3年以上にわたってこの時計を愛用する広田雅将が、その良さ(と弱点)を改めて語る。

オメガ スピードマスター プロフェッショナル

広田雅将:写真・文
Photographs & Text by Masayuki Hirota
[2024年12月28日公開記事]


過去4度購入したオメガ「スピードマスター プロフェッショナル」

 筆者は今までに「スピードマスター プロフェッショナル」、今で言うところの「ムーンウォッチ」をたぶん4回買ってきた。Cal.861を搭載したRef.ST145.022は2回、そしてCal.1861入りのRef.3594.50とマスター クロノメーター化されたRef.310.30.42.50.01.001
である。どれも良かったが、新しい“310”はどこでも使えるツール感が半端ない。文句を言いつつも、なんとなく使ってしまうのが「スピードマスター」なのである。


長い前置き

 オメガがスピードマスターをリリースしたのは1957年のこと。それ以前にもオメガはクロノグラフウォッチを作っていたが、スピードマスターは全く新しい意図で作られたものだった。それまでのモデルとの違いは、大きくふたつ。耐磁性能を高めるインナーケースと、自動車の計器からインスピレーションを受けた、視認性の高い文字盤である。

Photographs by Masanori Yoshie
初代スピードマスター Ref.CK2915。手巻き(Cal.321)。17石。1万8000振動/時。SSケース(直径39mm)。200フィート防水。参考商品。撮影協力:ケアーズ Tel.03-3635-7667

 搭載するムーブメントCal.321は、12時間積算計を持つにもかかわらず、直径は27mm(12リーニュ)しかなかった。同じ構成のバルジュー72(直径29.3mm:13リーニュ)やヴィーナス178(直径31.6mm:14リーニュ)、ユニバーサルの285系(14、15リーニュ、そしてそれ以上もある)に比べると、ぐっと小さい。

レマニアのCal.27 CHRO C12をベースに製造された、Cal.321。なお、2019年にオメガはこのCal.321の再生産をスタートさせ、以来、搭載モデルを実際にリリースしてきた。

 設計者のアルバート・ピゲは、防水ケースに収めるためのクロノグラフムーブメントを作れ、とオメガに言われた。幸いにも、レマニアは高度なプレスの技術を持っており、それはムーブメントの小型化に決定的な意味を持った。プレスの技術を示すのが、コラムホイールだ。オメガの説明によると、なんとレマニアはコラムホイールをプレスで打ち抜いたという。切削で形を作るのが当たり前のコラムホイールを、プレスで、しかも1940年代に抜いたメーカーはほかにない。

 小さなムーブメントを持てたオメガは、いち早くシーマスターにクロノグラフを追加。1957年には、防水ケースに耐磁用のインナーケースを組み合わせたスピードマスター(後のスピードマスター プロフェッショナル)をリリースしたのである。


インナーケースを持たない最新のスピードマスター

 1957年以降、ほとんど変わらぬ構成を持ってきたスピードマスター プロフェッショナル。しかし、2021年には耐磁ケースを省き、しかし1万5000ガウスを実現した「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」へと進化を遂げた。実はこれに先立って、筆者はオメガの関係者から「スピマスプロ」はマスター クロノメーターになる、という情報を聞いていた。普通のムーブメント以上に金属部品の多いクロノグラフを、1万5000ガウス耐磁にするのは理論上不可能だ。しかしオメガは、クロノグラフの15部品を非磁性素材に置き換え、なんとマスター クロノメーター規格を通してしまったのである。話を聞いた時、筆者はCEOのレイナルド・アッシェリマンにこう語った。「もしそんな時計が出たら買いますよ」「では日本の第一号をあなたに納品しよう」。

オメガ スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル Ref.310.30.42.50.01.001

オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ」Ref.310.30.42.50.01.001
史上最強の現行スピマスプロ。筆者が選んだのはプラ風防版の310.30.42.50.01.001だ。重さはストック状態で134g。手巻き(Cal.3861)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42mm、厚さ13.2mm)。5気圧防水。107万8000円(税込み)。なおサファイアクリスタル風防版は123万2000円(税込み)。

 果たして、日本の第一号ではなかったが、筆者はスピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナルの最初期ロットを手にすることになった。選んだのはサファイアクリスタル風防(Ref.310.30.42.50.01.002)ではなく、ヘサライト、つまりプラ風防のモデル(Ref.310.30.42.50.01.001)。理由は簡単で、その方が“スピマス”っぽいからだ。サファイアクリスタルの風防は丈夫だが、仮に宇宙船の中で割れてしまうと、乗員や機材を傷つけかねない。そのためオメガは、今なお割れても安全なプラ風防モデルをラインナップに加えている。もっとも、サファイア風防版は138g、プラ風防は134gと重さの違いはほとんどない。以前のモデルほど、装着感への影響は大きくない。


その装着感を含めて、スピマスプロです

 2006年に、筆者はこういうメモ書きを残している。「永遠の名機、スピマス。ただしフィット感に満足したことがない。理由はいくつかありそうだ。理由のひとつは現行ブレスレットの形状である。コマが大きいだけでなく、裏と表が同じ形をしており、表面が丸い。肌への接地面が小さくなるため、着けていて不安定だ。特にサファイアクリスタル風防、サファイアクリスタルバックのRef.3573は頭(つまり時計部分)の重さと相まって、フィット感は良くない」。

 最新版のスピードマスター ムーンウォッチは、耐磁ケースが省かれた結果、頭がかなり軽くなった。加えてブレスレットも、以前のものに比べてはるかに良質だ。しかも、弓管の飛び出しを抑えたため、時計の全長は明らかに短くなった。では装着感は劇的に良くなったのかというと、実はそうでもない。おそらく重さを減らすためか、オメガはブレスレットにテーパーを付けすぎたのである。ケース側20mm、バックル側16mmという極端に絞ったブレスは、軽くなったとはいえ、重いスピマスのヘッドを支えるにはいささか役不足だ。個人的に、バックル側も20mm、さもなくば18mmぐらいであれば「頭」と「お尻」のバランスはかなり改善されたのではないかと考える。ちなみにこれは、最新版のロレックスも抱える弱点だ。

オメガ スピードマスター プロフェッショナル

よくできたブレスレットだが、ケース側20mm、バックル側16mmとテーパーはかけすぎである。弓管がオメガのいうところの「Tフィット」から「Uフィット」に変更された結果、時計の全長はぐっと短くなった。個人的にはこのつくりで、バックル側20〜18mmサイズに変えてくれたらうれしいのだけど。

オメガ スピードマスター プロフェッショナル

エクステンションの備わったバックル。頑丈に作ってあるのはさすがにプロユース。ただし再三述べているように、幅は狭い。オメガは重くしたくなかったのだろうが、あと2mm太ければ、装着感は改善されただろう。

 リュウズの巻きづらさも相変わらずだ。絶対に壊れないことを至上命題としたスピードマスターは、手巻きにもかかわらず、リュウズがケースに埋め込まれている。確かにこれならぶつけてもリュウズの巻き芯を痛めにくいが、主ゼンマイを巻くのはかなり手間だ。復刻されたCal.321を載せたモデルの巻き心地は期待しないこと。

 ついでにいうと、初期ロットのスピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナルは、エッジが過剰に立っていた。同時期の「シーマスター」も同様で、着けるとケースバックの“シーホース”の跡が手首にくっきり残った。オメガは外装の精度を極端に高めたが、ちょっと高めすぎたのではないか。そういう反省もあってか、最新モデルはエッジが落とされ、裏蓋の刻印もわずかに甘くされた。あのオメガでさえも、ついついやり過ぎてしまったのだろう。2021年のスピマスプロは、ものすごくよくできているが、ちょっとアンバランスだったのである。改めて言うが、最新作はもっと落ち着いている。

オメガ スピードマスター プロフェッショナル

現行モデルの最初期型は、どうしちゃったのというぐらいケースのエッジが立っていた。オメガとしては珍しい「やらかし」だ。もっとも現在の現行モデルでは改善されている。


にもかかわらず“スピマスプロ”は最高です

 装着感はイマイチ、筆者の手にした最初期ロットはエッジが立ちすぎ。にもかかわらず、スピマスプロは最高の時計のひとつ、と筆者は断言したい。筆者の手にした個体は動態精度が+2秒以内。しかも耐磁性能は1万5000ガウス以上もあるし、文字盤を彫りこみ、そこに蓄光塗料を流し込むことで、インデックスも以前に比べてずっと明るく光るようになった。下地を適度に荒らした黒文字盤と、白い針や印字の組み合わせは、視認性も抜群だ。ラジオの収録でこの時計を使うと、その良さは一層際立つ。一目見ただけで、何分計測したかがすぐにわかるという美点は、ちょっと類を見ない。なるほど、宇宙飛行士がこの時計を使うのは納得だ。

オメガ スピードマスター プロフェッショナル

極めて視認性の高い文字盤。下地を強く荒らすことで強い光源下でも文字盤は白濁しにくい。また、文字盤を彫り込んで流し込んだ蓄光塗料のおかげで、暗所での視認性も改善された。搭載ムーブメントCal.3861は2万1600振動/時のため、秒インデックスが3分の1秒刻みなのは、いかにも計器らしい。

 ついでに言うと、装着感も決して捨てたものではない。最初は違和感があるが、ブレスレットを微調整し、ぴったり巻くと、3日ぐらいすれば気にならなくなる。スピマスにブルガリの「オクト フィニッシモ」の着け心地は求める人はいないだろうから、これはこれで良いのではないか。少なくとも、以前ほど頭が重くないだけ、「スピマスならではの着け心地」に慣れるのは早い気がする。リュウズの巻きづらさも、そう言ってしまえばスピマスと付き合うための「お約束」ではないか。巻きづらさを忍んでリュウズを巻いていくと、基本設計を80年以上前にさかのぼる古典機の剛直さが、指先に伝わってくる。

 一昔前の時計好きはロレックス「エクスプローラI」と「スピマス」を買ってなんぼという風潮があった。確かに定番中の定番であるこのふたつは、時計好きとして通り過ぎる通過儀礼のひとつだったように筆者も思う。もっとも、どちらの時計も値段は上がってしまい、気軽に買えるものではなくなってしまった。にもかかわらず、もし興味のある人ならば、ぜひ最新のスピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナルは触ってほしいと思っている。なにしろ50年以上もデザインが変わらず、しかし中身は別物と言って良いほど進化したのだ。もっとも条件がある。素晴らしい装着感は期待しないこと。上質な外装を持つようになったが、これはあくまでツールウォッチであって、装身具ではないのである。そこさえ間違わなければ、最新のスピマスプロは、あなたにとっての永遠の定番になるはずだ。少なくとも、筆者はこの時計を3年以上使い続けているのである。

オメガ スピードマスター プロフェッショナル

筆者の愛用する実用時計が、オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」とジン「244 Ti」、そしてダマスコの「DC 57」。左がオメガ、右がジンである。高級時計というわけではないが、絶対に壊れないという安心感は何物にも代えがたい。



Contact info: オメガ Tel.0570-000087


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